第13話 秘密のアクセスマジック 13

「僕が真空の膜とやらにつかまってる間に、破壊魔法を試すんだ。いい?」

「え、ええ。だけど、江山君、大丈夫?」

「分かんないけど。きっと君が助けてくれるさ」

 逆の立場ならよかったのに……と、こんな状況でもそういう想いを描ける自分に感心してしまう。

「う……来たみたいだ。これ、本当に――」

 口をつぐむ江山君。彼の眼は、あたしに任せたと言っているよう。時間は長くかけられない。一瞬の内で決めよう。気持ちを集中させ、杖をかざして相手に向ける。「その杖は!」と男が叫んだような気がした。

 そして呪文。男の顔に恐怖の色が浮かんでいた。

「ラスレバー・リパルシャン!」

 呪文を叫び終わると同時に、変化が起きた。杖の握りと言っていいのかしら、丸くなっているところが明るさを持ったかと思うと、何かが生まれてくるかのように何本もの光線が、杖の中から外に射し抜けてくる。暗がりを裂くように、赤い線は伸びていく。それは一瞬の内に、相手の身体を突き抜けていった。

 あっけなかった。男は叫び声も上げず、その場に倒れた。そしてその額のあたりから得体の知れないもの――変な表現だけど『黒く光る』って感じの球体が浮かび出た。額を抜け出すと、ふわふわふらふら、空中をさまよい始めた。

 と思った瞬間、球体は粒状に霧散し、そのまま目に見えなくなってしまった。

 無言でその様子を見守っていたら、背中の方から江山君の声がした。

「まじで……窒息しそうな気がした」

「あ、大丈夫だったのね! よかった……」

「助かった。飛鳥さんの方は無事?」

「あたしは平気。それより、さっきの黒い人魂みたいなの、見た?」

「ああ。ますます分からないな……。そうだ、あいつはどうなったんだろ?」

 江山君が倒れている男に近づこうと、一歩を踏み出したそのとき。

「う、うーん」

 うめき声がしたかと思ったら、倒れていた男が上半身を起こしたの! 死なせる気なんて全然なかった(恐いし)けれど、こんなに短い間しか気絶させられないの? あまり役に立たないわ、この魔法。

 足を止めた江山君。あたしもとっさに身構える。

 男があたし達の方を振り返った。緊張。

 けど、そのまま視線を外されてしまった。それから男は一言、

「あ……れ? 何で、俺、こんなとこで寝てんだ?」

 と、ぼそぼそとつぶやいた。

 あたしはすぐ、「どうなったの?」と江山君に小声で聞いてみた。

「分かんないけど……どう見ても、何も知らないって感じ……」

「……演技じゃないわよね」

「さあ……」

 そんな会話をしてる間に、男は立ち上がった。

「あれ? 何で包帯なんか……」

 そう言って、男は右手の包帯をきれいに取り去った。その下から現れた手は……どこにもただれた形跡などない様子。

 そのまま、男はあたし達がいるのとは反対方向に歩いていく。

「あの」

 声をかけようとした。けれど……かけられない。きっと、あの人は――今のあの男の人は、何も知らないのだ。

「すべての原因は、黒い人魂、かな」

「江山君、どういうこと?」

「あの人にも、ゲームソフトのキャラクターがとりついていたんじゃないかな……。飛鳥さんが魔法使いになったみたいに」

「それって、あの人魂のやつのせい? あれが抜け出たら、元に戻れるの?」

「想像だから、断定できないよ。ただ……君は自分の意志があるんだろ?」

「もちろんよ」

「だけど、あの男の人は違ったようだよ。あやつられていた、そんな感じじゃなかったかい?」

「それは思ったけど」

 じゃあ、あたしは何なのだろう?

「悪のキャラ、えっとジャドーだったな。ジャドーはこの現実の世界でも悪者らしい。とりついた人間をあやつれるほどにね。それに対して、プレーヤー側のキャラクターは、そうじゃないってことかな」

「……これで終わったのかしら?」

「サングラスの男がどうなったか分からないけど、当面は大丈夫じゃない? 杖はそのままだね。魔女の服はどうかな?」

「見てみるわ」

 かばんを地面に下ろし、我ながら落ち着きのない手つきでチャックを開ける。

「あっ」

 思わず叫んだあたしの声と、江山君の声とが重なった。

 どうして驚いたかって? もちろん、魔女の服が制服になっていたから。もう一着持っている制服は、今、自分が着ている。着ている制服にどこにもおかしなところがないことを確認。やっぱり、元に戻ったんだわ。

「服、戻ってるね」

「じゃあ、本当に終わったのかしら? 何もかも」

 少し、寂しい気がする。あのフロッピーディスクを拾ってから、短い間に、色々と不可思議な出来事があったけど、今夜、ううん、今で終わり? 服が戻ったってことは――ゲーム イズ オーバー?

「さあ……。杖は残ってるんだよね。魔法の力は残ってる?」

 言われてみて、気になってきた。すべてがもう終わったのなら、魔法だって消えていて不思議じゃない。小さな声で唱えてみた。

「ラスレバー・ハーモニー」

 すると――金色の粉がふわっと手からこぼれ、すぐ見えなくなった。

「やったね!」

 江山君がはしゃぐように言った。

「魔法は残ってる。素敵な置きみやげかもしれないよ」

「え、ええ。そうね」

 あたしは、何となく変な気持ち。うれしい反面、魔法が残っているということは、まだ全部が終わったわけじゃないのかなあという不安もよぎる。

 でも。何だろう、ほっと安心できた。偶然にさずかった魔法だけど、手放したくない。何よりも、これがきっかけで江山君と深く知り合えたし、これのおかげであたしも彼も助かったんだもの。

「まっ、いいや」

 不安は吹っ切る。すべては終わって、魔法をもらったのだと、今は素直に受け取ろう。それに……。

 あたしは江山君の顔を見た。

「ん?」

「あ、何でもない」

 適当にごまかす。あなたと一緒にいると、こんなにも楽しいのはどうして? どんなにつらくても平気でいられる気がする。

 これも魔法? だったら、なおさら素直に受け取らなくちゃね!


――Period1.終

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