第14話 頼りになる先輩と謎い女子との緊迫の状況

 けれど、次の瞬間、コスプレ女子に向き直した優麻は、その声を辰流が寒くなる色に変えた。

「手を出すなと言ったはずよ」

 その一言を聞いて背筋を正さない者はいないだろうというほどの張りだった。

「地上での活動は私に一任されております」

 コスプレ女子は声色からうかがい知れるほどに平静を装って、自分の正当性を述べる。

「そういう方法、私が好むと思っているの?」

「安易には答えかねます。羽衣の紛失は畏れながら優麻殿の……よもやかの男が何か関与している、ということではありますまいな?」

「羽衣は紛失した。言ったでしょ」

「わかりかねます。が、いいでしょう。事態を整理したいと思います。かの者も、そして、つき従っているその者からも話が聞きたい」

 二人の間で交わされる単語の数々。聞き知っているはずなのに、設定が見当もつかないため、意味不明な異国語が耳を通過したようだった。

コスプレ女子はそれだけ言って、屋上から飛翔して消えてしまった。

 事情が複雑かつ道下言うところの魔女的な展開になってもおかしくない予想が、辰流の頭によぎった。

「辰流、悪いけど話しあるから来なさい。その子も一緒に」

 踵を返し、屋上出入り口の方へ向かう優麻。

「はい」

 事態を飲み込めていない後輩は力なく従いの返答をする。

「でも、どこへ?」

「私の家」

 足を一旦止め、横目で伝えると、後は何も言わず校舎へ姿をおさめて行った。優麻が出入り口に足を踏み入れる瞬間、その黒髪が風に揺れるのを見て、辰流はようやく安堵を感じることができた。

「おい、かや」

 そう言えばと我に返り抱き込んでいたかやを胸元から離した。

「すっかり元気ぃ」

 これまでの切迫緊迫していた状況などお構いなしの笑顔がそこにあった。その顔色から疲労は微塵も見えなかった。

「これからちょっと優麻先輩の所に行くぞ。そこでお前のこと聞かせてくれ」

「ゆうま先輩ってのは、あの銀色の人だよねぇ」

「ああ、そうだ」

「ふ~ん。そうかぁ」

 どこか不思議なものを見ていたような、それまでは映像でしか見たことがなかったが今回に至って現物の珍獣を目撃したような表情で確認を求めるかやに、どこも不思議はないとは言い切れなくなったが、自分の先輩であることには変わらないので、同意する。

 話し合いに参加すれば、いろいろとわかるだろう。あのコスプレ女子はかやのことを知っている節があったわけだし。

「よし、行くか」

 スッと立ち上がって、すっかりオレンジと濃紺のグラデーションになった空を見上げた。

「タッチャン、飛んでくぅ?」

 辰流の仕草に気でも聞かせたつもりなのだろうが、そのかやの誘いに、

「飛ばない!」

 思わず即答して、辰流は屋上出入り口に、我知れず力強く歩き出した。

「タッチャン、待ってぇ」

 慌ててかやが追いかけた。

 屋上出入り口のドアを閉める前、辰流はもう一度空を見た。かやの提案に乗らなかったことが残念でないと言えば嘘になる心境だった。そんな気持ちも、今はそうしている場合ではないと踏切りするしかなかった。

 見上げた空に自分がいた、飛んでいた事実を思い起こして、蘇るワクワク感に鼓動が止むことはなかった。

 ――飛んだんだな、俺

 辰流は音を立てないようにドアを閉めた。

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