第15話 女古優麻宅にて

 辰流は、今しがた優麻から差し出されたアイスコーヒーを一口啜った。市販のストローのはず。けれども、特注で長くしたのかと思うほど、喉に届くまで時間がかかったように感じた。

 テーブルを四方囲った座り位置では居心地がしっくりこないのが、目の前の飲料への逃避になったのである。

 校舎四階からのダイブ、コスプレ女子との剣劇、かや牽引の飛行、そして先輩・女古優麻VSコスプレ女子の緊迫した攻防。平常心でいられないような事態が立て続けに起こって催されていた興奮は、緩やかなカーブを描いて下降して行った。

 一悶着の経緯の話しのはずなのに、女古宅のリビングにいる現在、事情を知っていると思われる二人はだんまりを決め込んでいた。ただ、一人かやだけがしきりに「タッチャン、あれ何ぃ?」と、リビング内の諸々のグッズについて、子供のような好奇心で辰流に指さし確認を繰り返していた。人の家に来て詮索しないよう注意しつつも、それとなく説明する辰流の姿は、かやが呼ばなくてもパパのポジションがしっくりくる。その喉の火照りも冷ますためにもストローに口をつけたのである。

 カラン、と誰かのグラスの氷がシグナルをくれた。

夏祭りの金魚すくいでどれにしようの視線をグラスに注いでいたかやが、辰流のまねをする。

「むんむん。目がぐーんてなるぅ」

 顔のあらゆるパーツを中央に集めるような表情をしていた。随分苦く感じたのだろう。

「それなら」

 と、優麻は牛乳とガムシロップをかやの前に差し出した。

「これ入れると甘くなるから」

 辰流がグラスに注ぐ仕草を見て、牛乳とガムシロップ三個を入れかき回した。黒色のグラスがほぐれた色合いに変わる。

「これなら飲めるぅ」

 実にいい顔をしてアイスコーヒーを喉に通す。

「おかわりぃ」

 ストローからえらい吸引力でグラスを空け、優麻に渡した。ダイニングキッチンから二杯目を準備して、かやに返すと、またしても牛乳とがガムシロップをふんだんに入れた。もちろん、辰流は胃腸関係の心配のために、ゆっくり飲むよう、かやに促した。

 それまで口を真一文字に結んでいたコスプレ女子は静かにグラスを目線まで上げると、フラスコ内に沈殿物が無いかを点検するような目つきをした後、いきおいよくグラスをかっくらった。ストローがテーブルの上にあるというのに。

「んッ!」

 コスプレ女子の反応は迅速だった。腹直筋にピクリと力がこもった。グラスをテーブルに置き、顔は床を向いたまま肩を震わせていた。半分を一気に飲み干していた。

「おい……」

 敵位置にいるとはいえ、その様子に辰流が声をかけようとすると、ゆっくりと上体を起こした。顔がえらくこわばりたいのを必死にこらえている表情だった。

「あなたも牛乳とガムシロ入れる?」

 優麻からの提案に、コスプレ女子は二杯目を半分まで飲んで氷をかじっているかやを数秒見つめた後、

「いや、結構です。私はこのままいただく」

 覚悟を決めたのか、残りの半分も一気に飲み干した。顔がすごいことになっていたが、辰流は言うまい。逆ギレした分が過剰に襲い掛かってこられるのも困りものだからである。

 そのコスプレ女子の前に二杯目が置かれた。ダイニングキッチンから運ばれて来たのは、コーヒー牛乳と呼ぶにふさわしい色彩と甘い香りのする代物となっていた。

「では、場がほぐれたところで話しましょうか」

 優麻が閑話休題を告げた。

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