第8話 お祈りアクセスマジック 8
「何やってるのかしらねえ」
お茶碗にご飯をよそいながら、母さんがいらいらしたように言った。
「危なくて入れないんだろうな」
お茶碗を受け取りながら、父さん。
「落石がまた起こるかもしれん。あるいは、トンネルの中が岩で埋まってしまっているか」
「横から穴、掘れないの? そうしたら中に入れる……」
風邪も回復した歩は、かなり興奮しているみたい。
「あのでかい岩をどけるか固定するかしないと、救出の進めようがないさ」
兄さんはテレビから視線を外していた。座っている位置もあるけど、桂真兄さんは、画面に食い入るようにして見るタイプじゃない。
「どこから救出しようとしても、あの岩が食い込んでくるよ、多分」
「じゃあ、ヘリコプターでつり上げる?」
「無理だろ。何トンで利かないんじゃないか、あれ。大きさを比較する物がないけど、何百トンクラスはありそうだよ」
「じゃあ」
歩は言いかけたきり、次の言葉が出て来なかった。
「爆破させるんじゃないかね」
お父さんが言い出したので、あたしはびっくりしてしまった。
「爆破って、中に人、いるのよ?」
「今の技術なら、火薬を調整すれば、小規模にできるはずだよ。小さな爆発で岩を細かくしておいて、それからヘリかクレーンで取り除く」
「岩を丸ごと、反対側に転がすという手もあるよ」
父さんと兄さんとで、救出方法の議論になってしまった。
お昼のニュースは時間を延長していた。新たな中継が入る。
<ごい――失礼しました。中に閉じ込められていると見られる方々の、ご家族の方が現場に到着しました>
「今の聞いた?」
母さんは顔をしかめてる。
「ご遺族、って言いかけたわよ、あの人。ひどいわ」
「抗議の電話、殺到してるだろうね」
兄さんは相変わらず、画面を見ようとしない。
その画面は、閉じ込められているかもしれない人達のご家族を映している。バスの乗員乗客に関係する人達は、まだ到着しておらず、今来たのは、乗用車の二家族という。ワイドショーじゃないんだから、その人達にインタビューするようなことはない。
家族の人達は表情を強張らせたまま、突き出されるマイクをわずらわしそうに、対策本部と立て看板のかかるテントに向かった。
と、急に画面が切り替わって、「閉じ込められたと見られる方々」として、三十名の名前等が順次、示されていく。一部の人については、写真が入手できていないんだろう、名前と年齢、住所だけである。
「かわいい子なのにねえ……」
母さんがぽつりと言った。乗用車の四人家族は、両親に子供二人で、その内の一人は、三歳だという。もう一人の子も小学二年生。
「ごちそうさん」
桂真兄さんは、さっさと食事をすませ、部屋に入ってしまった。
「まあ、あの人、婚約したばかりだって」
お母さんはいちいち、テレビの情報を繰り返す。今のは、もう一台の乗用車の男の人のこと。コンピュータ機器のメーカーに勤めて三年目だと言っていた。
「さっき、関係者の人達の中に髪の長い女性がいたけど、あの人が婚約者かもしれんな……」
父さんは無責任な想像をしていた。
アナウンサーは、観光バスの乗客の人達の名前を読み上げていた。そのところどころで、簡単な紹介がなされる。あたしと同じ、中学生の女の子もいた。
「ごちそうさま」
聞いていられなくなった。
月曜日、学校に行くと、一番の話題は落石事故のことだった。ニュースや新聞では、岩盤崩落事故なんていう難しい名前が付けられていた。
あたし、成美、司の三人も、自然に事故のことを話題にしてる。
「一晩、経っちゃったけど、大丈夫なのかなあ」
司は机に両肘をつき、心配げな表情をしている。
「司が言ってるのは、食事のことでしょ?」
成美が司を軽く指さした。うなずく司。
「人間てのは、一日二日食べなくたって、平気なんだって」
「そうなの?」
「普通、一週間は持つとか言うわよ。食べられないことより問題なのは、あの大きな岩」
「あれ、中で車を押し潰しているのかしら……」
身震いする司。大げさでなく、想像するだけで恐ろしい。
「夜のニュースで、トンネルの中の映像、出たでしょ?」
あたしが言うと、二人ともうなずいた。
「鉄パイプみたいなのが折れ曲がって、大きな岩がいくつもあって、トンネルの穴をほとんど埋めてた」
「あれ、相当、障害になってるんだよね。救助隊の人達が呼びかけても、反応がないのは、あの岩のせいで声が届かないからだって」
司が言うのへ、成美が首を振った。
「どうかしら。残念だけど、あたしは生きてない可能性の方が高いと思ってる」
「なるちゃん、ひどい」
「だって、常識で考えたら、そうなるわ。あの大きな岩、人の何十倍もある。あんな物が上から突然落ちてきて、逃げる暇があるとは思えない」
「車に当たってないかもしれない」
あたしはそう願っていた。願っているんだ。
「望みを絶つようで気が引けるけど」
江山君が話しかけてきた。よっぽど、あたしが暴走しないか、心配しているのね。ふん。
「何?」
「仮に車に岩は当たってなくて、動きが取れないだけだとしても、問題がある。食べ物や飲み物以上に、酸素が足りなくなるかもしれない、あの様子じゃ」
「酸素……」
「鉱山なんかの落盤事故では、有毒ガスの発生と共に酸素の欠亡が大問題だって、本で読んだことがあるんだ。きっと、同じ状況だと思う。車のエンジンがかけっ放しだとしたら、排気ガスだって充満してくるだろうし。下手をすれば、火が出るかもしれない」
論理的で、現実的で、冷静。それでも認めたくない。
「あれだけ大きな岩がトンネルを壊したのよ。大きな穴が開いてるってことじゃない? だったら、ちゃんと酸素、入ってるわよっ」
「……そうだね」
江山君はあっさり引き下がった。
「飛鳥ったら、江山君と喧嘩でもしたの? ずいぶんな剣幕だったけど」
成美が不思議そうに言ってくれた。
「何でもないわよ」
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