第4話 お祈りアクセスマジック 4
「少なくとも一つ、とても便利な、うらやましい使い道があるなあ」
珍しく、面白おかしい口調の江山君。
「どんな?」
「遅刻の心配がなくなった」
「あは、そうね!」
思い切り笑えた。
「ま、そういう日常的な使い方は別にして、この魔法の、もっと正確なところを知りたい。最長移動距離はどのぐらいか、どんな障害があっても移動できるのか、無制限に使えるのかどうか」
距離は重要だわ。学校ぐらいまでなら行けるかな。
「で、真っ先に確認しておきたいんだけど、どういう風にこの部屋を目的地として選んだんだい?」
「思い浮かべただけよ。サークルなんて関係なし」
「もう少し詳しく。どんな映像を頭に描いたの?」
「えっと、江山君の部屋のイメージを……」
詳しくと言われたって、そうとしか表し様がないじゃない。
「そのイメージの中に、僕はいたのかな」
「は? もちろん、そうよ。部屋の真ん中に、江山君がいて」
「なるほどね。そのせいだな、きっと」
分かった風にうなずいている。こっちはさっぱり。
「何か分かった? 教えて」
「君が僕の上に現れた理由が分かった。場所のイメージは正確だったんだと思うよ。けど、僕を真ん中に置いたせいで、移動先の狙いが、この部屋の僕に定められたんじゃないかな」
苦笑してる江山君。
あたしは意味が飲み込めて、また恥ずかしくなってきた。ぺたりと座り込んだまま、下を向く。
「本当に、ごめんなさいっ。あたし、そこまで考えてなかった。人物を入れたらいけないのね」
「いけないことはないよ、多分。それを中心に持ってくると、さっきみたいなことになるんだと思う。もう一回、やってみたらはっきりするさ」
「そうね」
立ち上がって部屋を出て行こうとすると、手を引っ張られた。
「待った。今度は中から外に出てみてよ」
「え? それって、この部屋からドアの外」
「もう少し、距離を取りたいな。僕の家から出られないか?」
「外に? やってみなくちゃ分からない。それより、よその人に見られるかも」
閉じていたカーテンをつまみ上げ、窓から外を見やると、夕暮れ時だと分かった。夕暮れと言ったって、充分に人の顔の見分けがつく明るさよ。
江山君は少し考えてから、口を開いた。
「表に車があるだろう? あれ、うちの車だから、あの中に飛んでみて」
やはりカーテンを動かし、江山君が指さした先には、白の乗用車があった。
「車の中……うまく行くかな……」
「実験実験。僕、飛鳥さんの靴を持って、待ってるから」
江山君はさっさと行ってしまった。夢中になってる。
あたしだってわくわくしてる反面、恐いんだよ? この気持ち、ちょっとは分かってほしいな……。
カーテンのすき間から覗いていると、江山君の姿が目に入った。両手を振ってる。
「しょうがないか」
声に出して、とりあえず、吹っ切る。
車のイメージを脳裏にしっかり焼き付け、そこから江山君の姿を追い払う。さっきみたいなハプニングは避けなきゃね。
「ラスレバー・エブリフェア」
どきどきをこらえて、一気に唱えた。イメージするのは後部座席。
また光りに包まれ、それが消えてみると、車の中にいた。制服にしわがいった程度で、今度はやわらかな着地?に成功。
横の窓に寄り、顔を覗かせると、江山君と目が合う。ほっ。目標通り、移動できたみたい。あたしはロックボタンを引っ張り上げ、ドアを開けた。
「成功だね」
そろえた靴を足下に置いてくれながら、江山君が言った。うれしそう。あたしまでうれしくなってくるのは、成功したせいだけじゃないと思う。
「距離はまだまだ行けそうだわ。何となく、そんな気がする」
「うん。それと、障害が二つ三つあっても、平気だと分かった。窓ガラス二枚分は越えたはずだ。……時間、ある?」
「え? うん、大丈夫。いざとなったら移動魔法で」
笑いながら言たのに、江山君は真剣な顔つきで応じてきた。
「無制限に使えるかどうか、分からないんだよ。確かめない内から、他の魔法と同じに考えちゃだめだ」
「そ、そうね。じゃあ、また部屋に戻ってみる。江山君、戻ってて」
あたしは折角履いた靴を脱いだ。そうして靴を手に、また車の中に入る。
「分かった」
江山君はうなずき、家の中へ。
あたしは今日、三度目となる呪文を唱えた。
「ラスレバー・エブリフェア」
……あれ? 身体が軽くなる感覚も引っ張られる感覚もなければ、まぶしい光も見えてこない。
「おかしいな。まさか本当に」
あたしは不安を打ち消してから、もう一度、ラスレバー・エブリフェアと唱えた。
けれど、何も起こらなかった。
どうなってるの? 二回で限度なの? それとも、ひょっとして、他の魔法まで使えなくなってるなんて……。
あたしは恐る恐る、小さな声で唱えてみた。
「……ラスレバー・ハーモニー」
金色の粉があたしの手から出る。よかった。こちらは失われていない。
あたしは車から飛び出すと、靴もちゃんと履かないまま、江山君の部屋へ急いだ。
「っと」
玄関先で、江山君とぶつかりそうになる。
「――どうしたの? 遅いから、様子を見に行こうとしてたんだ」
「で、できなくなっちゃったみたい。移動魔法……」
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