第3話 秘密のアクセスマジック 3
最悪の朝で幕を開け、公園で無駄な時間を過ごした次の日。
「今日は早かったわね」
教室に入ったら、もう成美が来ていた。司の方はまだ姿が見えない。
「自分こそ」
「まあね。それより、弟君は大丈夫だったの?」
「あ、ただの風邪だって。一応、今日も休むみたいだけど」
弟の歩が風邪をひいたのは、きっとテレビゲームで夜更かししたせいだと思う。ゲーム好きの小学生にテレビを自由に与えたら、こうなるのは分かってるのよ。それなのに……うちの親も甘い。
「まずは一つ、心配事が消えたわけね」
「ま、そうかな。次はフロッピーだけど」
「やっぱ、江山君に?」
「うん。今はあわただしいから、お昼休みに頼もうかなって」
江山君をちらっと見ると、いつものように男子数人と話をしている。
「司が喜ぶだろうなあ。あ、噂をすれば」
人差し指で教室の入り口の方を示す成美。ちょうど司が来るのが見えた。
それからの授業三時間は、できるだけフロッピーのことは考えないようにしようと思ってたんだけど、かえって考えちゃった感じ。フロッピーの中身を勝手に調べるのって罪にならないのかしらとか、早くあの人に――印象悪いけど――返さなきゃいけないなとか、それにはどうするのが最善か、てなことをとりとめもなく考えていた。
やっとお昼。江山君、お弁当を食べ終わったら友達何人かとどこかに行ってしまうことが多いから、その前につかまえなきゃ。
「江山君」
恥ずかしがっている司、あくまで第三者的立場の成美に代わり、ある意味で当事者のあたしが声をかける役。
「え?」
あたし達が声をかけるなんて予想外だったらしくて、こっちを振り返った江山君の顔は明らかに驚いていた。
「何か用? 松井飛鳥さん」
フルネームで聞き返されるなんて、くすぐったい感じ。すぐにその理由に思い当たる。クラスにはもう一人、名字が松井の男子がいるからだ、きっと。
「あのね、昨日、学校に来る途中、これを拾って」
まず、フロッピーを見せる。
「『Reversal』……? 僕のじゃないけど」
「分かってるわ。どういう物なのか、中を調べてもらえないかなって思って。学校のコンピュータ使って……。ほら、江山君、理科部でコンピュータ、よくいじってるでしょ。コンピュータの授業でも先へ先へと進んでるし。だから」
「ん、そういうことね。いいよ」
軽く笑って、うなずく江山君。やった。よかった。
「でも、学校の機械を使うのはまずいよ。万が一、それが変なフロッピーで、ウィルスが入ってたら、壊してしまうかもしれない」
「ウ、ウィルスって? 病原菌?」
司が言った。江山君と話そうとして、必死なんだろうな。でも、何でもかんでも話題に加わればいいってもんじゃないわよ。ウィルスのことぐらい、授業で聞いたでしょうが。
「違うよ」
かすかに笑いながらだけど、やんわりと否定した江山君は、わかりやすくコンピュータウィルスについて説明してくれた。
「――だから、学校のを使って、もし壊しちゃったらまずい」
「そう……」
何となく、がっかり。
「だからさ、自分の家にあるパソコンで調べてみるよ」
「え? 大丈夫なの?」
「心配ない。ウィルスをチェックするソフトもあるし、バックアップ――壊れたときのために、予備を取っておいてあるからね」
「そ、それじゃあ、お願い」
「じゃ、フロッピー、預からせて」
手を出してくる江山君。
「え? あ、あの、あたしもいっしょに見てみたいなーって」
「そうなの?」
と、江山君は司と成美にも視線をやった。
「あたしも!」
急いで叫んだのは司で、成美の方は、まあ付き合うかってな様子。
「ふーん。あんまりきれいな家じゃないけど、それでいいなら」
そう言った江山君の表情、さすがにうれしそうに見える。
「じゃ、今日の放課後でいい?」
「うん」
約束して、あたし達は自分の席に戻った。――だけれども。
何でこうなるのかなあ。
あたしは一人で、江山君の家を訪ねていた。そう、一人。
「
湯気を立てているカップをお盆で運んできた江山君。
「三波さんは数学の補講って分かってるけど」
そうなのだ。昼からの授業で、返ってきた数学の点数がよくなかった司は、補講組に入れられてしまった。江山君の家に行けなくなったあの子の悔しがりようったら大変で、気の毒で仕方がないぐらいだった。でも、自分の責任なんだから、あたしが教室を出るとき、恨めしそうに見ないでほしい。
「司――三波さん、残念がっていたわ。それからえっと、成美――横川さんが来られなくなったのは、
「東野って、一組の?」
知っているみたいね。ちなみにあたし達は四組。
「そう。横川さんと東野君、小さいときから知り合いで、家も隣同士なんだって。だから」
「腐れ縁みたいなもの?」
言って、おかしそうに笑う江山君。
「そうみたい。何だか、お互いにお互いの弱みを握ってる感じで」
「ふうん。小学校のとき、あいつと一緒のクラスだったけど、知らなかったな。明日、からかってやろうかな。――あ、紅茶、飲むよね?」
「おかまいなく。それよりも」
「そうだね。フロッピー、フロッピーと」
江山君は立ち上がると、机に向かった。問題のフロッピーディスク・Reversalは、すでに彼に手渡してある。
よく分からないけど、うぃんうぃん、きりきりと音がして、机の上にあるパソコンの画面が明るくなった。続けて何かの操作が行われ、画面は一新。「ドライブを指定してください」なんて言葉が出ている。これは学校でも見たことがあるけれど、ドライブ(車で行く方よ)の行き先を聞かれているみたいで、いつもおかしく思っちゃう。
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