第7話 秘密のアクセスマジック 7
危険! この人、おかしい。直感もあるけど、明らかにReversalのことを知っている。変だ。
あたしは一目散にかけ出した。
「待ちなさい。逃げなくていいでしょう」
悠然とした口調が、背中越しに届く。でも、そんな言葉に耳を傾ける気は一切なし。
急に、強い力で後ろに引っ張られる。補助かばんの方をつかまれた? バランスが崩れて、派手に転倒してしまった。朝っぱらから、無茶苦茶する! 他人に見られるかもしれないのに、何て強引!
「助けて」
叫んだつもりだった。けれど、声が……全然大きくないじゃない! 頭の中だけで反響している感じ。どうして?
「声を張り上げても無駄です」
相手の声は聞こえてきた。ていねいだけど、ごう慢な響き。
手のひらを下にしたその右手は、あたしの方を向いている。何かをこちらに送っているように見えた。
「お嬢さんの周りに薄い真空の膜を作りました。学校で習いませんでしたか? 真空は音をさえぎると。無論、あなたの耳の部分は私の側とつながっています」
真空の膜? 何を言っているの、この人? でも、声が外に通じていないのは事実みたいだ……。
「今のところ、呼吸はできる状態です。あなたの返答次第で、どうなるか分かりませんが」
相手の言葉を信じないといけないみたいだ。あたしは立ち上がった。間髪入れず、かけ出す。
「おやめなさい。膜は離れません。必要とあれば、お嬢さんの意識を奪うこともできる。その証拠に」
視界の隅で、相手の男は新たな手振りを行うのがとらえられた。
途端に息苦しくなる。見えないビニールか何かが、鼻と口を覆った感触が……。とても走れない。ひざを折って、地面に四つん這いにならざる得ない。
「さあ、もう分かったでしょう」
その言葉と同時に、息が再びできるようになった。
涙がぼろぼろあふれてくる。心底、恐かった――恐い。
「まだこちらの意図を説明し切らぬ内に、そちらが逃げ出そうとするからですよ。恨まないでください。私の望みは一つ。あなたが一昨日、拾ったであろうフロッピーディスクを渡しなさい」
「……そんな物……持ってない」
強がりなんかじゃない。本当に今は持っていないのだから。あれを持っているのは江山君だ。
「ふむ」
少しの間、男は考える様子を見せた。
また呼吸できなくさせられるのかと思い、寒気が走る。
「知らない、とは言わなかった。持っていない……? どういう意味だろう。今は持っていないのか、それとも単なる嘘なのか」
男は薄く笑った。
「荷物の中身を調べますよ。もし嘘だったら……覚悟しておいてください」
「……」
もう、まったく言葉が出ない。からからにのどが渇いている。
あたしの目の前で、男はかばんの中身を調べ始めた。
「こちらにはありませんね」
学生かばんを調べ終わって、男はつまらなさそうに言った。すぐに、補助かばんの方に取りかかる。
どちらにもフロッピーがないと分かったら、あいつは次にどうするつもりだろう? あたしの家を調べる気かしら? それとも先に身体検査とか……。
「こちらも服ばかり……ん? これは……」
次の一瞬、はじけるような音と共に、光が走った。ごく短い間だったけど、カメラのフラッシュの何倍もありそうな、強烈な閃光! それなのに、あたしの両眼は光を浴びてからも、普通に見えている。
その光と時を同じくして、男がうめき始めた。
「お、お、お……」
先ほどの憎らしいまでの冷徹さは、どこかに消えてしまっている。男は目よりも、なぜか右手を押さえている。
あたしは自分の周りで、何かが破裂したような感覚を得た。真空の膜とかいう物が消えてなくなった? そうだとしても、目の前で起こっていることに、声も出せない。
「ふ、不覚……。すでに……すでに! 呼び出していたとは」
よろめきながらも立ち上がった男は、意味不明のつぶやきを続けている。
そしてあたしは見た。男の右手がただれ、一部が溶け出したかのようになっているのを。
「だめだ……」
男はあきらめたように最後のうめき声を上げると、あたしから、この場から遠ざかっていった。
助かった――そう実感すると、涙がまたこぼれてきちゃった。
気分が悪くなったから今日は学校を休むと言ったら、母さんは最初、怪訝そうな表情をした。でも、あたし、本当に熱を出していたから、すんなり受け入れてくれた。さすがに弟のときみたいに、大騒ぎはしなかったけどね。
お昼ご飯も食べ終わって、横になっていると、お友達が来たわよと、母さんが知らせてくれた。あたしは上がってもらうように言った。
来てくれたのは予想通り、成美と司。そう言えば、授業は午前中で終わるんだっけ。
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