散策Ⅳ
一方のムクは流石に主が心配になったのか、我に帰れと言わんばかりにふくらはぎを片足で何度も叩く。
やっとこちらの世界に戻ってきた芽衣は、ようやく口から人の言葉を漏らした。
「あんた。お金を使うってこと知ってたの!?」
「おいマテ、どういうことだ」
あまりの言い草に久陽は思わず芽衣の頭にチョップを食らわせる。普通ならムクの唸り声が飛んでくるところだが、彼からのお咎めは一切ない。むしろ、珍しく意気投合し、早く先を話させろとお座りの状態で久陽の横に並ぶ。
「だ、だって、あんたが自分の金を使う時って、食べるか移動するかしかないでしょう? 私てっきり守銭奴か何かかと思ってた」
「おうおう、それも俺の母さんから聞き出した情報か? うん? あ、朱理ちゃん。こいつのことは放っといて進んでいいよ」
「あ、はい」
あまりに突拍子もない勘違いに、思わず苦笑いしながらも久陽はどこか芽衣が勘違いしたことに納得していた。
芽衣の言う通り、久陽はあまり金を使わない。お年玉をもらった時であっても、感謝の言葉を告げた後は、常に親へとそのまま渡していた。端的に言えば全額貯金である。
その姿を美香に見られた時は、今までにないくらいの笑顔で誉め言葉を送られたことを久陽は今でも覚えている。
正直に話してしまえば、久陽は必要最低限の金があればいい。或いは、金の使い方を知らないと言っても過言ではない。だから見る人が見れば守銭奴という考えに至るのも仕方がないことだと思っていた。
国道を歩きながら右手に見える海沿いの歩道を見て芽衣に説明する。
「俺は別にブランドものの服とかに興味もないし、ゲームも一年に二回買えば十分楽しめる。最近はアプリで無料のゲームもし放題だしな。だから金を使いたくないんじゃなくて、使う場面がないだけだ。あぁ、でも高校時代はゲームセンターによく行ってたから、そういう意味では金遣いは荒かったぞ」
少なくとも芽衣が通う高校の男子たちとは違うのは確かだ。
ゲームセンターという単語が出てきたことに少しばかり安堵したが、それでも目の前にいる男はたった一つのこと以外に興味を持たない人間だということを知っている。
「因みに、アルバイトって何してたの?」
朱理が服の胸の辺りを掴んで扇ぐ。
まだ旅館から出て五分も経っていないというのに、既に体の中から熱が温泉のように湧き出てくる。扇ぎたくなるのも無理はない。既に頬を幾筋もの汗が伝い、服に染みを作り始めていた。
少しばかり目のやり場に困りながらも久陽は何気なくその質問に答える。
「あぁ、今回と同じだ。家庭教師だよ。お世話になった先輩の妹が高校受験だから勉強を教えて欲しいってね。本来の家庭教師の値段よりも安く引き受けたけど、それでも貰った金額は俺には多かったからな――――ってどうした?」
「ちょっと、その話詳しく聞かせてもらっていいかしら?」
芽衣が久陽のすぐ側まで近寄る。
芽衣は容姿もいいし、八割以上の人が美人な部類だと言ってくれるだろう。胸は少し年齢に見合っていない気もするが、それは個人の好みだからとやかくは言うまい。
こんなに近くにまで傍から見ていい女が近付いているというのに、それでも恐怖という感情が芽生える。それ即ち、久陽がどれだけ芽衣を苦手にしているかがわかる。
そんな久陽だったが今回の久陽は一味違う。最初に出会った時は尻込みをしてしまったが、この数十分で芽衣を相手にすることに対して、やっと腹を括ることができた。
「(今回は俺が教える側なんだ。何を尻込みをすることがある。それにその件に関して文句を言われる筋合いはない。しっかりと先輩の妹は合格させたからな)」
今までは犬神を使えないことに引け目を感じていた部分があるのも事実。それを受け止めた上で、久陽は一歩引きそうになる心を抑え込むことに成功し、少しだけ胸を張って堂々と経緯を話した。
その話が終わる頃には、芽衣から感じていた威圧感はなくなっていた。むしろ、今後の勉強に安心して取り組めそうだと喜んでいる。
気付けば目的の海鮮料理屋『おさる』に辿り着いていた。既に何組か客が並んでいたが、人数的に開店と同時に中に入れそうで三人とも胸を撫で下ろす。
芽衣が嬉しそうに最後尾に駆け寄って行く傍ら、久陽は何故こんなにも芽衣の機嫌がよくなっているかが理解できていなかった。
「まだまだ先は長そうだなぁ」
朱理が呟くが久陽には、その言葉も何のことかわからなかった。
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