第9話 秘密のアクセスマジック 9


 やっと涙が止まった。気持ちを切りかえるため、冗談めかして言う。

「ごめんなさい。あーあ、今のあたし、ひどい顔してるでしょう? お願いだから、笑わないでね」

「そんなことないよ。うちの母親の寝起きよりは、ずっと見られる」

 軽く笑い声を立てる江山君。あたしもつられて笑った。それからしばらくして、話を再開する。

「息はできるようになったけど、相手はフロッピーディスクを渡せって言ってきた。渡さないとまた息ができなくなるようにしてやるみたいなこと言われて、あたし、フロッピーは持っていないと答えたの。そしたら、相手の男はあたしのかばんの中を調べ始めて……。もちろん、フロッピーなんか入ってないわ。江山君が持ってるんだもの。見つからないときはどうなるんだろうって、また恐くなったんだけど……。そこからまた不思議だったの。補助かばんの方を調べてる最中に、何かがほんの一瞬、光ったのよ。それと同時にあの男、苦しみ出したかと思ったら、『すでに呼び出していたのか』なんてことを言って、フロッピーを探すのをやめちゃったわ。それから逃げるように立ち去っていった……」

「……」

 さすがに受け入れにくい話だったかしら。江山君、黙り込んでしまった。

「そ、それにね」

 あたしは付け加えるべき点を思い出した。

「男の右手、やけどしたみたいになっていて、その上、何となく溶けたみたいになってたのが見えたのよ。ね、これって何だと思う?」

「わけが分からない、途方もないことに巻き込まれた……とでも考えないと理解できないよ」

 半ばあきれた感じで、苦笑している江山君。

「でも、信じる。全部を信じないと、糸口もつかめないだろうしさ。

 話の中で、僕が気になったのは、男が苦しみ出した理由。何かが光ったって言ったけど、光るような物はかばんの中に」

「なかったわ」

「じゃあ……そいつがある物に触れて、その瞬間に光ったと考えればいいのかな……。ある物に触れたからこそ、右手はやけどしたようになった、とか。かばんの中には何が入ってたんだろ?」

「それは、昨日借りた服と杖と、それから古文の辞書。これだけよ」

「服を? どうしてまた」

 不思議そうな顔をする江山君に、あたしは説明してあげた。

「洗濯してお返ししようと思って。一度でも着たら、分かってしまうものだから。それで学校の帰りしなにでも、コインランドリーを使おうかと思って」

「はあ。そんなことまで気にするもんなんだね」

 妙に感心した風な彼。

「杖とは? 昨日のミニチュア版の杖のことかい」

「そうよ。学校に持って行けそうなの、それぐらいだったから」

「可能性があるなら、その杖かな」

「え? 何のこと?」

 あたしが首をかしげると、江山君はもう忘れたの、とでも言いたげな顔つきをした。

「男の手を溶かした物の正体だよ。言ってみたら、杖はReversalのフロッピーから生まれた物だよね」

「ええ」

「その男もまたReversalに関係してるらしい。となると、二つを結びつけるのは自然だと思うんだ。杖が飛鳥さんを守った」

「……杖が……」

 あたしはベッドから降りて、補助かばんに入れっぱなしの杖を取り出してみた。当然なのかどうか、あたしがさわっても光りはしない。手も何ともない。

「これ」

 と、江山君に手渡す。

「ふーん。別に昨日と変わったところはなし、と」

 杖を片手に、思案げな江山君。

「逃げる前に何て言ってたんだっけ、そいつ?」

「え? あ、あれよ。『すでに呼び出していたか』っていう意味の言葉」

「呼び出す、か。いかにもReversalに関係していそうだ。あのReversalが特殊なフロッピーディスク――あるいは特殊なソフトであるのは間違いない。飛鳥さん、君を襲った男がフロッピーをほしがってるのは、Reversalの中身を破壊したいからだと思う」

「破壊したいって?」

「あのゲームに登場するキャラクターのいずれか一つか、もしかしたら複数かもしれないな。とにかく、あのゲームのキャラクターは君を襲った男にとって、天敵なんだよ、多分。現実とゲームの中がどうつながるのかまでは分からない。でも、男にとって最善の方法は、ゲームが開始されない内に、フロッピーを壊してしまうこと、これは当たっていると思うんだ。昨日、僕らはゲームをスタートさせた。そして魔法使いのアスカを生み出し、偶然かもしれないけれど、彼女を実体化させた。Reversalから出てきた魔女の杖だからこそ、男にダメージを与えることができた。こんな風に想像できない?」

「どう……言ったらいいのかしら……。実際におかしなことが周りで起こってるけど、ゲームの中とあたし達がいるこの世界がつながるなんて」

 自分が巻き込まれているのだけれども、信じにくい。それが正直な気持ち。

「色々な断片を集めて考えたら、これしかないと思ったんだけど」

 少し不満そうな江山君。けれど、すぐに吹っ切ったよう。

「まあいいや。今は、起こってることの裏を探るよりも、どう対応するかが大事だもんね」

 それはそうだわ。今朝の男がこのまま引っ込めばいいけど、また現れる可能性の方がずっと高い気がする。

「――あの、聞きたいことができたんだけれど……。今朝、あたしを襲った男とサングラスの男は、仲間?」

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