第9話 教室に寄ってみれば

 夕刻の教室。女児を横に男子高校生が自分の机に教科書を入れた。

 部室から直帰しようとした辰流だったが、鞄の中に明日の授業の教科書があるのを見つけた。学期初日は荷物が少ない。宿題もない。そんな日に、翌日の用心に持って来たのに片付け忘れた。このまま持って帰り、翌日再び持って来るというのはまどろっこしいので、かやと名乗る少女とともに教室まで来ていたのだった。

 窓側二列目の最後尾にある辰流の席。かやは物珍しそうに教室内を見上げ、首を扇風機にしてゆっくりと目を至るところに注いでいる。

「八丘辰流だな」

 厳峻を帯びた声に呼びかけられた。顔を向けてみると、ドアが開きっぱなしの教室入口に一人の女子が立っており、その容姿に辰流は眉をひそめた。

 二の腕まである手袋、アスリートが着そうなショートトップの上に丈の長いベストを羽織り、ショートパンツ、腰まである光沢のある髪、さらに足元を見れば、膝下までのブーツ、それらすべてが黒色で統一されていた。眉の上で切りそろえられた、水平線と平行な前髪。細く切れ長な目は眼光鋭く、それこそ映画にでも出てきそうなアサシンかと思ってもやぶさかではない。明らかに土足での校内侵入ともなれば、注意喚起と教師への報告をしなければならない。

 彼女は辰流の隣できょとんとするかやを見ると、いかめしそうに鈍く目じりを上下に動かし、

「どういうことだ?」

女子としては低音な声で訊いてきた。その声色からは在校生のコスプレなどといったおどけた様子はまったくない。

「どういうことって……お前、誰だよ」

 確かに誰もいない高校の教室に男子が女児を連れ込んでいるとしか見えない状況にあっては咎められる事態なのかもしれないが、それはまっとうな事情聴取ではという前提であり、辰流にとっても理路整然と返答するに足る理由(女古優麻先輩をだしにした嘘ではあるが)を述べることができる。他方、目の前の女子は制服や部活動でのユニフォームを逸脱している上に、部外者のはずである。そのような出自不明の輩に詰問される覚えはない。

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