お祈りアクセスマジック

第1話 お祈りアクセスマジック 1


 ~ ~ ~


 いつの間にか、一つのエピソードを丸々読み終えていた。

 素人の書いた物だけど、私には凄く読み易くて、すいすい進んだ。親子だから言葉の選び方やリズムが合うのかなと解釈。

 それよりも何よりも驚いたのは、真実味が僅かだけれども感じられたこと。どこがどうというと細かい話になるけれども、登場してきた人達の何名かを、私は知っている。聞いて知っているだけでなく、面識がある人もいる。ああ、あの人達が中学生の頃はきっとこういう雰囲気だったろうなって、納得できた。だからなのか、絵空事なのにリアルさを感じてしまった。

(でも、本当なわけがない、よね)

 私はノートから顔を起こし、パソコンの方を見た。でん、と構えたように鎮座するそれは、当然だけど何も語らない。

(試してみれば、はっきりする)

 物語に登場したフロッピーディスクというのは、多分、この旧式パソコンと一緒に保管してあった四角い物体そのものなのだろうか。目を凝らすと、レーベルには作中で出て来たReversalと書いてあるような……ううん、かすれて読みづらい。

(試すのはいつでもできる。真に受けるのは、まだ馬鹿らしいし後回しだ)

 私は物語の続きに目を通すのを優先した。だって、母の中学生生活だけでも本当なら、凄く気になるもの。



 ~ ~ ~


 今日も放課後から、江山君のお家を訪ねちゃってます。

「何だか、にぎやかになっちまったな」

 江山君がお茶を運んできてくれた。

 最初はあたし一人だったのが、仲のいい成美と、当初の目的――片想いからの脱出――に目覚めた司との三人で押しかけるようになっていた。

「お邪魔した上に、ごちそうになって、ごめんなさーい」

 調子よく言って、成美はさっさと自分の分を受け取った。こういうときだけ、かわいらしい声、出せるんだから。

「はい、三波さん」

「あ、ありがとう」

 江山君から司にカップが手渡される。司、ほっぺたを染めちゃって、すっごくうれしそう。

「はい、飛鳥さんも」

 江山君があたしのことだけ下の名前で呼ぶのは、単に同じクラスに「松井」という同姓の男の子がいるからだ。

「ごめんね。毎回、押しかけてくる度に」

「別に。僕は運んでるだけ。うちの母親、女の子を連れてくると、何だか張り切っちゃってさ」

 さらさらの髪を手でとく江山君。満更でもなさそう。彼、時計を見ると、芝居がかって言った。

「さて。そろそろ東野も来る頃だけど」

「何っ?」

 途端に表情を固くしたのは成美。

「呼んだの、あいつ?」

「いけなかった? 小学校のときから友達だし、特に横川さんとは仲がいいって聞いたから」

「仲いいんじゃなくて、単にマンションの部屋が隣なだけ」

 成美ったら、冗談じゃないとばかり、右手をひらひらさせてる。

「どうしてそんなこと言うの? 東野君、格好いいじゃない」

 司がゲームのコントローラを放り出して言ってきた。ゲームの方は、一時停止がかかっている。

「なら、司があいつと付き合ってみればいいでしょうが」

「ひどーいっ。なるちゃん、あたしの気持ち知ってて、そんな」

 抗議の途中で口を押さえる司。そりゃそうよね。本命の江山君がすぐそばに

いるんだから。成美の方は並びのいい歯を見せて、あきれている。

「気持ちって?」

 あたし達三人の会話が途切れたのを不思議に感じたのかしら、江山君が聞い

てきた。

「あー、それは」

「言っちゃだめ!」

 成美がゆっくり始めようとするのへ、司が大声でさえぎる。成美もあらかじめ承知していたのか、言葉を止めると、ぺろっと舌を出した。

「分かんないなあ」

 江山君が言ったところへ、呼び鈴の音が。東野君が着いたみたい。

 何だかんだと挨拶の声がしたかと思ったら、東野君が部屋に入ってきた。

「よ。――女子の靴が三足あったのが目に留まったけど、成美達か」

 ごくごく短い挨拶を江山君に送ると、東野君はあたし達の方を見ながら言った。クラスが違うから、彼とはあんまり親しくない。でも、有名だから知っている。おおむね女子に人気があるのだ、東野君は。

「今日はお暇なわけね」

 成美の口調、皮肉っぽい。

「誰ともデートじゃないなんて、珍しい」

「女子三人の相手してくれって、江山から頼まれたんだ」

 断りなしに回転椅子に座ると、東野君は足を組んだ。

「ほんと?」

 あたしと司は、江山君を振り返った。焦った様子の江山君。

「おーいっ。そういう言い方はしてない。僕一人が相手だと遊び方、パターンにはまるだろうから、何かないかって聞いたら、『任せろ』って引き受けたくせに」

「そういうことか」

 いつの間にかゲームコントローラを手にしている成美。それって、司がやってた途中じゃあ……。

「これだけ集まっておいて、ゲームなんて情けない。外に出ようという気、ないのか?」

 東野君は両手を広げ、江山君を含めたあたし達四人を見回した。

「時間がない。休みなら話は別だけどな」

「おまえ、放課後しかこうやって集まってないの? 何ちゅう、もったいないことを」

「そんなこと言われたって、きっかけがゲームだったから。ね、飛鳥さん?」

「え? あ、そうだよね」

 急に振られて、びっくり。紅茶を飲もうとしていたところだったから、こぼしそうになった。

「あたし、『Reversal』と書いてあるフロッピーディスクを拾ってさ。落とした人に返す手がかり、ないかなと思って、中身を調べてみたくなって、それで江山君にお願いしたの」

「ふーん。結局、それって何だったの?」

「ロールプレイング系のゲーム」

 江山君に交代。

「制作者の名前とかの情報はなかったんだ。多分、アマチュア作品だろうけど」

「持ったままでいいのか、そういうのって」

 そう言われると、不安になる。今でもときどき、拾った場所に行って、あのときぶつかった人が現れないか、待ってみるんだけど、行き違いになるのか、最初から現れていないのか、巡り会わない。

「警察に届けたら?」

「ちょっと事情があって、それはできない」

 江山君は答えてから、あたしと目を合わせる。

 『Reversal』には秘密があった。スタート前に主人公の設定をするんだけど、プレイヤーがその設定通りになっちゃうという奇妙な力が。

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