第二章
第5話『新米探索者、2日目で仮の億万長者となる』
昨日、換金と鑑定を実施。
換金の方は、合計で2000円という結果に終わった。
これに関しては、最序盤に出現するモンスターを狩りまくっただけだから、疲労感に見合っていないという結論に至るだけで終わることができたが、剣と手袋は1日預かりなった。だから、こうして1日経過してから来ているわけだが……。
「あの、なにか大変なことになってしまったのですか……?」
と、眉間に皺を寄せたまま表情をピクリとも動かさない、胸の前で腕を組んで真正面に腰を下ろす中年の男性に問いかける。
すると、
「いいいいいや。そんなことはないぞ」
「は、はぁ」
「それはそうと、このままどれぐらい待機すればいいんですか……? かれこれ、20分はこのままなんですが。もしかして、追加で誰かが来るとかですか?」
見知らぬ男性とたった2人きりにこの部屋で待機し続けている。
受付の人や警備員とは違った制服に身を包んでいて、ここへ案内してきてくれた女性職員が深々と頭を下げていたことからある程度は偉い人物なのだろうと予想がつく。だからこそ、目の前に居る威厳ある男性に対して
「……そ、そうだな。そろそろだよな」
外見だけはそう見えるが、声が若干裏返ったり、適温――というより涼しい部類に入る室温なのだが、なんどもハンカチを取り出して顔や首の汗を拭っている。
まるで、この状況下で緊張する要因があるみたいに。
「まず、こちらの2点が鑑定を終え、それを報告する」
と、男性は話を切り出しつつ、何度も咳払いをする。
「はい、お願いします」
「えー――えー、ではまず。こちらの手袋ですが、こう見えて『ガントレット・シールド』のようだ」
「籠手というわけではないんですか?」
「ほう、若いのに防具の種類がわかるとは勉強熱心なんだな。そうだ、別種類という認識で合っている。だが、最初に言われたと思うが使用方法などのことまではわからなかった」
「わかりました。ありがとうございます」
「ああそうそう、名称は【
黒い手袋の写真と、名称が記されている書類を目の前にスッと出される。
和昌はその紙を手に取り、それ以外が空欄なのを少しだけガッカリしてしまう。
「他にも情報を探りたかったんだが、レアドロップアイテム系は名称や種類は鑑定できても、その能力などは使用者から情報提供してもらう他ないんだ」
「なるほど」
「後、希少性があまりにも高すぎるが故に使用方法や能力などの報告義務は課せられていない。というより、ほとんどの人は報告してくれないな。そのことで罰則があるわけではないし、自分が手に入れた特権をわざわざ他人に教える方が稀、というわけだ」
「考えてみます」
「まあ、基本的に報告はしなくて構わないよ。そのことで気を使ったりするのは大変だろうし、実験に付き合ってもらうとか、そういう面倒なことにもなってくるからね」
「な、なるほど。わかりました」
もしかして、人体実験とかそんな感じの恐ろしいことが始まってしまうのではないか。という恐怖心がゾワッと体を震わせた。
「ということでお返しする」
「ありがとうございました」
待機時とは違い、スラスラと受け答えをされていたからこそ、態度がすぐに急変したことに気づく。
会話を始める前のように、目が泳いだり、喉を鳴らしたり。これから伝えなければならない内容を言葉にすることに対して躊躇いをみせているかのように。
そう思うのは錯覚ではない。
なんせ、話をしているから喉が渇いているのだろうが、中身の入っていない透明なコップを口に運んでいるだけではなく、その持つ手もプルプルと小刻みに震えているのだから。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「――あ、ああ。すまない。少しばかり喉が渇いてしまってな」
男性は意を決したかのように深呼吸をし、口を開いた。
「それでは、こちらの剣について話をしていこうと思う」
「お願いします」
「まず、名称は【
「はい」
「正規の値段ではないが、総額――100億ということだった」
「ひひひ100億!!??」
和昌は、ようやく今までの流れを理解した。
無理もない。ある日突然、新人探索者がレアドロップアイテムを鑑定してほしいと依頼してきたと思ったら、100億円という値段が出てしまったのだ。
鑑定している最中も、ここへこれらを運んでいる時も、今のように値段を伝えるのにも緊張するに決まっている。
携わった人間は、破損してしまわないか気を使いすぎて疲弊しているだけではなく、もしもそうなってしまったらそれだけの金額を賠償しなければならないというプレッシャーに晒されていた。
持ち主である和昌も、その値段を耳にして椅子の上から転げ落ちそうになっている。
「こ、これは新米探索者を歓迎する、ドッキリかなにかだったりしませんか……?」
「残念ながら、事実だ」
「ひょえぇっ」
「俺も最初は全く同じ反応をした」
和昌は両目をかっぴらいて、首を前に出して剣へ視線を向ける。
真実だと告げられても尚、自身が入手した物へ疑いをかける他ない。
ただ、物は試しとダンジョンへ入り、最弱モンスターを討伐していただけで億万長者になってしまったのだ。
「さっきも言ったが、それだけの価値が見込めるということであって、上下する可能性もある。そう、例えば1兆円ぐらいはあるかもしれないって話だな。がっははは」
「いやそれ、なんにも笑えないですよね」
「そうか? 逆に面白いだろ? 100億円で戦闘するとか正気の沙汰じゃないな。ははは」
(いやいやいや、冗談抜きで笑いごとじゃないでしょうが。てか、緊張から解き放たれて完全に他人事じゃん!)
人が変わったと疑わないほどにはニッコニコである。
そして、和昌は気づく。
「もしかして俺が報告に来なくていいって話、あれは厄介払いってわけですか」
「がははっ。そうだぞ」
「少しぐらいはオブラートに包んでくださいよ」
「あ、そうそう。規則では、探索者は地上で武器を持ち歩きできないが、お前だけは例外だ。職員全員がわかるように情報伝達しておくから、もしも他の探索者や一般人にイチャモンつけられたとしても気にするな。通報されたとしても、その場で全てが解決する様にしておくぞ」
「ありがとうございます」
和昌は、皮肉めいた声で感謝を告げる。実際、面倒事は避けたいから。
「後、言い忘れていたが俺は支部長をしている人間でな。自己紹介は省くが、探索者をやっていればどっかのタイミングで知ることになるさ」
「は、はあ。って、えぇ!?」
「おいおい、なんだなんだ。そんな反応をされちゃあ、俺がそう見えないって言っているようじゃないか」
(さっきまでのビビりってたのを忘れたんですか? てか、その横暴な感じも要因の1つですからね?)
一応、逆らってはいけなさそうな立ち位置の人間ということが発覚したから、捲し立てたい気持ちをグッと堪えた。
「まあおふざけはここまでにしておいて。本来はしないんだが、ちょこっとアドバイスだ」
急にシュッと表情を引き締め直されるものだから、和昌も姿勢を正す。
「地上では、もしかしたら変な輩に絡まれることがあるかもしれん。察するところはあるだろうが、まさにその通り。探索者の間でも、レアドロップアイテムは地上で装備していいことになっているからな」
「……はい」
「簡単に言うと、泥棒のような人間が近づいてくる可能性もあるから用心しておけって話だ」
「わかりました」
「信頼できるパーティメンバーができたら、単純に目が増えるから安心できる。まあ、最初からとんでもねえ代物を手にした初心者とパーティを組みたがる人間も少ないだろうがな」
その話でいけば、自身も標的にされる可能性がある。だからこそ、それに見合った魅力がなければ見放されてしまう。というだけのこと。
「暗い話はここまでにして、次にその手袋と剣についてだ。手袋――ガントレットシールドっていうんだから、ただの衣類ってわけではない。使用者が装備しないと効果を発しないタイプらしいが、【朱護の盾】で【ヴァーミリオン・プロテクトシールド】って読むぐらいだから、剣と似たなにかがあるのかもしれん。同じ宝箱から手に入れたのなら、尚更な」
「名称からするに、確かにその通りかもしれませんね。もしかしたら、ビームシールドみたいな感じで展開できたりして」
「ははぁ、なるほど。そういう考え方もあるな。
「うっ……その通りすぎる」
「そんじゃあ次に剣――【叶化の剣】で【エテレイン・ソード】の方は、ぶっちゃけ予想が立てられない。強制的に一振りだけ任せられたが、剣にしてはあまりにも軽すぎるぐらいのことしかわからなかった」
「同じく。全くわかりません」
互いに知恵を振り絞ろうとしても、答えは出ず。
「響きだけで言うなら、『叶化』というのがことわざなどに出てくる『鏡花』や単純に『強化』の発音と同じってぐらいですかね」
「ふむ。言われてみればそうだが、確信には近づけた気がしないな」
「ですね」
「まあとりあえず、ダンジョンで戦闘を繰り返していけば答えに近づけるだろう。頼むから、地上で試そうとだけはしないでくれよ」
「はい、気を付けます」
「それじゃあ今日のところはこれで終わりだ。約1時間ぐらいか、お疲れ様」
「本日はありがとうございました」
和昌は立ち上がり一礼。手袋を装着し、納刀してある鞘に固定してあるベルトを腰に巻き、部屋を後にした。
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