第10話 謎い女子との格闘開始
明快な返答を望めないと解した、そのコスプレ女子は踏み出したかと思うと、辰流との距離感などなかったかのように一歩で詰め寄った。
人間とは思えない瞬発力に、あっけにとられる辰流は襟首を強引に引っ張られる力になされるがままになった。サンタクロースに担がれる白袋と化した辰流は、その瞬時の動きに驚きつつ、首根っこの力の正体に目を見やった。かやだった。コスプレ女子にひるむこともなく、かやが辰流の襟首をがっちりと掴んでいた。しかも、窓のサッシに足をかけ、教室から外へ飛び出そうとしていた。ちなみに辰流の教室は校舎の四階にある。落ちたら間違いなく足の骨にひびが入るだけではすまなさそうな高さ。
辰流はかやに行為の意図を問い詰めることも、制止を促すこともできず、成されるがままに、窓外へダイブ。見やった教室の窓では、辰流たちを見ていたコスプレ女子も、これまた何のためらいもなく、辰流たちを追って窓から飛び出してくるではないか。
望むべからざる言いがかりじみた接近と投身から身を守る術は、辰流には一つしかなかった。
左手を後方に振ると、手の平から布が伸び、敷地を囲うように植えられていた樹木の枝に巻き付いた。ウィンチに操作をまかせるワイヤーよろしく、あっけにとられて手の力が緩んだかやを抱えて枝の上に無事着地。伸びた布も辰流の腕に収納。一方で心拍数は指数関数よりも急激なカーブを描き、持病があったら危なかったかもしれない。かやがどうしてこういう行動をとったのかの問いをしようにも、状況が待ってくれなかった。
というのも、コスプレ女子は二人がいる枝の真ん前に突っ立っていたからだ。つまり、空中に浮遊していたのである。
「それはどういうことだ」
かやに視線を向けてから辰流の左腕を指差し、きつい声のまま尋ねてきた。
「見ず知らずのおかしな奴に答える義務はねえ」
顎を伝うじっとりとした汗を右手で誤魔化しながら、精一杯の強がりで答える。一足飛びで数メートルの距離を縮め、迷うことなく窓外への飛翔をし、あまつさえ空中浮遊をして平然としている輩などまともな人間なわけがないのは、すでに妖怪を身近にしている辰流にとっては、何の心の準備もなく四階から飛び降りることよりも驚くようなことでもなく、またそれが友好的な感じではないのも容易に察せられた。
「そうか。わかった。ならば、後からじっくり聞くとしよう。順を追ってな」
言うと、コスプレ女子は懐から閉じた扇子を取り出すと、おもむろにうなじと髪の隙間に差し込んだ。パラグライダーのパラシュートの離陸前のようにふわりと髪が音もなく開いた。その女子が扇子を引き出すと、手にしていたのは透明に輝く両刃の太刀。彼女の身長(辰流からのパッと見で一五〇~一五五センチくらい)はあろうかというほどの長さで、幅は手を横に並べたくらいある。
「優麻殿を心変わりさせたのは貴様か」
剣先が辰流に向けられる。
「あ? ユウマ殿? 優麻先輩のことか?」
いよいよもって目の前の女子が言い出すことの意味がわからない。かやを好ましくないような視線を向けたかと思えば、今度はあろうことか、一般生徒には魔女扱いされるが、その創造的才能は誇りにして余りある先輩の名まで出すではないか。
「お前、何言ってんだ? 人違いつうか、勘違いなんじゃねえの?」
「そんな違いなどはせん。貴様が口を割るよう、この聖なる太刀で浄めてやろう」
言って辰流たちに一歩を踏み出した。刀身からしてえらい重量がありそうだが、その女子は重そうなそぶりも見せずに、風を切る勢いで太刀を振り下ろす。
横にはかやがいる。さっきはきっと必死で自分をとっさに庇おうとした結果、窓から飛び降りるという行動に移ったのだろうから、こういう事態は想像もしていなかったろう。と推測する辰流が今振り下ろさせる剣を迎撃するには、
――できるか?
などと疑問を抱いている余地もなく、
「させるかよ!」
左腕から布を伸ばすのだった。ピンと張った布はまるで日本刀のようなしなりで太刀を受け止めた。思いの他防衛できた一反木綿の耐久性に内心感心はするものの、事態が好転しているわけではなく、
「それは一体なんだ? 八丘辰流。そのようなものを貴様がなぜ持っている?」
「そういや、なんで俺の名前知ってんだよ!」
力を込めて太刀を振り払い、剣と化した布で、今度はそれこそ返す刀で反撃。
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