第9話 お祈りアクセスマジック 9
きっと、全国の人ほとんどが苛立ちを大きく増幅させていた。
発生から今日で六日が経つのに、まだ救出作業ははかどっていない。
火曜日の夕方、父さんが言っていたみたいに、爆破作業が行われた。トンネルに突き立つ岩盤の部分部分に爆薬を仕掛け、滑り落とすようにして岩を取り除こうという計画だった。家族への説明、続いて了承を得て、誰もが期待して見守る中、爆破は行われた。その結果、岩は少し傾いただけで、滑り落ちてはくれなかった。家族の方の中には、泣き崩れる人もたくさんいた。
それから二十四時間後。水曜日の夕方に、同じように爆破が行われたが、これも岩盤の上部が折れて転がり落ちただけで、下半分はかえってトンネルにめり込んだようにも見えた。この失敗には、怒り出す人まで出た。当たり前だと思う。
木曜日の昼間、三度目の爆破。やっと、巨大な岩の下半分も取り除くことに成功。遅すぎたけど、でも、歓声が起こっていた。これでようやく、助けられるんだっていう、期待感の表れ。
ところが、それ以降も、救出は遅々として進まないでいる。トンネル内部を埋め尽くす岩が、予想以上に邪魔になっているという。木曜の昼から金曜日の日没まで、懸命の掘削作業が行われた。そう、懸命の作業。それにも関わらず、救出できない。
それどころか、テレビに流されたのは、絶望的な映像だった。
ぺしゃんこに潰されたバスの車体。元の高さの三分の一から四分の一までに押し潰されているという。呼びかけても、応える声はないらしい。
「お願い」
昼までの授業が終わって、あたしは成美と司をつかまえた。
「今日と明日、どっちかの家に泊めてもらうってことにして!」
「アリバイ作り?」
成美が聞いてきた。ちょっと怪訝な顔をしている。
「そう、それ」
「何で? 飛鳥、どこかに行くの?」
司も怪しんでいる様子。
「そ、そうなの。行き先は聞かないで。迷惑はかけないから」
「あたしはかまわないけどね」
成美が言ってくれた。
「頼むからには、本当のところ、言ってほしいのよね」
「う、うん……」
筋が通っているだけに、困る。こういうときの成美は、扱いにくくて苦手なのよね。
「司ちゃん」
司に助けを求めた。
「どっちにしたって、あたし、だめ。だって、家族そろって出かけるんだもん」
それじゃあ、どうしようもない。
「だから、あたしが引き受けるって。それとも、あたしにも言えないようなことなわけ?」
「成美……」
あたしは首を振った。言ってしまえたら、どんなに簡単で楽か。
「……行き先だけでいい?」
「……いいわ」
成美は多少、迷ったようだが、承知してくれたみたい。
あたしは何度か小さく息を吸って、話そうとした。そこへ。
「待った」
文字通り、待ったをかけたのは、江山君だった。
何よ、と言い返す間もなく、彼は強引に割って入って来る。
「その話、僕が引き受ける」
「え?」
あたしだけじゃなく、みんながびっくりしている。
「江山君、男子の家に泊まるなんて言い訳、通用するはずが――」
成美が言っているにも関わらず、江山君はあたしの手を取ると、強く引っ張り、教室から出た。
しばらく無言で、引っ張られる。あまりのことにあ然としていたけど、ようやく我に返った。
「痛いじゃないっ、放してよ」
「放したら逃げるだろう? そうはさせない」
「何のつもり?」
「さっきの話を聞いてたら、ぴんと来た。あの現場に行く気だろう?」
見抜かれている。あたしは内心、舌打ちした。成美達に頼む場所、考えればよかったと後悔する。
結局、学校の中庭に行き着いた。
「ここならいいか」
まだあたしの手を放さずに江山君。
「何の話があるって言うのよ!」
「声、小さくして。聞こえるかもしれない」
「じゃ、手、放してっ」
「逃げないと約束して。約束破ったら、僕は軽蔑するからな」
じっと見据えられた。目をそらしてしまう。
「頼むから、話だけでもさせてほしい」
「……分かったわよ。約束する。逃げない」
それでも警戒するように、じんわりと手の力が緩められるのが分かった。熱くなっていた肌に、空気が当たって、ひやっとする。見ると、握られていた右手首が赤くなっていた。
「痛かった」
「ごめん。乱暴なことして、悪かった。謝る」
あたしが手首をさすりながらやや大げさに言うと、江山君は深く頭を下げてきた。
「い、いいわ。許してあげるから、話を早くして。あたし、急いでるんだから」
「言わなくても分かってると思うけど……。岩盤崩落の現場に行くつもりなんだよね?」
また、視線が合った。
「――そうよ」
「何故? あれだけ言ったじゃないか。問題点も多いし」
「そんなこと言ってるときじゃないわ。トンネルの中で、一週間近く、苦しみ続けている人がいるかもしれないのよ」
「僕は職員室に行って、たまたま昼のニュース、聞いたんだ。乗用車の車体全部が引っぱり出され、中から若い男の人が、遺体で発見されたって」
「え……」
「圧死だと言ってた。身体が『くの字』に折れ曲がって、呼吸も困難だったろうって。頭部も損傷が激しく――」
「やめて!」
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