第4話 秘密のアクセスマジック 4

「よし、機種は合ってる。ウィルスもまず心配ない」

「そんなことまで分かるの」

 江山君の肩越しに画面を覗く。そのとき、男子にしてはきれいな髪をしていると印象に残った。

「うん。まあ、ウィルスの方は新種は検出できないけど、多分。……ふーん……これ、何かのプログラムだよ。まともなやつみたいだ。けど、説明のファイルが見当たらないような……」

「説明がなかったら、動かせないの?」

「いや、大丈夫と思う。そのまま起動させれば」

 と、江山君は一旦、パソコンを終了させ、またスイッチを入れた。

「ん、読んでる読んでる。ほら、赤いランプがちかちか、点滅してるだろ」

 その言葉通り、小さな窓に明かりが、せわしなく点いたり消えたりしている。

 次の瞬間、画面いっぱいに鮮やかな絵が広がった。

「ははあ……本格的」

 感心したようにつぶやいた江山君。

 画面を見れば、確かに感心したくなる。最初に現れたパステル調の風景画は、段々と変化して、リアルな絵――もしかすると写真――になっていった。

「音は?」

「あ、そうか。いつもは消してるから」

 あたしが催促すると、江山君はパソコンの下の方のつまみをいじった。音が聞こえてきた。こちらは意外に単調。

「このパソコンに付けてる音源ボード、たいしたことないから。実際の音はどうか分からないよ」

「機械によって変わるのね」

「そういうこと。あっと、タイトルが出た。でも、制作者名がないな……」

 画面の絵、半分よりやや上の位置に、細い切り込みが横に入った。それが上下に広がり、細長い長方形を作った。その長方形の枠は、杖や剣、弓矢といった物でかたどられている。長方形の中に、何かが浮かび出てきた。最初はぼんやりしていたのが、徐々にはっきりしてきて、最後には読めるようになる。青地に灰色(銀色?)の文字で、Reversalとあった。筆記体の流れ方が何となく、きざ。

 「リターンキーを押してください」と画面表示。江山君が操作すると、画面が変わった。

「ロールプレイングゲームっぽいね……。あれ? 当然、物語の世界背景が出てくると思ったのに」

 戸惑ったみたいな江山君。

「……いきなり始まるのかしら」

 画面を見て、あたしはそう判断した。

 画面には履歴書みたいなものが映されていて、<主人公の設定>とある。どうやら、主人公の性別とか年齢、職業等を自分で決めてからゲームスタートになるようね。

「どうしよう? やってみる?」

「あたしはいい。遊ぶのが目的じゃないから。江山君、やってみて」

「じゃ、性別は男で」

 江山君が入力を始めようとしたとき、部屋の向こうから声がかかった。

淳也じゅんや。淳也! 電話よ!」

 江山君のお母さんの声。さっき、あたしが挨拶すると、ずいぶんうれしそうな顔をしていたけれど、どう思われたのか気になる……。

「はーい! そんな大声出さなくても」

 江山君は椅子から立ち上がった。

「ごめん、ちょっと」

「うん。別にあわてなくてもいい。あたし、待ってるから」

「ついでだから、飛鳥さん、始めてみてよ。嫌になったら、すぐにやめられるんだし」

「え……」

 こちらが返事する間もなく、江山君は部屋を出てしまっていた。

「……」

 じっと画面を見る。入力により選択された主人公の絵柄がはめ込まれるのであろう正方形の欄が、ぽっかりと空いていた。

「放ったらかしも悪いかな。ゲームならだいたい分かるし」

 口に出して言ってみた。

 入力ぐらいなら、と思って、あたしはキーボードに手を置いた。マウスの方は使い方がよく分からない。

「性別は……ごめんね、やっぱり女」

 女の方を選択したが、まだ主人公の絵は出てこない。

 次は年齢。今のあたしと一緒、十三歳にしておく。

 それから名前。こうなったら、遊んじゃおっと。「アスカ」と入力してみた。

 職業は選択制になっていた。戦士、僧侶、占い師、皇族、探検家、発明家、軍師、吟遊詩人、魔物、妖精等々。色々そろっているけど、さすがに中学生とか学生なんてのはない。これは現実を離れるしかない。いくらか迷ってから、魔法使いを選んだ。

 次はと見れば、身長/体重とあった。何よ、これ。本当のことを書くのは、気が引ける。

 江山君、まだかなと振り返ったけれど、話し込んでいる様子。

 この欄は飛ばそう。そう考えて、何も入力しないままリターンキーを押す。

 それがいけなかったのかしら? 不意に、パソコンが変な音を立て始めてしまった。正確に言うと、フロッピーを差し込んでいるところが、がっがっと音を出していた。そのドライブの窓が、ちかちか点滅している。

 びっくりしたあたしは、リターンキーを再度押してみた。けれども、音はそのまま。焦って、次に矢印キー四種を順に押す。点滅は止まらない。困った。他のキーは恐くて押せない。

 でも、こういうとき、フロッピーを引っぱり出したり、電源を切ったりしちゃいけないって、よく聞く。リセットボタンならいいって、聞いたような気もするけど、江山君のパソコンだもの、そんな勝手はできない。

 あーん、早く戻って! そう念じたけど、江山君は戻ってこない。

「止まってよー」

 自分でも情けない声を出しながら、あたしはフロッピーに左手を伸ばした。指先が触れる……。

 ばしっ!

 指がフロッピーに触れた瞬間、感電したみたいなショックが、身体の中を通り抜けた――。

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