第4話 雄弁なる大尉

 ピーーーー!!

「ハンター1被弾、撃墜判定」


「こちらHQ、ハンターチームの全機撃墜を確認、状況終了、帰投せよ。」


 ───────


 翌日、

 食堂はもちろん、あらゆる人の集まる場所で、先日行われたという、例の訓練兵9821対正規兵六人、の顛末について、噂がされていた。


 …いや、噂などという穏やかなものではない。

 喧々諤々の討論が行われていた。口論は白熱し乱闘騒ぎも、ちらほら発生している有り様である。


 何しろ、事実と異なるとはいえ、大方の認識では訓練兵の方から喧嘩を吹っ掛けた、ということになっていたのである。

 この結果如何に関わらず、騒動となることは必然であった。


 訓練兵の増長を許すな、公式記録の削除を、果ては、飛ばし屋の排斥を叫ぶものまで現れ始めたのである。


 ……事を大きくする要因もあった。


 模擬戦記録の査定中に分かったことなのだが、正規兵の一人に思想的な問題が見られたというのである。


 例のハンター6の「異星人」発言が発端である。


 交戦中の事とはいえ、公になれば民族間、人種間への問題に発展しかねない、繊細な問題だ。

 今さらではあるが、飛ばし屋の能力を持つものは、その全てがドルイド族である。

 今、ハンター6は幹部会による諮問にかけられている。


 それならば、と……リヒトの行った交戦前の「演説」を問題視する者も現れた。

 あれは思想的に問題はないのか?と。

 もっともこちらは、リヒトへの「注意」という形で既に教官より処罰が下ったあとである。

 そもそも、交戦規定に「舌戦」の禁止など含まれてはいない。

 事実、実戦ともなれば両陣営からの苛烈なプロパガンダ放送や降伏勧告など普通に行われているのである。

 今さら問題にすることでもない。


 だが、そんな理屈では一度根付いた不信感や反感は簡単に消えるものではない。一時間ほど前、一般兵…恐らく地球人であろう数人が、所長室へ抗議に雪崩れ込むという騒ぎさえあった。



 そんな状況の中、中心人物となってしまったリヒトは、自室で早々と荷物を纏め……いつでも退所できる支度を済ませていた。


 ……教官には申し訳なかったが、ここまで騒ぎを大きくしてしまっては、何らかの手だてをしなければならないであろう。

 責任の所在はともかく、混乱を生じさせてしまっていることは事実なのだ。


 記録を取り下げ、兵籍から除名という形にしてもらえれば、一応の火消しになるのではないかと考えたのである。

 リヒト自身の願いがあるとすれば、ウォレス教官に被害が及ばないこと、そして、在籍中に取得した各種ライセンスが取り消しにならないでほしいことくらいであった。


 さて、ウォレス教官のところに、除籍願いに行こうか、そう思っていたときであった。


 ピーン!

 放送のブザーが響く───。


『錬成所内にいる、全兵士諸君、全兵士諸君……。

 私は、錬成所顧問、レイノルズ大尉である。

 異例の事ではあるが、件の騒動についての私の考えを聞いていただきたい。』


 ……!?

 あの大尉か…?


『もはや、説明するべくもないことではあろうが、事の発端は訓練兵と正規兵の、決闘紛いの模擬空戦にあると思われる。』


 これは……。

 どう言うことだろう?

 大尉がわざわざ、現場のいざこざの終息を図るために、このような放送までするのだろうか。

 本人の言うとおり異例の事である。


『諸君らが噂等で認識している状況とは、

 訓練兵による挑発、及び模擬戦の要求、であろう……。

 しかし、…それは事実とは異なっている……!』


 しばし間が空く。

 放送を聞いていた、兵士たちにも動揺が走る。


『事の正しい次第は、私、レイノルズ大尉の命令で、模擬戦が設定され、そして実施された、と言うことである。

 付け加えるなら、訓練兵はこれに、言わば付き合わされただけ、と言うことだ。

 重ねて言うが、…これが事実である……!』


 食堂でも、廊下でも、果ては士官室でさえも、固唾を飲んで放送に聞き入っている。


『だが…、敢えて言うが重要なのは、そこではない。』

 威厳とともに、若干の怒りをも込めたような声色だった。


『……軍とは、戦場とは、実力が全てである。

 如何な理由があろうと、如何な能力を持った相手であろうと、

 戦場に於いて、……6対1で負けるような兵士を、軍は容認しない…!!』


「……」


 ざわついていた兵士たちが静まりかえる。


『成績が、結果が気に入らないのなら、それを覆したまえ。

 の訓練兵の成績は正しく評価されるべきものであり、疑わしい、などという理由で汚すべきではない。』


 成績の事にまで触れるとは……。


『そして、忘れてほしくない、……忘れてはならないのが、私を含む地球人とドルイド族とは同胞であり共に戦う仲間であるということだ。

 個々人は、その内に思想、信条を湛えているものであろう。しかし、我々は、共に未来を歩む友であるということを忘れてはならない……。

 …互いに対する、理解と尊敬の念を常に持っていることを、切に願う。

 この放送を聞いてくれた兵士諸君、以上の事を踏まえ、諸君らの今後の錬成に期待する。』


 しばしの静寂……。

 そして、何処からともなく始まる拍手の渦。


 ──実に、見事な演説であった。

 事態の終息と、燻っていた根深い心情にまでも触れ、一人一人の心に訴えかけるものがあったことであろう。


 そして、事実として、負けた方が下手で弱いのである。

 審査のスコアであろうが、実戦であろうが。

 これは、軍である以上紛れもない事実だ。…そして重要なことだ。

 その事を、兵士たちは再確認したことであろう。


 リヒトは、立ち尽くして考えていた。

 ここまでしてくれたのだ、自分がこのままここを去る、というのは礼に失するかもしれない。

 去るにしても、ひと言挨拶くらいはすべきであろう。


 ピーン!

 放送のブザーが鳴る。

 女性下士官の声で告げられた。


『兵士の呼び出しをする、訓練兵No.9821、No.9821、直ちに指令士官室へ出頭せ………えっ、あ、大尉…!?』

 放送をしていたと思われる女性士官の声が途中で戸惑い驚いた様子で、離れていく。


 ゴンゴンっ!、

 マイクを叩く音──


『……あー、ゴホン…、訓練兵No.9821、…聞いているかな?

 出頭はしなくていい、自室で待機していてもらいたい。』


 レイノルズ大尉の声だ。どうやら放送に割り込んで、用件を伝えたようだ。


 もはや、なにがなんだか…、混乱の極みである。

 だが、上官の命令だ、もちろん逆らうつもりはない。

 ドアの前で、いつでも飛び出せるよう待機しておく。


 程なくして、自室のドアがノックされる。


「訓練兵No.9821」

「はっ!!」


 女性の声だ。

 直ぐに扉を空ける。


 すると、女性下士官を従えてレイノルズ大尉がそこに立っていた。


「大尉!」


 ざっ、と敬礼をする。

 彼も軽く答礼した。


「少し、いいだろうか?」

 大尉が言う。


「はっ、もちろんであります。」

 リヒトは直立不動で応えた。


 大尉はじっと見つめ、

「放送は…、聞いてもらえたかな?」

 そう、問いかけてきた。


「はっ、もちろんであります。

 ……大尉殿のお心、胸に刻みつけているところでありました…。」

 リヒトは、少し控えめに思いを述べた。


 大尉は一つ、ゆっくりと頷いて、

「そうか、……おや?」


 大尉が、ちらりと部屋の様子を窺った。

 ……そして、表情が少し固くなる。


「………出ていく、つもり…だったのかね?」

「…………」

 リヒトは、答えられなかった。


 纏められた少ない荷物を見て、…そしてリヒトの態度で、察したのであろう。

 大尉は目を閉じた。


「欲の無い、というのは美徳かもしれないが…、事実を曲げてまで身を挺す、というのは…、私は好きではない……。」


「……申し訳ありません。」

 リヒトはそう言うしかなかった。


 大尉は、すぅっ、と目を開いた

「……決意が固いのなら、無理に引き留めはしない。君は予備役兵でもあるからね。」


「……」

 少しの沈黙を挟んで、大尉が言葉を続ける。


「だが、君を軍から失うのは多大な損失だ、それは間違いない。……そして、軍人としては、私も容認することはできない……。」


 そこまで言い、ややあってから急に、

 おっと、…と言って、

「……はっはっは、こんな堅苦しい話をするつもりではなかったのだがね。」


 大尉は表情を緩めた。

「……どうだろう?昼食はまだかね?」



 急な申し出だった。


 確かに、まだ昼食は取ってはいない。

 このまま、除籍を願い出るつもりだったのだから。


 女性下士官の案内で、リヒトと大尉は食堂に向かう。

 しかし、いつも使っている一般兵士用ではない。

 入ったことのない、士官用の食堂の方に案内された。

 道行く途中、全ての兵士が、道を空け敬礼してくる。

 やや後ろを並んで歩くリヒトは、階級とはこういうものか、と酷く居心地が悪くなった。

 内側に、言い知れぬ不快感と不調の兆しが現れ始めた。

 リヒトの持つ、あの体質の影響だ。


「こちらです」


 女性下士官に案内され、テラス席に通される。


 一般兵士用よりもずっと狭い、しかし、よく整えられており、椅子やテーブルもあちらよりは格調の高いものが使われているようだ。


 促されるままに席に着く。

「なんでもいいかね?私は、食にはあまりこだわらん。」

 そんなことを言ってくる。


「はっ、お任せいたします。」

 そう答えると、大尉は二言三言、女性下士官に伝え、下がらせた。

 回りにもテーブルがあり、食事や談笑している者たちがいる。

 確認していないが、皆、士官や下士官なのだろう。


 すぐにお茶が運ばれてきた。

 まず、大尉の前に、そして、自分の前にもお茶が注がれる。


「私が訓練兵の頃は、この錬成所は、まだ建設中でね……。」

 大尉は、そう言って話し始めた。


 地球勢力とドルイド族の接触は、友好的に始まり、現在では一部の勢力と共闘関係になっている。

 双方に思惑があっての…この関係が、後世でどう語られることになるのか…、その責任を我々の世代が負っている。結果的には、地球勢力が争いに巻き込んだとも言われかねない状況に、レイノルズも忸怩たる思いであるらしかった。

 まだ、第三勢力との開戦の兆しは見えないが、状況は確実にそちらに向いていくであろう、と言うことだった。


 リヒトは、どうか始まってほしくない、ということを控えめに申し沿えた。


 それを聞いた大尉は、

「…君ほどの腕前でも、戦うのが怖いのかね?」

 そんなことを聞いてくる。


「……先日の模擬戦闘で、改めて思いました。」

 リヒトは、それだけ答えた。


 戦うのが怖いのではない。

 戦いが始まってしまえば、恐怖を忘れ戦闘に突き進んでいこうとする、衝動。

 それこそが恐ろしいのだ。

 穏やかで、争いを好まないドルイド族ではあるが、一度戦闘に突入してしまえば、一人一人が恐怖を知らぬ殺戮機械のようにもなってしまうであろう。そのような潜在的な素養を、彼らは併せ持っているのである。

 それを知っているからこそ人々は、そして、女神の教義は、それを戒め、教えを残したのだ。


「───軍人としては、いささか問題がある発言かもしれんが……」

 そう言って大尉は、一口お茶を含んだ。


「……これが、訓練だけで全て終わってくれればいい、そう思うこともある……」


「大尉殿でも……、そうなのですか?」

 意外に思って、問うてしまった。


「人を殺めたいと思ったことは無い。だが、必要なら、望まれたならそうするまでだよ……。」

 どこか遠くを見るような、虚無感さえ漂わせた眼で、レイノルズは言った。


 この人物の事を未だに量りかねてはいたが、今の言葉には不思議な真実味があった。

 恐らく、嘘偽りない本心なのだろう。


「だから、…研鑽を欠かしたことはない。…現在もね。」

 そう言って、眼下を見る。


 ここ2階のテラス席からは、下に一般兵士用の食堂が見えるのだ。


「彼らも、実力が伴ってくれればいいのだが……」

 ふぅ…、とため息を挟む。

ひがんでばかりで、研鑽が足りない…」

 そう言って、ふふふ、となげやりな笑い方をした。


「……わたしの、能力に起因する疑惑は、尤もだと思います。私が彼らと立場が同じなら、そう思っていたかもしれません。……それに、能力を使っていないと証明する方法も、他にありません。」


「ふむ……。」

 大尉は黙って聞いている。


 そして、リヒトは本心を話す。

「自分でも、何処までが能力なのか、わからない部分もあるのです。」


 大尉は目を細めた。

「便利かと思えば、…そうでないこともあるのだね。」


 そう言うと、大尉は少し視線をはずして思慮に入った。

 しばらく無言で、お互いにお茶を飲んでいた。


 すると、大尉は不意に、ニヤリとした。

 何か、面白いいたずらでも思い付いたような、そんな顔だ。

「……あるじゃないか、簡単な方法が。」


「……!?」

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