第12話 アルト・ハイゼン③

「何? 僕が答えられることならいくらでも相談にのるけど」

 

 そう、このセリフもこの笑顔も、ゲームのヒロインが初めてアルトに話しかけた時の受け答えと同じだ。

 思わずポカンと呆けたようになってしまったわたしのことを、アルトが心配そうにのぞき込む。

「ドリスちゃんだよね?」

 慌ててブンブンと大きく首肯して、その手を握った。

「そうです!」

 

 追いかけてきたハンナがわたしを窘めようとするのを、アルトが制した。

「ご心配なく。すぐに戻って来いとは言われていませんから」

 その言葉に感謝しながらアルトを応接室に案内し、ハンナにお茶の用意をしてもらった。


「オスカーによく手紙を書いていたんです」

 ソファの向かい側に座り優雅な所作で紅茶を口に運んでいたアルトがぷはっと笑う。

「知ってるよ。騎士団では有名だったからね」

 

 それは良いほうか悪いほうか、どっちで有名だったんだろうか!?

 

「あの……そのことで。もしかするとオスカーが迷惑そうにしていたり、訓練の邪魔になっていたりしなかったかと思って」

 本当はそんな心配など微塵もしていなかったが、アルトと仲良くなるためには共通の話題であるオスカーのことを持ち出すのが一番だろう。

 

 するとアルトは、さらにおかしそうに笑った。

「全然! むしろ僕は、あんなオスカーの姿を拝めて感謝しているぐらいだよ」


 どういう意味!?


 アルトによれば、騎士団は私的な手紙にも検閲が入るらしい。

 毎日、口元をニヤけさせた検閲官が「今日もラブレターが届きましたよ」と言って、オスカーにわたしの手紙を渡していたようだ。

「ドリスお嬢様は現在、文字の練習中ですゆえ」

 オスカーはそう言いつつも頬を緩ませながら受け取り、手紙を読んでいる最中は周囲にぽわぽわと小さな花が咲いているかのように見えたんだとか。

 

「信じられないよ。堅物でいつも悲壮感を漂わせていたオスカーの周りに花が咲くだなんて!」

 そんなオスカーの様子に、周りも驚いていたらしい。

 

 訓練から戻って来たオスカーは、いつもの仏頂面だったのに?

 

「できれば訓練のたびに手紙を送ってもらえると、僕たち楽しくて助かっちゃうんだけどね」

 アルトが茶目っ気たっぷりにウインクする。

 その時、応接室のドアがノックもないまま乱暴に開かれた。

 

「アルト!」

 大股でズカズカ入って来るオスカーの顔が険しい。

「おまえ帰ったんじゃなかったのか。ここで何をやっている」

 アルトがまだ屋敷に滞在していてわたしとお茶していると聞きつけてやって来たのだろう。

 

「オスカー、ごめんなさい。わたしがアルトお兄様のことを引き留めたの」

 慌てて立ち上がり釈明しようと振った手を、どういうわけか同じく立ち上がったアルトにぎゅっと握られてしまった。

「もう1回言って!」

「え?」

 アルトが期待にあふれた目でこちらを見ている。


「もう1回、僕の名前を呼んで」

「アルトお兄様?」

 首をこてんと傾げながらそう呼ぶと、アルトの顔がパアッと輝き周囲に大輪の花が咲き乱れた。


 無論、これは作戦だ。

 末っ子のアルトを「お兄様」と呼べば、喜ぶにちがいないと。

 チョロいわね、アルト!

 

「嬉しいっ! お兄様なんて呼ばれるの初めてなんだ。いいものだねえ、こんなに愛らしい子にお兄様って呼ばれるのは。オスカーがメロメロになるのも納得……ぐはっ!」

 話の途中で後ろからオスカーに羽交い絞めにされたアルトの手がわたしから離れていく。

 

「ドリスお嬢様、こいつは裏表の激しい危険な男です。近づかないようにしてください」

 オスカーの声がいつもよりも低い。


 ええ、知っていますとも。その男がドリスを陥れたんですもの。

 でもドリスのことを見殺しにするあなたのほうがよっぽど危険な男ですけどねっ!

 

「あのね、わたしの手紙のせいでオスカーに迷惑をかけたんじゃないかって聞いていただけなの!」

 アルトを絞め落とす勢いのオスカーを止めようと大きな声を出した。

 

「手紙?」

 オスカーが羽交い絞めにしていたアルトを後方へ投げるようにして解放し、先ほどアルトに握られていたわたしの左手を両手で包み込む。

 

「それは私とお嬢様の話ですよね。こんなヤツに相談するのではなく、直接聞いてくれたらよかったのに」

「だってオスカーは、いつも仏頂面でよくわからないんだもの」

 しゅんとするわたしの手を、オスカーがぎゅうっと強く握った。

「迷惑だなんて思ったことは一度もありません」


 ちっ、近い!

 オスカーの凛々しい顔がすぐ近くに迫ってきて、心臓が口から飛び出すんじゃないかというほどにバクバク音を立て始める。

 なんという眼福。どうしてこの人はこんなに無駄にキラキラしているんだろうか。


「わかった。じゃあこれからは、直接言いにくいことがあれば手紙を書くようにするわ」

 そう言うと、オスカーはふわりと甘く微笑んで頷いた。

 ふとその後ろに立つアルトを見ると、口元をニマニマさせまくっているではないか。

 

「お悩みが解決したところで、僕はそろそろおいとまするよ」

 絞め落とされそうになったにもかかわらず上機嫌なアルトを、オスカーとともに玄関まで見送る。

 とりあえずこれで、オスカーの好感度もアルトの好感度も上がったにちがいない。アルトに好印象を持ってもらえたのなら、破滅回避へ前進する大きな一歩となっただろう。

 

「ドリスちゃん、僕三男だから伯爵家に婿入りしても何ら問題ないからね! 学校を卒業したらけっこ……ぐはっ!」

 別れ際にまた軽口をたたいてオスカーに羽交い絞めにされるアルトだった。


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