第11話 アルト・ハイゼン②
家庭教師であるマイヤ夫人の緩急を上手く使い分けた指導のもと、わたしはめきめき能力を向上させている。
淑女としての礼儀作法はもちろんのこと、勉強や一般的な教養、護身術まで、彼女の指導は多種多様だ。
文字が一通り書けるようになると、騎士団の訓練に参加中のオスカーへ毎日せっせと手紙を書いて送った。
オスカーは剣術の腕を買われ、有事の際には騎士として召集される「予備役」という立場にいる。
普段はエーレンベルク家の執事の仕事をしているけれど、騎士団の訓練に参加するため定期的に10日ほど伯爵家を空けることがあるのだ。
オスカー宛の手紙内容といえば、とりとめもない日常のことや新しく学んだことを簡単に書き綴る程度の簡単なものだが、文字の練習にはちょうどいい。
生真面目な彼は、毎回スペルミスや言い回しを直して返事をくれた。
『送られてくるたびに字が読みやすくきれいになっているので驚いています。私より上手くなる日もそう遠くないかもしれません』
オスカーの文字は、綺麗でありながら力強い。
ミヒャエルの繊細で几帳面な文字とは違うこの文字に、オスカーらしい若々しさとひたむきさを感じてドキドキするのはどうしてだろう。
いちいちこんなことで絆されてはならないというのに。
ドリス・エーレンベルクを追放する冷徹な男、オスカー・アッヘンバッハを出し抜いて長生きするのが、わたしの目標なのだから。
アルト・ハイゼンが我が家を訪ねてきたのは、オスカーが定期訓練から帰館した数日後のことだった。
アルト・ハイゼンは男爵家の三男坊で、ハルアカにも登場する騎士だ。
年齢はオスカーと同じで貴族学校時代からの友人でもある。
前世風の言い方をすれば、オスカーの「バディ」として共に戦場で活躍する勇猛な騎士なのだが、末っ子らしい人懐っこさと要領の良さを兼ね備えている。
兄がふたりいるため自分が家督を継ぐことはまずないというお気楽さと、周囲に可愛がられながら育ったことによる大らかで天真爛漫な性格。そのくせ戦場に出ればオスカー以上に冷徹で、敵の命を奪うことにためらいがないというギャップ。
ゲーム内では、オスカーとヒロインをくっつけようと尽力してくれる役目もあり、ヒロインとの絡みが多いキャラでもある。
様々な点でオスカーとは正反対なキャラ設定のアルトだ。
だから、アルトのほうがオスカーよりもいい! と、彼を一番の推しにしているプレーヤーもいた。
アルトも攻略対象にしてほしいとか、アルトが主人公のスピンオフを作ってほしいという要望も多かったと記憶している。
二次創作界隈では、アルト×オスカーというBLものを生み出す腐女子がわんさかいたのは余談だ。
ある日、そんなアルトが忘れ物を届けにオスカーを訪ねてきた。
メイドのハンナから「アルト・ハイゼン様がいらっしゃっている」と聞き、用を済ませて帰ろうとしているアルトを廊下で見つけて慌てて呼び止めた。
「あの!」
癖のある栗色の毛に垂れ目がちな群青色の瞳、つるりとした白い肌。人懐っこい笑顔で真っすぐにこちらを見るその様子は間違いなくハルアカのアルト・ハイゼンだ。
プレーヤーが操るヒロインとオスカーのを仲を取り持ってくれるキーマンである彼とはいつか接点を持ちたい……いや、持たなくてはならないと思っていた。
ハルアカのシナリオでは、悪役令嬢ドリスの嘘を暴くシーンでもアルトが登場している。
軽薄な遊び人を装ってドリスに近づき、言葉巧みに誘導して彼女のこれまでの悪だくみや裏社会とのつながりの証拠を集めていくのだ。
そうして集めた証拠や証言をもとに、オスカーに「あの子を追放しろ」と迫る。
つまりこの男はヒロインと同様、ドリスの敵だ。
その場面を記憶しているわたしは、この癖毛のアルトのことを要注意人物として心にとめていた。
こんなに早くアルトに会えるだなんて思ってもみなかったわ。
仲良くなって味方につけておかなきゃ!
「あの……聞きたいことがあるんです!」
呼び止めたものの何を話せばいいかわからず、咄嗟に思いついたのがオスカー宛の手紙のことだった。
「何? 僕が答えられることならいくらでも相談にのるけど」
アルトのその返事に思わず固まってしまう。
嘘!? このセリフは……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます