第16話 謎い女子の名はコウガ

 よもやコーヒーをネタにして保たれていた沈黙を破ろうという優麻の策略ではなかろうとかと辰流は思ったが、あえてそれに触れないことにした。事情を知りたいというのが優先されたからである。

「では、私から話した方がいいだろうな」

 二杯目に恐る恐る口をつけ、苦みが抑えられている分、どうやら気に入ったようなほっとした表情を一瞬浮かべたコスプレ女子が軽く咳をする素振りだけを見せて、

「私はコウガと言う」

 一言。辰流は数秒待ってみたが、

「他は?」

 我慢しきれずに問うてしまった。

「他とは?」

「名前だけじゃなく、何者だとか。どうせ優麻先輩と知り合いっぽい話は後から来るんだろうから、俺らはあんたがどういう人間なのか知らんわけだし」

「そうか。八丘辰流、まずは訂正をしてもらいたい。私は人ではない」

 その発話のまま、視線も真剣なままでそれを主張していた。言われるまでもない。髪の中からドでかい剣を出して、空を滑走する人間がいてたまるものかという辰流の心象は察してもらえていない。

「それは見た感じの風貌で言っただけで、だから、何者かを言ってくれればだな」

「なるほど。そういう意図での発言という訳だな」

 辰流は合点が行った。このコスプレ女子は道下と同じフォルダに納めなければならない。生真面目のカテゴリーに分類して。

「私は……そうだな、八丘辰流のような人間にもわかるような単語で説明するとしたら……」

 コス女子は顎を親指と人差し指で挟んで、名探偵が犯人のトリックを暴くために熟慮している時のように思案気になった後、

「私は天から来た者だ」

 と告げた。その目から辰流をごまかし、欺こうとか、虚飾で塗り固めた話に持って行こうといったような色はなく、どこまでも辰流にわかるように説明しようという真摯さが浮かんでいた。だから、

「……あ、そう。天ね……」

 嘲笑を交えて「うっそだあ」とかで返すわけにはいかず、その一語を反復するのみだった。

「私はそこで……現代日本で言うと……」

 またしても犯人捜し中のしぐさである。

「気象庁と法務省が統合したような役所である理法省で監察官をしていた」

 わかり易くて辰流は助かる。簡単に言えば役人をしていたわけだ。それにしても、

「天の人とかっていうイメージからは随分離れてというか、対極な格好だな」

 天の役人と言うのはドレスコードが緩いのだろうか。流行トレンドの若者でさえそんな肌色成分過多ではいないだろと辰流は思いながら、コウガと名乗る天からのコスプレイヤーをもう一度見つめた。絵本やら古来の図象では天の人と言えば、すっかり和装な姿のはずなのだが。

 コウガは扇子を取り出して仰ぎ始めた。普通にも使えるようだ。単に物騒なものではないらしい。

「地上はまだ暑いからな。涼が取れるようにと思ってな」

 どこか安堵する解答であった。天の人にとって涼を取るのがこの格好というのは、いささか人間界の情報収集が甘いのではなかろうか。こんな格好で下界に来ているとすれば、目立って諜報活動一つもできないだろうとまで思ったところで、辰流はそんな他人の世話を焼いている暇ではない。

きょとんとしているままのかやが何とも安心させてくれる。そのおかげか、

「ん? そうすっとだな、かや」

 疑問が浮かんだようで、辰流がかやを呼び掛けると、かやはさも不思議そうに

「ダ~ニぃ? ダッヂャヴ」

 氷を咀嚼していた。

「お前が『戦っちゃだめ』って言ったのってのは、こいつがどこそこの者だとわかってたってことか?」

「うん、そうだよぉ。地上の人じゃないってぇ、すぐわかったぁ」

 事も無げに答える。氷は喉元を過ぎたらしい。

「どうやって?」

「う~ん、匂いかなぁ」

「またそれか。どんな嗅覚してんだよ」

 明快な解答とはいかなかったが、それよりも

「その天のお役人さんは、優麻先輩に何用なわけ?」

 訊かなければならないことがある。

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