夏休みの一仕事Ⅵ
犬神。憑神の一種で、憑りついた相手を強力な呪詛で殺すとされている。
その儀式も実に陰惨極まりなく、首から下を地面に埋めて餓死寸前まで追いやった上で、目の前に食料を置き、首を刎ねるというものだ。あまりの空腹に首は食べ物まで飛び、齧りつくという。
そうやって得た犬の首を呪物として扱うが、当然、犬神の恨みは激しいものであるため、術者は正しく扱わないと自身がその呪いを受けて死に至ることもある。
世間では憑きもの筋などとも呼ばれ忌避される傾向にあるが、その理由はさもあらんというところだ。
では、久陽たちがそのようなことに手を染めているかと言えば答えはノーである。どちらかと言えば、久陽たちが扱う犬神は陰陽道の式神に近い。自らのイメージを具現化させたり、何らかの神を調伏し従えるたりするのだが、主に犬神は後者だ。
また、神というと仰々しいが、霊であればそれもまた神。生きている間から絆を深め、信頼し合える関係を作り、寿命が尽きた時は守護霊的な存在として、その家系の者へと仕えてもらう。それが犬塚、犬養、乾家に伝わるやり方だ。
もちろん、例外は幾つかある。例えば、芽衣の場合はやろうと思えば、そこらにいる犬の浮遊霊を力づくで自分の犬神に一時的に仕立て上げることもできる。
朱理の兄である善輝は具現化系の犬神で、自身の影から犬神を作り上げるというレアなタイプ。そして、朱理は逆に物心つく前から一緒にいた犬が、そのまま犬神として憑いているオーソドックスなタイプになる。
「ま、そのうち何とかなるとは思ってるんだけどな。それに最悪、犬神が使えなくても困らないだろ?」
その点、久陽は三人に比べ落ちこぼれだった。小さい頃は誰にも見えない犬の霊も見ることができ、親戚の年配者たちから天才だ、神童だと囃し立てられていたこともある。
だが、見えてはいても誰一人、いや、誰一匹として従ってはくれなかった。
最初は焦りや悔しさに涙したこともあったが、ここまで来ると開き直って生きるのが正解だと思えてくる。
「呆れた。それはあんたの立場であって、家の立場からしたら困るのよね。一応、こういう技術っていうのは後世に伝えていくのも大切なの。何かあった時の為に、ね」
「何かあったら、こいつらを使って誰かを呪い殺すなんて俺はしたくないけどな」
「別に殺す必要はないでしょ。ちょっと忍び込んで、表に出たら不味いものを取って来てもらうとか。平和な使い方はいくらでもあるのよ」
芽衣は腕を組んで、何かおかしなことでもあるのかと言いた気だ。その姿を見て、久陽は割と本気のトーンで言葉を返す。
「お前、相当危ないこと言ってるけど、正気か?」
「たとえ話よ、たとえ話。私はそういうことやるつもりはないけど、本当に必要なら戸惑わないくらいの覚悟はあるわよ。この子を犬神にするって決めた時からね」
久陽はチラリと芽衣を視界の端に捉えるが、芽衣は目を逸らさずに見つめてきていた。久陽としては、こういう変にまっすぐなところも芽衣が苦手な理由の一つだったりする。
「俺は悪いけど、そこまでの気持ちはない。できることなら、見えるのは家の関係者の犬神だけで結構だ」
「でも、そんなこと言って、見えてる犬の霊はいつも助けてるんですよね。そこが久陽さんの良いところだと思いますけど」
朱理の言葉に久陽は動揺する。もしや新幹線のホームでの出来事を見られていたのか、と。
あの時、新幹線のドアが開いた先には、霊になっても水を求めている犬の霊がいた。しかも、その場から動くことのできない地縛霊タイプ。犬種は確か、ポメラニアンとかいう名前だった気がする。
そいつを踏むわけにもいかないし、苦しんでいるのを知りながら放っておくこともできなかった。結果、大股で新幹線を降りながら犬を跨ぎ、誰もいなくなったのを見計らってペットボトルの水をその犬の霊にかけてやることに繋がった。
傍から見れば、駅のホームで急に水をばら撒くちょっとヤバそうな奴に見えていたに違いない。
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