アクセスマジック ~ 記録された魔女っ子の物語 ~

小石原淳

秘密のアクセスマジック

第1話 秘密のアクセスマジック 1

 うちの母は時々、思い出したみたいに変な話を始めるものだから、どう対応していいのか困ってしまう。

 何を言うかって? 四半世紀くらい前に、自分は魔女をやっていたんだってさ。その当時は中学生~高校生だったから、まだ魔女っ子と呼んでも差し支えないわよねと嬉しそうに付け足すことも忘れない。

 中学生はまだしも、高校生で魔女っ子は厳しいんじゃないかしら――私は声には出さず、心の中で指摘する。

 私も小学校低学年の頃までは、信じて聞き入っていた、みたい。朧気な記憶しか残ってないんだけど、年齢で言えばまあ信じ込んでもおかしくない。でも当然、人は成長する。私だって徐々に疑うようになり、中学に入る頃にはもう、はいはいまた始まったと受け流す術を身に付けていた。


 でも、転機が訪れたんだよね。

 中学三年に上がる直前の三月、父の仕事の都合で、家族揃って引っ越すことが決まった。新居として用意されるのは今の住まいとほぼ同じ広さだけど、物置のスペースが若干狭いため、少し荷物を絞り込む必要があると言われた。この際だから、家族総出でいる物といらない物とに仕分けしよう!となり、十何年も覗いていないような衣装箱を引っ張り出したり、手の届きづらい高さにある戸袋を開けてみたりした。

 そんな作業をたまたま私一人でやっているとき、“それ”は出て来た。

 最初、電子レンジとテレビのあいのこみたいに見えて、思わず、「何これ?」と叫び気味に呟いた。電化製品なのは分かるけれども、何に使うのかが分からない。機械本体と一緒に、ぺらっとした頼りない大きな円盤と、それよりは小さいけど頑丈な四角い物体もあって、恐らくこれを本体のスロットに挿入して使うんだろうな、とまでは想像できた。

 気になって、筺体に刻まれている型番らしき英数字とメーカー名を確認し、私は携帯端末で検索した。――なるほど、大昔のパソコンてこんなにかさばる物だったのね。今と違いすぎる。そもそも私、今のパソコンを触ったことだってほとんどないけど、目の前にある古めかしく大ぶりな機械は、より一層扱いにくそうに思えた。

 どう考えても不要品だよねーと思いつつ、最終判断は両親に尋ねるしかない。うっすらと埃を被っているので、軽く掃除しておいてあげようと、はたきを手に取った。

 しかし掃除をする前に、本体の隙間――モニターと本体の間に何かあると気付いた。指先を掛けて、引き出してみると、それは数冊の大学ノート。コンクリートの模様を黒い縁で囲ったような、味も素っ気もない地味な柄で、少し黄色く変色しているようだ。

 手書きの説明書かなと思って、一番手近のノートを開いてみる。違った。鉛筆もしくはシャープペンシルで書かれているのは、明らかに母の文字。母はどちらかというと機械音痴で、説明書を手書きするタイプではない。あ、でも、人から教えられたら書くこともあるかな? 興味を覚えてページをぱらぱらっとめくっていくと、やはり機械の使い方などではなく、物語のようだった。そう、母がたまに話す、魔女っ子の。

(なーんだ、お母さんてば、子供の頃に書いた小説の話をしていたんじゃないの。それをさも、真実っぽく語るなんて人が悪い!)

 と、文句を言いたい気持ち及び苦笑を堪え、私は少し読んでやろうと思った。母にとっていわゆる“黒歴史”なんじゃないかな。普段叱られたとき、母にやり返す材料の一つにでもなれば儲けもの。あるいは笑い話の種でもいい。

 ほんと、軽い気持ちで読み始めた。


 ~ ~ ~


 下駄箱の前で上履きに履きかえていたら、

「おはよっ。と、どしたの、その怪我?」

 と聞かれた。成美なるみったら相変わらず、観察が素早い。

「あ、これ」

 あたしは右手を顔の高さまで持ち上げ、手首の外側にできたすり傷を、自分の方に向けた。もう血は止まったみたい。

「保健室は?」

「大丈夫よ。時間ないし、たいした傷じゃない」

「それならいいけど。で、どうしてそんな怪我を?」

「今日、朝から最悪。せっかく早く目が覚めたと思ったら、弟が熱出して大わらわ、母さんが車で弟を病院に運ぶことになったから、あたしが代わりに朝食作る羽目に。寝ぼけてる兄貴をたたき起こしたり、髪をとくのがうまくいかなかったりで、いらいらし通し。やっと家を出たら、忘れ物に気づいて取りに帰る。それでもまだ時間は余裕あったの。けど気分的に急いでたら、公園抜けたとこの角で出会い頭に人とぶつかって」

「転んだわけ?」

「そ」

 いつまでも下駄箱前にいてもしょうがない。今や予鈴まで五分足らず。あたしと成美、二人して早足で教室へ向かう。急いでいても、口は止めない。

「どじ」

「向こうが悪いんだから。あたしも急いでたけど、あやまりもしないで行ったのよ、あいつは」

「あいつって、向こうは男?」

「言わなかった? 若い男。サングラスしてたけどルックスまあまあ。でも、あやまらないなんてひどいわ。こっちは荷物、ばらまいちゃって困ってたのに」

 階段を昇る。一年生は三階。若い者に運動させようって魂胆かしら。三年生が卒業しちゃって一階は空からなのにねえ。

「まあまあって、どういうルックス?」

「具体的には無理よ。一瞬だったもの。成美みたいに観察力ないし」

 教室に到着。いつものように騒がしい。

「遅ーい!」

 自分の机に着こうとしたら、つかさが近づいてきた。

「何やってたの。早く早く」

「……何だっけ?」

「もう! 昨日、電話したじゃない。古文の宿題、自分が当たるとこだけ分かんないって。写させてくれるって言ったじゃない」

 ぱたぱたと足踏みしている司。こういうのって、地団駄踏むって言うのかしら。無理ない、一時間目がその古文なんだから。

「悪い、ごめん」

 すぐにかばんの中を覗く。転ばされたとき、ばらまいてしまったノートやら教科書やらをあわてて突っ込んだから、ごちゃごちゃしていてどこに何があるのか分かりにくい。

「あった」

 やっと古文のノートを見つけた。はい、と司に渡そうとしたとき、ノートの間から、黒くて四角くて薄っぺらい物が滑り落ちた。

「何?」

 そばにいた成美が、手を伸ばしてそれを拾う。司は宿題を写すのに必死だから、あたしと成美でその物を見つめる形になった。

「フロッピーディスク」

 同時に言った。

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