第2話 秘密のアクセスマジック 2

「転んで荷物を拾ってるとき、まぎれこんだみたい。気づかなかった」

「何か書いてる」

 成美から渡されたフロッピーディスク――小型のやつ――をよく見ると、ボールペンか何かで、じかに文字が書き込まれていた。

「アール、イー……Reversal。英語? リバーサルって読むのかな」

「UNOのリバースと似た意味よ、きっと。」

 成美が言ったところで予鈴が鳴った。本鈴まであと五分。着席して、静かにしなくちゃいけない。

 フロッピーはかばんに戻し、ともかく古文の用意。それから机の中に置きっぱなしにしている英語の辞書を取り出す。当然、Reversalを引くため。

「R……E……VER……SAL」

 載ってた。裏返しとか転倒、反転、逆転ていう意味。転んで拾った物が「転倒」なんて、できすぎ。辞書をしまってから、急におかしくなってきた。

松井まつい、何を笑っているんだ」

 いつの間にかご到着の先生に、気味悪そうに注意されてしまった。


 一時間目を終わって、司が聞いてきた。

「何、笑ってたのよぉ? ノート、ありがとうって返そうとしたとき、なかなか気づかないし」

 彼女に拾ったフロッピーのことを説明してから、ついで司と成美にReversalの意味を教える。

「『転倒』ね……。飛鳥あすかがぶつかった、サングラスの男の人が落としていったんだろうけど……結局、何なのかしら」

「コンピュータ演習室で調べてみれば?」

 成美の疑問に、司が反応する。

「ちょっと、勝手にそんなことしたらいけないんじゃない?」

 あたしはフロッピーの中身以上に、これをどうやってあのサングラス男に返そうか、気にしているの。

「サングラスに返すにしたって、何も手がかりないんでしょう?」

「それはそうだけど……朝と同じ場所に立ってれば、探しに来るかも。いざとなったら警察に」

「警察に届けてたら、手続きとかがややこしいわ。それよりフロッピーの中身を調べれば、どこの誰が作ったか分かるかもしれないじゃない」

 成美の言うことにも一理ありそう。でも、結局のところ、中身を知りたいんじゃないかしら。観察力だけでなく好奇心も旺盛な成美のことだもの。

「調べてみるとして……コンピュータの動かし方、分かる?」

 聞き返したら、司も成美も首を横に振った。あたしも授業で習った分はともかく、一から動かすのはちょっと……。誰かに助けを求めるしかない。

「うちのクラスで詳しいのって、誰かいた?」

「女子は無理ね」

 断言する成美。まあ、少なくとも我がクラスに限れば事実。

「男子だったら、やっぱり江山えやま君!」

 おだんごにした髪を揺らして、うれしそうな司。

 その江山君を探すと、教室の中心を隔て、あたし達から離れたところで他の男子達としゃべっていた。

「江山君に頼もっ。ね」

「あのね」

 だしに使うなと言いたくなったけど、学校で調べるんなら、江山君に頼むのが早そうなのは確か。改めて考えてみる。

「ううん、だめよ。せめて今日一日ぐらい、ぶつかった場所で待ってみないと。相手の男の人、礼儀知らずだけれど、それに非礼で返したら同じになっちゃう。直接会って、文句の一つも言いたいし」

「だったら、今日の帰り、問題の場所に行って、相手の男性が姿を見せなかったとして、明日はフロッピーを調べてみる?」

 あたしは成美の提案を受け入れた。

 そして放課後。三人そろって問題の場所――朝、あたしが転ばされたところ――に向かう。ずっと立っていてもおかしく見られないよう、公園の中で待つことにした。ベンチがあるのだが、位置が悪くて問題の場所を見通せないので、ブランコに腰掛ける。公園内には、小学校に上がる前ぐらいの小さな子供が五人、砂場で遊んでいるだけで、あとはあたし達がいるだけ。時間が過ぎていく。

「寒くなってきたよ」

 大げさに震える格好をしながら、司がこぼした。

「一時間かあ。そろそろいいんじゃない、あきらめても」

 公園にある時計と腕時計とを見比べるようにしてから、成美はあたしに言ってきた。時刻は五時十五分。暖かくなりつつあるとはいえ、そこはまだ三月上旬。司が震えるのも分かる。

「ひょっとしたら、午前中の内に来たかもしれないわ。そのときあたしがいなかったから、今またやって来ることもあるかも」

「フロッピーが仮に大事な物だとして、相手は飛鳥が中学生だと分かってるはずでしょう? だったら、学校の方に直接、取りに来てもいいんじゃないの」

「それはそうかもしれないけれど……あと十五分だけ」

 五時半まで待とうというあたしの提案は受け入れられた。しかし、それでもあの若い男の人は現れなかった。どうなっているの?


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