第4話『ビギナーズラックを通り越して』

 転移させられた和昌かずあきは、とある部屋に足を付ける。


「なんだよここ……」


 さっき見た光景と大差ないが、前後左右上下を一瞥してわかったのは、出口がないこと。

 そして目の前に――。


「こんなの、本当に現実にあるんだな……」


 ――宝箱。


 ゲームでよく見かける木造に繋ぎ目になっている部分が金属で加工され、その正面中央に鍵穴がある。

 しかしつい先ほど手に入れたばかりの鍵はスポッと抜けてしまった。


「なんてこった」


 確かにすっぽ抜けていたはずなのに、発見した時と同じ形状に戻っていたのだ。


「しかし困ったな」


 ならば、さっさと宝箱を開けて確認すればいいのではないか。と、思うのは当然。しかし、ゲーマーだからこそその知識が邪魔をしてしまう。


 鍵を差し込んだ瞬間に宝箱がモンスターになる。宝箱の鍵を解錠したのはいいものの、部屋中にモンスターが溢れ返るという罠の可能性などなど。

 ゲームではその罠に敗北したとしても、またセーブポイントからやり直すことができる。だが今は、命はたった1つだけ。慎重になってしまうのは無理もない。


「……でも、こういうのって宝箱をどうにかしないと出られないってやつだよな」


 全てゲームの知識であるが、それ以外の活路を見出せないのもまた事実。


「怖いけど、やるしかない。か」


 和昌は右手に力を込めて剣を前に構えつつ、恐る恐る前進する。

 左手に握る意思もない鍵へ対し、「お前のせいでこうなったんだぞ」と念を送り続けていると、あっという間に宝箱の間へに辿り着く。

 顔は半身逸らしつつ、鍵を差し込んで回す。


「お願いお願い。何も起きないでくれ、お願いだ」


 ビビり症ではないが、逃げ場のない恐怖には抗えず。


 しかしそんな心境とは裏腹に、何事もなくパカっと開いてしまった。

 当然、クイックイッと首を急速に捻って辺りを確認するも脅威となるものは現れていないし、宝箱がモンスターになる兆候もない。


 ならば中身はどうなっているのか、と、おどおどしながら覗き込んでみると、ガラス細工のような球体と左右用の手袋が入っていた。


「なんだこれ……でも、これってまさにレアなアイテムってことだよな。じゃあ、ありがたくもらっておかないと」


 まずは手袋を掴み、次に透明な球体。だが、球体の方は手に持った瞬間、持っている右手を光で覆い尽くした後に消えてしまった。


「ええ……」


 と、驚いていると再びこの部屋へ来た時のように全身が光に包まれる。


 次に視界が戻った時には、移動する前に居たスライムと戦闘していた場所だった。


「さっきから全部が急展開すぎるだろ。って、ん?」


 今まで感じなかった、腰の違和感に視線を下げると見知らぬ剣が腰に携える。当然、先ほどの宝箱は剣などは入る大きさではなかったし、視認もできていなかった。

 ちょうどよくモンスターも出現していないことだし、先ほど手に入れた何製で出来ているかわからない黒い手袋を装着する。


「いいじゃん、こういうの。よくわからないけどレアな防具と武器を手に入れたってわけか」


 好奇心を抑えられず、右手に持つ剣を左腰に携える鞘へ納刀し、手に入れた剣を抜刀。


「見るからに、だな」


 鉄や鋼、金とは思えない外見。簡単に表すならば、宝石の剣。

 まるで魂紅透石ソールスフィアを加工して作られた剣にしか見えないが、モンスターの核となっていて、初心者の武器でさえ砕けるものを武器にできるはずがない。

 そういう技術があるとすれば別なのだろうが、誰がどう見てもすぐに壊れそうな剣を誰が好んで使用するだろうか。和昌かずあきもまた、同様にそう思う。


 しかし、あまりの美しさに少しだけ呼吸を忘れる。


 魂紅透石ソールスフィアと瓜二つのこの剣は、天井から降り注ぐ蒼い光によってさらに幻想的な輝きを放つ。


「それにしても、軽いな」


 つい先ほどまで握っていた剣より軽く、素早く振り回せる。

 次に回転しながら斬りつけてみたり、連続で宙を斬ってみるも、抱いた感想は変わらない。


 ここまでくると、見た目も相まってあっという間に粉砕してしまうのではないか、そして、本当にモンスターを斬ることができるのか不安になってしまう。


「壊れたらその時までだ。試しにスライムと戦闘してみるか」


 タイミングよく、のそりのそりと移動している水色のスライムを確認し、駆け出す。

 剣が変わったから、走るフォームもあまりくずれない。


「ふんっ」


 横一線。


「セーフ」


 地面の染みと化すスライムを横目に、剣の刀身が残っていることに安堵する。

 しかしこのままでは、この先が不安になってしまうと思い次々にスライムを討伐。


「流石にポケットがパンパンだから終わりだな」


 粉々になっている魂紅透石がいい感じに集まったのを確認し、怪我もしていないことから、そのまま探索者連盟支部へと向かった――。




「換金してまいりますので、少々お待ちください。大体、10分程度のお時間をいただきます」

「わかりました。よろしくお願いします」


 魂紅透石を換金してもらえる3つの窓口の1つにお願いした。


 待機時間もあることから、その隣――2メートル先にある鑑定窓口へ向かう。


「ここって、ダンジョンで手に入れた素材だけを鑑定してくれのでしょうか」

「基本的にはそうですが、他人から購入した商品などの安全性を確認したり、ダンジョンで拾った誰かの武器なんかも持ち主を特定できます。後は、モンスターの体内から出てきた装備や……あまりないですが、宝箱から手に入れた装備やアイテムの相談に乗ったりもしています」

(やっぱり、さっき経験したことは滅多に起きないんだろう。もしかしたら騒がれたりしちゃうのかな……だけど、他に相談ができそうな人もいないしな……)


 駆け出し探索者であることから、悪目立ちはしたくない気持ちともやもやを解消したい気持ちが葛藤する。


「あのですね……あまり大きい声は出さないでほしいのですが――」

「はい? そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。ちゃんと守秘義務は果たしますので」


 真剣さを帯びたその眼を前に、和昌かずあきは受付の女性を信用することに決めた。


「ついさっき、初めてのダンジョンでスライムと戦っていたのですが、そこで金色のスライムと遭遇しました。で、そいつを討伐したら鍵がドロップして――」

「えぇ!? 金色のスライム!!?? あっ――」

「えぇ……」


 ここまで早いフラグ回収があるだろうか、と思わずにはいられなく、和昌はつい呆気に取られてしまう。


 声を大きくしてしまった本人は、慌てて口を両手で塞ぐも「何事か」と注がれる視線は2人に注がれる。

 だがしかし、誰も暴れていないことから危険性がないと皆が判断。一瞬だけ静けさに包まれた空間は再び活気を取り戻した。


「急に大声を出してしまい、申し訳ございません」

「い、いえ。少しだけそんな気はしていましたので」


 何度もペコペコと頭を下げられ、和昌は苦笑いを浮かべる。


「それで、鍵をちょこっと回したらスポッと抜けて、次の瞬間には別の場所に飛ばされてしまったんです」


 と、指でクルクルと円を描いてみせる。


「部屋? の中には宝箱が1つだけあって、恐る恐る開けてみると、中にはガラス細工みたいな水晶と左右用の手袋が入っていました」

「なるほど……一応、古い書物に金色のスライムについての情報が記載されていましたが、既に100年ぐらい前の物でして。その時は純度の高い魂紅透石をドロップし、換金したら1億円の値がついたらしいです」

「1お――そ、それは凄いですね……」


 つい先ほど、目の前の女性が驚愕のあまり大声を出してしまったようになってしまったが、間一髪のところでグッと堪えることに成功した。


「はい。ですので、今回が2件目になるわけですが貴重な情報を提供していただきありがとうございます」

「いえいえ。では、この手袋と剣をお願いします」

「剣ですか?」

「俺もよくわからないんですが、元に居た位置まで戻された時に水晶が剣に代わっていたようでして」

「それはとても興味深い話ですね。両方ともお預かりいたしますが、武器や防具ということから、もしかしたら値段をつけることはできないかもしれません。ですが、名称は判明すると思われます。どちらにしても絶対ではないので、ご了承いただけると幸いです」

「わかりました。よろしくお願いします」

「大体、10分前後かかると思いますので、もしよろしかったらあちらの待合場所にて腰を下ろしてお待ちください」


 手続きを終え、案内通りに設置されている長椅子へ腰を下ろして一息つく。


 2席隣で、これからのダンジョン攻略について話をしている4人の男女が視界に入る。


(あんな楽しそうに話をしているの、いいなぁ)


 自分もいつかはあんな風に仲間達と話ができるんだろうか。と、思いを馳せる。


 そして、たった数日前に大炎上を経験したあの時のことを、いろいろと落ちついた今、思い出してしまう。

 和昌は、小学校の頃に様々な楽しい動画を観ていて、笑顔になったり元気をもらっていた。

 だから自分も同じように動画を通して、視聴者を笑顔にしたい、とそう思って動画投稿者になることを決心した。


 小学6年生から始まり、高校を卒業して8年目にしてようやく夢が叶ったのだが……。


(どうしてこんなことになってしまったんだ)


 視線を落とし、肘を腿へ乗せて拳に力が入る。

 和昌も数年に渡ってインターネット上で活動をしてきたからこそ、確信でなくてもある程度は予想がつく。


 妬み嫉み――。


 誰が、というわけではないのだろう。

 長年日々努力し、地道に結果を出し続けたというのにもかかわらず、他者からすればある日突然結果を出した。

 喜んでいる人間に対し、近しい人間は表では笑い、裏では黒い感情が渦巻く。それが行き着いた先に、本人が目障りになってしまう。

 今回の騒動は、誰か1人かもしれないし、多数が同時に行動を起こしたのかもしれないし、徒党を組んで始めたことかもしれない。


(みんなとわいわいやっていた時が一番楽しかった)


 楽しかった時の記憶が、どうにかして特定したりやり返してやろうって気持ちを鎮静化させる。

 それに、理想論だけではご飯を食べることはできない。

 元々働いていたアルバイト先に戻ろうにも、閉店するから最後の出勤だったわけで再就職は不可能だから、少し気になっていた探索者を選んだ。


「もう10分経ったのか」


 換金が終了した合図として点滅する、カウンター上のランプが緑に点灯。

 和昌は立ち上がり、そちらの方へ歩き出した。

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