第3話 お祈りアクセスマジック 3
願いが通じたわけじゃないだろうけど、やっと三つ目の魔法を見つけた。その日はたまたま、江山君と二人だけだったから、見つけた瞬間、江山君をパソコンの前に呼んだ。
「ラスレバー・エブリフェア?」
画面を覗き込みながら、江山君。
「どこにでも、ってことか。どんな魔法なんだろ?」
「機織りの元魔女って人に教えてもらったんだけど、移動魔法だって」
「移動魔法? つまり……物を動かす?」
「多分ね。どこにでも物を動かせる。とにかくさ、ゲームの中でやってみるね」
あたしは操作して、移動魔法を選択した。
「移動させる対象は、どうやって決めるんだろう」
「やってみれば分かるって」
江山君の心配をよそに、あたしは操作を続ける。
画面下のメッセージ枠に、<サークルをターゲットにあわせてください>と出た。見ると、画面内のアスカに重なるようにして、白い円が浮かんでいる。天使の輪みたい。適当に、手近の立木を選んだ。
すると今度は、<地図はありません。サークルを移動先にあわせてください>という指示。
「地図?」
「どこかで手に入れられるんだろうなあ。地図があれば、どこにでも行けるのかもしれない。でも、今は持ってないから」
「それじゃあ、これって、この画面の枠内にしか移動できないってこと?」
「そうみたいだね。さあ、やってみてよ」
言われるがまま、あたしは画面のなるべく隅に、サークルを置いた。そして実行。
<アスカはレベル1の移動魔法を使った>と表示され、会話文として<アスカ「ラスレバー・エブリフェア!」>と出た。
画面上、確かに元あった位置から木が一本消え、あたしが指定した隅っこには、新しく木が生えていた。
「……何だかなあ」
困惑した様子の江山君。あたしだって、拍子抜けだ。
「これが何の役に立つんだろう?」
「そうよね。持ち運べないような重い物を動かせる。それぐらいじゃない?」
「うーん……」
うなっていた江山君が、突然、言った。
「よし、アスカ自身にかけてみよう。さっきのサークルをアスカに重ねたままでいいはず」
「分かった、やってみる」
あたしは先ほどと同じことを繰り返した。サークルのターゲットをアスカ自身にしたことを除いて。
「拒否されないってことは、自分自身を移動させられるんだ」
江山君は確信してる。
そして実際――移動できた。
「これは凄いかも」
興奮した口調の江山君。でも、あたしは分からない。
「そう? 地図があるんならともかく、映し出されている画面の中だけだと、歩いてでも移動できるわ」
「ゲームの話じゃないよ」
微笑む江山君。
「あ、そっか。実際に使えたら……凄い」
「試してみる?」
「やってみたいけど、ちょっと恐い」
それが素直な気持ち。これまでの二つの魔法は、いくら不思議と言ったって、自分が誰か他人に対して行うもの。移動魔法は、自分にもかけられるんだ。
「近いところでやってみよう。この家の中でいいだろう。部屋の外に出て、ドアを閉めたまま、中に入って来れるかどうか」
あたしは黙ってうなずき、ドアを開けた。
背後から聞こえた音で、江山君がカーテンを引くのが分かった。
「あっ。サークルはどうなるの?」
「さあ……。呪文を唱えたら分かるんじゃないかな」
「それはそうかもしれないけど」
不安になるじゃない。
「悩むより、実行あるのみ。さあ。母さんに気付かれたら面倒だよ」
せき立てられるようにして、あたしは部屋の外に出た。そしてゆっくり、扉を閉めた。かちゃりという音がした。
あたしはいつも持ち歩いている、木の杖を取り出した。
杖と言っても、ミニチュア版。大きさは、カレーを食べるときのスプーンぐらいかな。絵本の中の魔女が持っている杖に似て、丸っこい握りがあって、その下、徐々に細まっている。これ、『Reversal』の力で魔法使いになったとき、いっしょに現れた「アイテム」の一つ。これを手にしていないと、あたしの魔法、効果を発揮しない。
あたしは深呼吸しながら、杖をかまえた。次に、移動したい場所――江山君の部屋の中をイメージしておく。それから、周囲に気取られないよう、それでもできるだけはっきりと呪文を唱えた。
「ラスレバー・エブリフェア」
サークルも何もなかった。全身が軽くなったと言うか、何かに引っ張られるような感覚があったと思ったら、次の一瞬、まばゆい光が現れて、あたしを包む。まぶしいと重う間もなく、さらに次の瞬間――。
「痛っ!」
どさっと音がして、あたしは落っこちていた。
「うー」
したたか打ちつけたすねをさすりながら、周囲を見る。
と、下が不安定なのに気付いた。
「あの、飛鳥さん」
江山君の声も下から。
「あ!」
あたしはその場を飛び退いた。だって、江山君に乗っかっていたんだもん! 顔、真っ赤になってるのが見なくても分かる。江山君だって。
「ご、ごめんなさいっ!」
飛び退いた先、正座して、深ーく、頭を下げる。それだけ申し訳ない気持ちもあったけど、それ以上に、顔が赤いのが元に戻るまで時間がほしい。
「いや、別に謝らなくてもいいけど。初めてのことだし。無事、成功ってことで、おめでとう」
江山君は身体を起こすと、座ったまま、右手を差し出してきた。
「え? 成功って……」
改めて周囲を見渡す。間違いなく、江山君の部屋。
あたしは髪が乱れるのもかまわず、後ろを振り返った。ドアは閉まったまま。
「ほんとに? あたし、ドアを通り抜けて」
「どこを通り抜けたか知らないけど、間違いなく、突然、部屋の中に現れたよ。――飛鳥さん?」
名前を呼ぶ江山君。あたしがぼーっとしてるから心配させてしまったみたい。
「信じられない」
それから「わお!」だか「きゃお!」だか、自分でも文字で表現できない歓声を上げて、あたしは江山君の手を両手で握り返していた。
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