第18話 優麻先輩による分かりやすい説明
「いいわ、辰流。彼女の言うことは確かよ」
コウガに説明されても納得できなかったが、優麻からそう宣言されてしまうと、受け入れざるを得ない。辰流の脳裏には今になって屋上での一シーンが鮮明に浮かんでいた。コウガの両刃の太刀の突きを片手で制した気迫としか言えない雰囲気。髪の色も着色料やその塗布過程を経ずに瞬時に変化していた。
「ん? 髪の色が変わったのも、その天女何某だからと……?」
屋上のことを思い出しつつ、恐る恐る尋ねる。外れていたら赤っ恥だ。
「そうよ。興奮すると変わるみたい」
興奮。言えば簡単だが、「~して興奮すると」みたいな条件があるだろう。部活中に生き生きと作業している優麻を見ている分、それを興奮と呼んでもいいだろう。また、体育や体育祭の時に変色はしていなかったから、スポーツ的興奮はそれに当てはまらないだろう。ましてや、男子高校生が直結的想像しそうな性的興奮をあの場でしているなどありえはしない。となれば、戦闘やら闘志やらがその条件に付きそうなのは、それこそ簡単に想像できる。
しかし、一点気になることが浮かぶ。その条件を優麻が知っているとすれば、これまでに戦闘状態になったことがあるということだ。とはいえ、それは対人ということはないだろう。なにせ、優麻と他の人との間には往来しない距離がある。そこに踏み入る存在と一悶着があったということになる。
――それは誰?
辰流の疑問はもっともだが、現在は別の状況説明が進展する。
「天女は地上へと任務で降下した。そして天からの命があれば戻る。至極当然のことだ。それにだ。天から一人――この数詞は正確さに欠けるがこの方が話しやすいからこのまま通すが――地上に行くということは、天の要素を一つ欠いていることを意味する。だから天に戻るということは、天がその力を完全に地上に伝えることができるようになるということであり、地上での活動よりもその方が良いと判断した。ちょうど良い頃合いだという訳だ」
言葉まで流麗なのかと皮肉の一つでも言おうかと思った時、
「そういや羽衣が何とかって……天女だから……?」
想起なのか確認なのかどちらにもつかない言い方が、優麻にもコウガにも向けられずテーブルの上空に漂った。
「羽衣伝承。地上に降りてきた天女一団。そのうちの一人が木の枝に羽衣をかけて置いたら、男に奪われ、天界に帰れなくなった。男の言うままに嫁になりそのまま地上で生を尽きた。あるいはふとしたきっかけで羽衣を取り返し、天界に帰った。男ではなく老人の場合もある。そんなお話が日本全国津々浦々各地に残る伝承」
優麻による昔話の簡素な紹介。絵本でも読んだことがある内容。辰流も知っている。
今に至り、それが実話だったと聞かされただけではなく、その張本人の末裔が現前にいると告知されたのである。絵本の伝承と女古優麻との関連性に現実離れして感じられた。
それでも、生真面目だと思われるコウガと、何はさておき女古優麻本人がそれを物語るに足る証拠になりうる現象を屋上でも見せていたのだ。
とはいえ、なかなかに心中は容易に収まらない。
「ただ、ここからが物語とは違うところ。天女が地上にやってきて休憩し、枝にかけておいて、羽衣が人間に取られ、帰れなくなったと言われている。その『枝にかける』とか『取られる』とかいったことすべてが始めから意図されて仕組まれていたことなの。天女『一団』でさえ羽衣によって造形されコピーされ、複数人いるように見せていたのよ」
「は?」
辰流は何か恐ろしいことを聞いてしまった気がした。単なる疑問や聞き直しではない、小さな身震いが起きていた。
「地上に残るための方便、あるいは口実といったところね。それが科せられた任務だったみたい」
「何かそうまで聞くと、作為というより悪意さえ感じますね」
「え?」
聞き直しでも反感でもない優麻の反応だったが、辰流は慌てて自分の言ったことを訂正するしかなかった。なぜなら、優麻の一言が、ふいに口をついた自分の「悪意」という言葉に対する非難というか、不愉快さを示しているのではないかと思ったからである。その上で、話しを進めるしかない。
「でも、屋上でなくしたとか言ってませんでした?」
「ええ、なくしたわよ」
「だから、それは探していただく。必ずあるはずです。私が命ぜられた日にちはまだあります。なんなら私も協力しますので、絶対に見つけ出していただきたい」
それまで抑えていたコウガの声が強くなった。しかし、それが、その声が辰流に一つの疑念を生む心の余裕を持たせた。
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