第5話 秘密のアクセスマジック 5

 どのぐらい気を失っていたのかしら。

 目を開いて、すぐに思ったのはそれだった。

 あたしは腕時計をしない主義なので、室内に時計を探す。あった。机の角に、目覚まし時計。

「?」

 首を振った。目をこすった。深呼吸した。でも、時計の示す時刻は変わらない。あたしの記憶が間違っていなければ、ほとんど時間がたっていないことになる。すごく長い間、意識を失っていた気がしたけれど……。

 パソコンの方を見た。あのショックと関係あるのかどうか分からないけれど、妙な音は止まっていた。画面は主人公設定のまま。

「おっかしいな」

 つぶやきながら、左手を頭にやった。

「?」

 再びの違和感。今、変な物が視界に飛び込んできたわ。

 あたしはあたしの左手をじっと見た。

 左手に異常はなかった。でも、その手首より上、袖口が……。

「な、何よ、これって……」

 立ち上がり、着ている服の全体を確かめる。

「そんな……」

 頭がおかしくなりそう。だって、あたし、学校からの帰りでしょ。制服のまま、江山君の家に来たのよ。

 それなのに――魔女の服を着ている。

 あの、黒くてゆったりとした、イメージ通りの魔女の服。肩の辺りが重いと思ったら、マントが引っ付いている。ふと床を見ると、ご丁寧に背の高い帽子があった。そう、さし絵なんかの魔女がよくかぶっているあの黒い、つば広の帽子。さらに見渡すと、小さいながらも、いかにも魔女が持っていそうな杖のミニチュア版――フォーク程度の大きさ――までが転がっていた。

 恐る恐る、胸元から中を覗いてみる。

 ――ああ。下着だけだわ。制服がどこにもない。

「どうなってるの……」

 途方に暮れて、勝手にそんな言葉がこぼれてしまう。

 そのとき、足音が近づくのが分かった。江山君が戻ってくる!

 あたしは部屋の中を見回して、入り口の右手、本棚の陰に隠れた。と言っても、ドアのところに立っている人からは見えないだけで、探せばすぐに見つかる隠れ方。

「ごめん、ちょっと時間かかったかな……。あれ?」

 江山君の声が聞こえた。

「飛鳥さん? どこ行ったの、飛鳥さん!」

 探されては困る。あたしは江山君の足を止めようと、叫んだ。

「入ってこないで!」

「え……」

 ここからは見えないけど、どうにか立ち止まってくれたみたい。

「ど、どうしたの?」

 江山君の戸惑いが、手に取るように分かる。だけど、あたしの方がもっと戸惑っているのよ!

「何か悪いことしたかな……」

「そ、そうじゃない……と思うけれど」

 急に不安になった。一応、確かめたい。

「そのまま聞いてね。あのね、江山君。電話に出てから、今まで部屋に戻ってないわよね」

「そうだけど」

「本当に?」

「うん。何が何だか分からないよ。どこにいるの?」

「ま、待って。まだだめ! そ、そのぅ……変なこと聞くけれど、あたしの……服……どこかに落ちていないかしら……」

「服? 服って制服かい?」

「そ、そう」

「分かんないなあ。今、着てるだろ?」

「それが……」

 心なしか、江山君の口調が荒っぽくなった気がする。怒らせて当然のこと、あたししてるんだもんね。どうしようもない。姿を見せないと、話が進まない。

「あの、ドア、閉めて」

「どうして?」

「いいから」

 ぱたんと音がした。

「――閉めたよ」

「あ、ありがとう。それから、何を見ても大声を出さないで」

「何を見ても……?」

 あたしの言い方、おかしかったかな。ひょっとして江山君、変な風に想像しているんじゃないかしら。まさか、大丈夫とは思うけど……ちょっと心配。

「そう。何を見ても」

 踏ん切りをつけて、あたしは一歩、前に出た。

「大声出さないでっ」

 自分の声が大きくなってしまわないよう、あたしはうつむいたまま、鋭く言ったつもり。

 しばらく待っても、何も反応がない。びくびくしながら顔を上げると、あっけに取られたような江山君が見えた。

「……驚かないの?」

「驚いてはいるけど……驚かしたかったの?」

 質問を返されてしまった。あたしは首を強く横に振って、否定する。

「ううん。そんなんじゃない」

「制服じゃないよね、それ……」

 目をこする江山君。

「最初、見間違いかと思ったけど、やっぱり制服じゃない……ね」

「そこの帽子や杖もよ」

「本当だ……。何でこんなことに?」

「あたしにも分からないんだけど……」

 とにかく、起きたことをそのまま伝える。

「言われた通り、Reversalの最初の設定をしていたの。性別は女、十三歳、名前は片仮名でアスカってして、職業は魔法使いを選んだところでフロッピーがおかしくなって……さわってみたら、電気が流れたようなショックが来たのよ。長いこと意識がなかった気がしたんだけど、実際は一分ぐらいだったみたい。そして起きてみたら、こうなって……」

「……このフロッピーディスクのせいなのかな?」

 差し込まれたままのフロッピーを見つめる江山君。警戒しているのかしら、まだ触れようとはしない。

 説明を聞いたあとの、江山君の最初の言葉に、あたしもようやく、この結論を受け入れられそう。つまり――。

「Reversalのメインキャラクターそのままの格好になったわけだ。信じられないけど。……まさか、僕をからかうために、フロッピーのことから何から、準備してたなんて」

「絶対にないわ! 何のためにそんな」

「怒らないで、あやまるから。それだけ信じがたいってことだよ。ん、まあ、制服は確かになくなってる。これが現実なんだ」

「あ――」

 あたしは基本的な問題を思い起こした。

「制服、どうしよう……」


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