第6話 秘密のアクセスマジック 6
抜き足差し足。
自分の家なのに、どうしてこんなことしなくちゃならないのって思うけれど、今は仕方がない。幸い、母さんは夕食の準備と歩の様子を看るのとに気が行っていて、あたしには気づかなかったよう。父さんはまだ帰っていないみたいだし、兄貴は見つけられてもどうにでもなる。
「疲れたーっ」
自分の部屋に収まって、ベッドの上に横になると、大きく伸びをした。
それから思い出して、身体を起こす。服は借り物なんだったわ。
――あれから服をどうしようと考えた末、江山君がこっそり、彼のお母さんの服を持ち出してきてくれたの。サイズも融通の利く範囲で、着られた。
すぐに着替えて、明日にでも返そう。でも、洗濯しとかないと気づかれて、江山君、変に疑われちゃうかも。何のために母親の服を持ち出したんだって。これはよくない。あたしのためにしてくれたのに、また迷惑をかけては気が引ける。
しかし……家で洗濯したら、あたしが怪しまれるわね、恐らく。干せば間違いなく見つかる。学校で乾かす……無茶か。コインランドリーかな、ここは。
制服の方はもう一着あるし、もうすぐ春休みに入るから何とかなるはず。
服の問題はそれでいいとして……。より大きなトラブルをかかえたままなのよね。ほとんど何も解決されていない。
江山君には、フロッピーディスクを拾ったいきさつもきちんと話した。その結果、フロッピーを落としたのはサングラスの男だという意見で一致している。問題のReversalは、相談して、江山君に保管してもらうことにした。あたしが入力しかけていたアスカをそのままデータとして保存してから、ゲームを終了。そしていざ、差し込んだままのフロッピーを抜くとなって、さすがに勇気を必要としたらしくて、無事に抜き出したときは、江山君も苦笑いしていた。
魔女の服は帽子や杖ともども、あたしが持っていることになった。もう一着の制服と、その布の質を比べてみるというのもあったけど、何かの拍子で元に戻ったときに江山君の手元にあったらややこしくなるもんね。
着替え終わったところで、あたしは忘れない内に、制服と魔女の服を並べて、その材質を比べてみた。
手ざわりは全く違っていた。だいたい、魔女の服は場所ごとに感触が異なっている。マントは厚手のややごわごわした感じだし、帽子は糊が利いたカッターシャツの襟のよう。杖に至っては、どう考えても木としか思えない触感だわ。魔女の服そのものは、制服の感じに近かったけれどね。
服が化けちゃった他には、今のところ何も変わっていない。でも、身体に異常が出たらすぐに伝えてほしいと、江山君から言われている。
「おどかすつもりはないけど、その可能性は考えておかないとね」
そう言ってくれた江山君の表情の優しかったこと。特別な理由はないのに、なぜかしら安心できた。
ごめんね、司。あたしも江山君のこと、好きになりそう……。
そんなことを想っていると、突然、気になってきた。この不思議な体験、他の人に話していいものかどうか、って。ここまでは気が回らなくて、江山君とも決めていない。
話しても信じてもらえそうにないから、家に帰るのにさえ一苦労したんだけど……。成美や司になら、話していいかなって思う。信じてくれるかどうかは別だけど。
それから最後に行き着く疑問は、何のために、どうやってあんなフロッピーディスク――ゲームソフトが作られたのかってこと。主人公のキャラクターを、使っている人間に映せるなんて、普通の技術じゃできないはずよ。それこそ魔法か何かじゃないと、絶対に無理。
元々これを持っていた(はずの)あの若いサングラス男にしたって、何者なんだろ? こんな不思議なゲームソフトを落としたんだから、大騒ぎしていると思う。ひょっとしたら、取り返しに……。ううん、考えたくない。恐い。
すべては明日。江山君に会ってからにしようと思い直し、気分を切り替える。
そのとき、絶妙のタイミングで、母さんが呼んでくれた。
「飛鳥、帰ってるんでしょう? もうすぐご飯だけど、ちょっと手伝って!」
いつもは嫌なお手伝いも、今ばかりは助かる。日常に触れて、一時でも不可解なことを忘れていたい。
今朝は久しぶりに、三人そろって家を出た。三人とは、兄貴の
三人そろってと言ったけれど、学校はそれぞれ完全に別方向にあるので、すぐに一人ずつになる。その方がせいせいすることもあるし、さびしくなるときもある。今朝はさびしくなる方。昨日、奇妙な目に遭ったからかな。
「かばん、ぱんぱんにふくれてるな」
桂真が言った。あたしの左手をふさぐ補助かばんを指さしている。
「あ、これね」
あいまいな返事でごまかす。
補助かばんの中には、昨日、江山君から貸してもらった服が入っている。こうやって持ち出して、こっそりコインランドリーで洗濯するしかない。
その他、魔女の服一式の中からミニチュアの杖もかばんに入れてきた。学校で調べれば、その材質が分かるかもしれないという淡い期待をいだいてのこと。魔女の服の他の物は、どれも切り取らなきゃ持ってこれそうになかったから、杖だけにしたの。
話している内に、三叉路に到着。ここであたし達は一人ずつに分かれる。最初に心配していた通り、不安感が少なからず内に広がる。
それでも気を張って歩いていると、後ろから声をかけられた。
びくっとしてしまう。だって、あのサングラス男かと考えたから。
だけど、振り返ってみて、ちょっと一安心。まるで知らない男の人が立っていた。今のあたしにとっては、全然見知らぬ男の人の方がサングラス男よりましだ。
「はい、何でしょうか?」
大柄な相手の人を見上げるように、尋ねた。逆光でよく分からないけど、彫りの深いなかなかのハンサムに見えた。
「お嬢さんは一昨日」
瞬間、変だなと感じた。道でも聞かれるのかと思っていたのに、お嬢さんとか一昨日だなんて?
「お嬢さんは一昨日、この先の公園の近くで、一人の男性とぶつかりましたか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます