第3話 穏やかなる一族、その本能

 6式はまだ離れない、

 ……いや、近づいている……?


 うそだ……!来るな……くるなぁ…っ!




 ─────────────




 短く、祈りを終え、

 リヒトはレバーを少し倒し、推進機を起こす。


 気配が近づいてくる、一機、二機……。

 このまま進めば、谷の上空で交差することになるだろう。

 タイミングを計って、推進機のレバーを倒す、一杯まで。

 音速突破まで15秒…いや、もう少しかかるか……。


 機体の下部には追加の模擬機銃が2門搭載されている。

 内蔵も含めると合計4門、全て光学信号を発射する模擬戦用の機器だ。


 ……この、醜い重りのせいで6式はその俊敏性を損なっているのだ。

 いつもの性能は出ないであろう。

 リヒトは、心の中で6式に詫びた。

 こんなものを取り付けられて、本来の姿と呼ぶなど、

 自分には、到底できそうになかった。


 もうしばらく、我慢してくれ…

 すぐに──終わらせてやるから……!


 唸りを上げる機体に、意思の力を注ぎ込む。


 気配が強まる、敵はこちらを認識していない。

 3、2、1──今

 音速に達する一瞬の手前で、後退角レバーを押す。

 同時に操縦桿を一気に引く。

 ばっと主翼を広げて機体は天を向く。

 向きを変えるとすかさず主翼を閉じて、全力加速。

 渓谷に阻まれた狭い空に、敵機の腹がちらりと見える。

 迷わずリヒトはトリガーを引く。


 かたかたかた…

 模擬弾の残弾カウンターがくるくると回転する。

 模擬機銃の銃口が恐らくは点滅しているのであろう。

 眼前を敵機が通りすぎる。


 ピーーーー!!

『ハンター4被弾、撃墜判定』


 そのままの勢いで渓谷から空に飛び出す。

 景色が一気に広がり、大気の濃密な存在が体を包み込む。

 音速を突破し天に駆け上がろうとするが、

 リヒトは一瞬、逆推進をかけエアブレーキを展開、音速以下に落ちるや否や、主翼を全開にしてくるりと垂直反転。

 すぐに主翼を閉じて猛然と急降下、視線の先にはもう一機の獲物を既に捉えている。


 敵機は、ようやく自分の状況に気づいたようだが、もう遅い。

 背中に狙いを定め…トリガーを引く。


 ピーーーー!!

『ハンター5被弾、撃墜判定』


「……5、6発零れたかな」

 そんなことを思わず呟く。


 事も無げに2機撃墜しながらリヒトは、……心底、不満だった。


 この機銃、いや、銃砲類というのは…全てが気に入らない。

 弾丸は一度撃ち出すと、自分の意思を離れ勝手に飛んでいき被害を撒き散らす。

 零れたかな、と言ったのは、敵機の背中に全て当たらず、5、6発流れ弾になってしまったかな、という意味である。


 ドルイド族=女神の教義は、銃砲の使用も所持も認めていない。流れ弾の悲劇という昔話さえあるくらいだ。

 物体を投射する兵器というのは、その全てが教義に反している。(弓は意見が分かれている)

 そのため、ドルイド族は戦闘では強力な障壁を身に纏い、剣や槍や斧を持って、相手に襲いかかるのだ。

 そのため、他民族からは最新鋭の原始人と呼ばれ畏れられていた。


 機体にはその強力な障壁【I-Tail障壁】が使われている。

 出力さえ間に合えば、銃弾はおろか大砲の弾さえも受け止めることができるものだ。戦闘機に積まれているのは、さほど出力の大きなものではないが、機銃をいくらか受け止めることができるものである。

 そのため、並の攻撃では致命弾とはなりにくい。

 リヒトはその特性を踏まえ、機銃を増設して一掃射で確実に貫けるように用意してきたのである。


 機銃の掃射は最低限、各機銃ほんの数十発で済ませるように、なるべく狙いを絞って弾が流れないようにタイミングを測っている。

 しかし、飛行舟の操縦と違って機銃の掃射は、まだ完全に慣れているとはいえない。どうしても、何発かは「零れて」しまうのだ。


 零れた機銃弾が実弾だったら、悪戯に自然の崖を汚してしまっていただろうし、人の住まう土地ならば危険を撒き散らしていたことだろう。

 リヒトに、一族に対する謝罪の念が浮かぶ。


 そのまま急降下すると再びエアブレーキで速度を殺し主翼を広げ、渓谷の地表すれすれで転舵、再び主翼を、今度は半分程度まで閉じてそのまま渓谷を縫うように、猛然と駆け抜ける。

 気配のする機体の後ろ側へ回り込むように。


 ……開戦時は戦闘衝動をも解放し戦いに望むつもりのリヒトであったのだが、二機対峙してみて、全くの拍子抜けであった。


 ──この連中は、だいぶ弱い。

 連携もいまいち取れていない。

 集中力も最低だ。


 何より、技術が伴っていない。

 正規兵の中でも、中の下か下の上くらいであろう。

 隊長機だけがいくらか並を越えるくらいか、という感じである。

 せっかくの……最新の8式が台無しだ。初等訓練からやり直した方がいいのではないだろうか。


 リヒトは気持ちを冷まして機体から意思の力を、…ほぼ全て抜き取った。

 この相手だったら、制御系の補助だけさせておけば、機体性能だけで充分に戦える。


 そして、あまり知られていないことではあるのだが、飛ばし屋の能力というのは、機体に影響を及ぼすだけではない。

 飛行士同士ならば、その気配を遠距離からでも知覚でき、さらに能力の優れた者はその方向や距離さえも漠然とだが感じとることができるのだ。

 教則上、きちんとセンサーで敵機の位置と方角を確認してはいるが、いざ戦闘が始まれば…その強まる敵の殺気で、大体判別できてしまうのである。

 さらに、リヒトはこの能力が飛び抜けて高いのだ。

 件の、人間への拒絶反応の強さは、この鋭敏すぎる能力の反動なのではないかというのが、診断にあたった有識者の考えでもある。


 ……この件に関して、詳しくは…リヒトは他人に話したことはない。

 唯一、ウォレス教官には話してあるのだが、教官自身も他人には話すな、と厳命している。


 自身も感じていることだが、公に知られてしまったら、きっと自由は無くなってしまうだろう。

 専門の機関へ収容され、戦争の道具にされてしまう可能性は容易に想像できた。

 教官も、それを危惧して模擬戦闘訓練の結果の扱いには細心の注意を払っていた。


 当初、この模擬戦もその部分については危惧していたのだが、これだけ実力差があれば能力云々以前に負ける方が難しいだろう。

 恐らくだがウォレス教官は、相手の正規兵の事をある程度知っていたのではないだろうか。

 ずいぶんあっさりしたものだと思っていたのだが……。


 そうこうしているうちに、敵機の背後まで来ていた。

 そろそろ相手の反応があってもいい筈だが……上空の監視役は、一体何をやっているのだろう。


 もはや使うまでもないが、神経を集中して前方の敵機三機を探る。……間違いなくこちらに気づいていない。

 主翼を一杯に絞る。地表すれすれを飛んで、敵の後方警戒レーダーから身を隠す。推進機レバーはずっと倒したままだ。

 あまりのあっけなさに、逆に心配になってしまうが、ふわりと軌道を変えた一機に狙いを定め、近距離まで接近したところで操縦桿を引き照準を合わせる。

 恐らく、上空の監視役と前方の機体の後方警戒レーダーが感知したのは同時くらいだろう。

 そのまま構わずトリガーを引き、銃撃を済ませる。


 ピーーーー!!

『ハンター3被弾、撃墜判定』


 そうか、お前はハンター3というのか。……ということを、ふと考えながら残りの二機のそばを掠めるように飛ぶ。

 折よく、音速突破とほぼ同時だったので、衝撃波が発生して敵を揺さぶるのに役立ってくれたであろう。


 ここで初めて推進機レバーを戻す。

 余計なものを積んでいるため、減速すると速度回復に時間がかかると思い押しっぱなしにしていたのだが、さすがに反転急旋回の場合は戻さざるを得ない。


 充分減速したのを確認し、主翼を開いて反転する。

 反転が終わるとすぐに主翼を閉じて推進機レバーを一杯まで押す。

 あわてて二機が散開したようだが、もう遅い。

 上空側に逃げた一機に狙いを定め、接近してトリガーを引く。


 もはや単純な作業と化していた。


 ピーーーー!!

『ハンター2被弾、撃墜判定』

 2……、副隊長機かな?存在感薄いな…。

 などと考えながら、残った一機の挙動を窺う。


 ピピッ

 その時、後部警戒レーダーが警告を出す。


 ん…?もう一機は上空にいたはずだが…

 もしかして降りてきたのだろうか?

 すっ、と操縦桿を動かし、渓谷の隙間に逃げ込む。

 レーダーを見ると、一瞬だが先ほどの機のほかにもう一機、機影が映った。

 渓谷に阻まれセンサーが効果を無くす。

 だが気配は依然追ってくる。


 首を回して肉眼で確認すると、確かに一機追ってきている。

 副隊長機をやられて、仲間のかたきを取りに来たのだろうか。

 意外と仲間思いのところもあるもんだ、隊長機とは大違いだな、……と思いながら渓谷に沿って旋回していく。


 しかし、追ってきている機の速度と角度がおかしい。

 あまりに急激に突っ込みすぎている。音速に近いのではないか?

 谷の中を音速で飛ぶのは、あまりおすすめしないのだがなぁ…。


 いや、……明らかにオーバースピードだ。


 進路もあれではまずい………!

 崖に激突するぞ!


 慌てて操縦桿の裏にあるボタンを押し、機体後部の発光信号を点滅させる。

 【接触注意!!】


 背筋に緊張が走る…!


 その時、敵機が、がくん!と減速、挙動が…がくがくとおかしくなり、そのままふわりと上空に浮かんでいった。


 ピーーーー!!

『ハンター6、安全制御の介入を確認、墜落判定』


 ふぅ、……どうやら機体側の安全装置が作動したようだ。

 さすが最新機、安全性は抜群だな、と感心する。

 その時、崖の反対側に、太陽の位置関係でちらりと飛行舟の影が映った。

 残るは隊長機、恐らくそいつだろう。


 しかし、……敵に心配かけるんじゃないよ、全く……。

 会ったこともない、彼らの教官の気苦労を思い、気分が重くなる。


 そして、隊長機……、

 こいつはダメだ、隊長失格だ。


 推進機レバーを半分ほど戻し、主翼を広げ急激にピッチアップさせる、高度を変えないまま。

 進行方向に対して機体を垂直に変化させる。

 機体の底面に空気をぶつけ急激に減速、そのままふわりと水平飛行に移行しゆっくりと崖の陰をへばりつくように進んでいく。


 敵の隊長機は、先ほどの僚機が墜落するのをその隙に渓谷の先に回り込み、こちらの頭を押さえに来たのだ。

 緩やかに曲がった渓谷を抜け、景色が広がる。

 ……大体こちらの予測した位置に敵機がいた。

 先ほどまでの速度と進路なら、こちらがあの辺に頭を出すと予測しての事だろう。


 その読みは正しい。

 その程度の予測はつく奴なのだ──。


 その上でこいつは、僚機をフォローもせずに見捨てて、あまつさえそれを餌にまでしようとした。


 状況判断もできていない。

 本来これだけ実力差があるなら、撤退して情報を自軍に届けるのも立派な役目だ。そのための、状況終了の条件設定だったのだが……覚えていないのだろうか。

 その上こいつはまだ、こちらを落とせると踏んで行動している。


 リヒトは、推進機レバーを倒し一気に加速する。


 敵機もこちらに気づいたようだ、流石に逃げられるか……。

 8式相手に上昇力勝負では分が悪い。


 と思ったが、

 ……いや、その進路は無いだろう。

 この男、遂に戦域規定まで忘れたのだろうか。


 ──この戦域は、中央は高いが周囲に行くごとに高度制限が厳しくなる、……ちょうど、三角の屋根をかぶせたような空域設定なのだ。このような高度制限設定をしておかないと、地形を生かした訓練のはずが、意図を理解せず高空戦闘を始めてしまう愚か者がいるからだ──。


 規定高度ギリギリの進路で全力で逃げれば、逃げおおせるチャンスもあったのだが……


 ──ゲームセットだ。


 上昇率を高く取りすぎて、早々に戦域規定の制限高度に達してしまったのだろう。

 気が変わったように下降に転ずる。


 そして、6式と進路が交差する。


 ケツに着かれた8式は、狂ったようにバタバタと補助翼を動かす。

 ロールしてみたり上昇下降を繰り返したり。

 見苦しいことこの上ない。


 まあ実際なら死刑宣告を受けた状態なのだからそれも仕方ないかもしれない。

 確かにこう動かれては、機銃の弾があちこちにばら蒔かれてしまう。


 もう少し接近せねば。


 近くに来たことで意識しなくても相手の意識が何処に向いているか、どの方向に動くかが掴める。


 よーし、もう少し接近してやろう。

 一粒もこぼさないように。


 ぴったりと相手の後ろに張り付く。

 じりじりと接近する。

 相手の恐怖まで伝わって来る。


 ……諦めろ、貴様は私の大恩ある教官を侮辱したのだ。

 その報いは受けてもらおう。


 今まさに敵機の距離が3メートルもないような目の前にある。


 ……やはり機銃は嫌いだ。

 これだけ近くに来ないと弾が散らかってしまうのだから。

 自分が装備を設計するなら、飛行舟に腕をつけて投網を持たせるであろう。


 相手のケツに銃を押し付ける。


 そしてリヒトは少し長めにトリガーを引いた。

 からからからからと、残弾カウンターが回転する。

 たっぷり、7、8機は落とせるだけの機銃弾を浴びせて、模擬戦は終了となった。


 ピーーーー!!

『ハンター1被弾、撃墜判定』


『こちらHQ、ハンターチームの全滅を確認。状況終了、帰投せよ。』

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