散策Ⅲ
「待たせたな。とりあえず、この後どうする?」
「そうね。旅館での食事は朝と夕の二食。昼は自分たちで食べるところを探さないといけないわね」
以外にも芽衣から返って来たのは非難の言葉ではなく、現実的な回答だった。ほっとした久陽だが、そのまま会話に置いて行かれて文句を言われないように頭をフル稼働させる。
「善輝の方はどうするつもりなんだろう?」
「お兄ちゃんなら、家で自分でご飯食べてくるつもりだって、昨日言ってたから大丈夫だと思います。いつも、練習の後は大きなおにぎりと冷蔵庫の中にあるもので適当にオカズ作って食べてるので」
「あいつ、料理も自分でやるようになったのか。一人暮らししても大丈夫だな」
大学も実家から通っている久陽は、あまり家事をしたことがない。やったとしても必要最小限だ。その点、朱理の話を聞く限りでは、善輝は自分自身のことは積極的にやっているらしく。炊事以外にもユニフォームの洗濯も自分で行っているという。
「ま、あんたと違って、生活面はしっかり者ってことね」
「おいおい、俺の一体何を知ってるんだよ」
その言葉を待っていましたと言わんばかりに芽衣の目が細く、口の端が僅かに持ち上がる。その薄い笑みに久陽は何かが背中を駆け上って来るのを感じた。
「あら、あなたのお母様と時々連絡とってること知らないの?」
「ちょ、いつの間に連絡先交換したんだ!?」
「さあね? それより、昼食の時間になって混みあう前にお店に向かいましょう? あまり値段が高い所には行けないけれど、せっかくここまで来たんだもの。ここでしか食べられないものとか、少しは口にしておきたいかな」
母親の口から芽衣に一体どんな情報が渡ってしまっているのか気が気ではない久陽。芽衣の言葉はもはや耳に入っておらず、冷房の利いた空間だというのに背中を冷や汗が伝うのがわかった。
その様子を見てムクがニヤリと笑う。
「……何だよ。――――って、しまった、一般人がいるところでは会話しない約束だったな」
何もいない空間に話しかけていたら、それこそ怪しい人に思われる。昨今は変な行動をとると動画投稿サイトに晒されるということで問題になっているのだ。
思わず口を押える久陽をムクは馬鹿にするように鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
「とりあえず、前に連れて行ってもらった『おさる』はどうだ?」
「あぁ、あのおいしい海鮮系の定食屋さんね。最後に行ったのは随分前だけど、すごく美味しかったのを覚えてるわ」
おさるは創業五十年ほどの店で何度か連れて行ってもらったことがある店だ。それなりの価格でおいしい海鮮が食べられるので、観光客にも人気を博している。
「じゃあ、少し急いでいかないといけないかもしれません。あのお店、人気だから開店前に結構人が並ぶんですよ」
「そうだな。この前もテレビで紹介されてたときに凄い人が並んでたのを見たよ。この炎天下の中ずっと並ぶのは勘弁したいな」
「とりあえず行きながら開店時間を調べましょう。数組遅れで外で待つ時間を増やすのなんて耐えられないし」
芽衣の一声で三人の行先は決まった。後は道案内は朱理が行い、開店時間は久陽が調べるだけだ。芽衣は朱理と話をしながら暑い外へと一歩を踏み出した。
太陽の日差しでアスファルトに暖められた空気が歪み、遠くの地面が濡れているように見える。近づけばその水が逃げるように向こうへと移動する。駅に着いた時よりも気温が上がり、それに加えて風があまり吹かなくなったせいで更に暑さを感じてしまう。
「くよ――――あんた、開店時間わかった? 後ついでに値段も調べてくれる? 流石に高いと朱理ちゃんが可哀そうだし」
「あぁ、開店は十一時半からで余裕はある。値段は定食系が千五百円前後。いくら丼とかでも千四百円だな」
「うーん。朱理ちゃんのお財布にダメージがデカいわね。ここはファミレスとかにした方が良かったかしら」
思い悩む芽衣だったが、久陽は何を言ってるんだ、とばかりに携帯をしまって顔を上げた。
「それくらい、俺が出すぞ。あまり気にするな」
「え、久陽さん。流石に悪いですよ」
「子供は気にするなって。アルバイトで稼いだ金を使ってなかったから、今日使おうと思って持って来てるんだ。あまり多くはないが、金って言うのはこういう時に使うもんだろ?」
久陽は何気なく言い放った言葉だが、芽衣の方はというと口をパクパクさせて衝撃を受けた顔をしていた。その姿があまりにも不思議だったのか、フウタは芽衣の前を行ったり来たりしながら観察している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます