エリア2ボス戦


「少し良いか?」

「……む、レッドヤマザキか」


 治療用ポットにて先日の勇者との戦いで得た傷を癒している魔王軍幹部グリーンヨシダ。その彼の元に現れたのは彼と同じ魔王軍幹部の一人、操舵手担当のレッドヤマザキだった。

 胴体が丸く足が短く細く小さく、そして異様に膨張した両腕。頭部には赤いリーゼントが揺れていた。


「エリア2に例の勇者が現れた。奴が我のステージに到着するのはそう遅くないだろう」

「ふむ……そうか」


 レッドヤマザキの言葉を聞いてもグリーンヨシダは驚いた様子もなく、それどころか当然と言わんばかりの反応だった。そんな彼を見てレッドヤマザキはつくづく変わったな、とかつての同胞を思い出す。

 雌個体にはデレデレとし、雄個体には悪態を吐くとても好みが分かりやすい奴だった。義理人情に深いレッドヤマザキにとっては、仲間と軋轢が生じ兼ねないその差別的な態度は直して欲しいと思っていた。

 だからこそ、勇者に負けて此処まで大人しくなった彼には思うところがあり、そうさせた勇者の事を知っておきたいと思った。


「次に戦うのは我だ。だから情報の提供を求む」

「……そうだなぁ。あいつは一言で言えば化け物だ」


 グリーンヨシダは思い出す。手を足も出なかったあの戦いを。

 1ダメージすら与える事ができず、初見殺しである自分の技をまるで初めから分かっているかの様に避けた神掛かった動きを。

 そして何より、自分の弱点ごと全てを破壊した傷跡カルマの輝きを。


「はっきり言ってお前でも……いや、魔王軍で奴に真正面から勝てる奴は居ねぇのかもしれねぇ」

「それは魔王様でもか……?」


 魔王軍のトップである魔王は、地球防衛軍総司令官エメラルドと100年以上も前から戦い続けている歴戦の猛者だ。エメラルドは魔王軍の侵攻を悉く阻んできた最大の障害で、彼の存在が今日の地球を守って来た。そしてそのエメラルドに唯一張り合えるのが魔王であり……正直、現在までの地球防衛軍と魔王軍の戦いはこの二人の勝敗で決まっていた。


 だから今回現れた勇者はこの均衡を大きく崩す存在だとヨシダは考えており……。


「ああ、そうだな」


 自分たちのトップですら適わないと判断していた。


 ヨシダの見解を聞いたヤマザキはその特徴的な腕を組んで唸る。

 初めから負けるつもりはないが、馬鹿正直に戦いを挑んでもただヤラレルだけなのは目に見えていた。武士道に重んじて戦い、負けるのは彼の性分的に悪くないが、何も情報を得られず負けるのは魔王軍としてメリットがない。


 初めてかもしれない。敗北を前提に戦いに赴くのは。


「情報感謝する」

「……ふん。精々コテンパンにヤラレロ」


 グリーンヨシダの悪態を背に、レッドヤマザキは自分のステージへと赴いた。

 魔王軍の勝利の為に、積年の願いを叶えるために。



 ◆



「ヨクキタナ、勇者ヨ」

「……」


 エリア2最終ステージに侵入して来た勇者に対して慣れない地球語で話しかけるも無反応。その態度に対してしかしレッドヤマザキは不服に思わずむしろ好印象を抱いた。

 戦いの前にベラベラと会話をするのは、自分の性格的に好かない。

 ただお互いの存在を認識して、これからの戦いに想いを馳せべば良いと思っている。だからこそ今回の戦いで不義理なのは自分だけだと思っていた。


「ワレハ魔王軍幹部ガ一人、操舵手レッドヤマザキ」


 ゴキリゴキリと指の関節を鳴らし、バフォンッと腕から炎を出す。戦意は充分。


「グリーンヤマダヲ打チ破ッタソノ力、見セテミヨ!」


 咆哮を一つし、レッドヤマザキは戦いの火蓋を斬って落とした。

 まずは小手調べと言わんばかりに、レッドヤマザキは炎を纏った腕を振るう。すると地球人のシューターの様な弾丸の嵐を掃射し、着弾と同時に爆発する発生する火柱を見る。

 もしここで勇者がシールドを使えば、容易く打ち砕きダメージを与える。そういう力を彼は持っていた。しかし今の火柱エフェクトから察するに被弾していない事は分かっていた。加えて火柱を隠れ蓑にして何かするのかもしれない……と考えると同時に、レッドヤマザキは気配のする方へと視線を上げた。


「上か!」


 こちらに向かって落ちてくる勇者に向かって、カウンターの如く爆発する拳を振るう。

 ボッボボッ! と加速する赤き拳は、しかし勇者の鋼を溶かす事が適わなかった。それどころか、勇者は持っていた剣をレッドヤマザキの腕に突き立て、そのまま螺旋を描くようにギャリギャリ斬り刻みながら拳から手首、手首から腕、腕から肩と彼の顔に向かっていき──そのままレッドヤマザキのリーゼントに剣を突き立てた。

 途端にレッドヤマザキの鋼鉄ボディが悲鳴を上げる。


(こいつ、初見で我の弱点を!)


 驚きは少ない。グリーンヨシダもそうだったからだ。

 しかし、まさか自分もここまで一瞬で生命力ライフポイントを三割削られるとは思っていもいなかった。負けが濃厚と分かりながらも、何処か相手に対して侮りがあったのかもしれない。

 勇者が距離を取ると同時に、自分の斬り刻まれた腕を修復する。

 油断はなかったが──このまま簡単に倒されるのは魔王軍幹部の矜持に関わる。


「うおおおおおおおお!」


 鋼鉄ボディが震え、彼の肩から追加で二本の腕が生える。

 これで攻撃力が二倍になり、さらに攻撃方法にも幅が広がる。

 しかしこちらを見る勇者の目は、自分の爆発的に燃え上がる戦意の炎と違って冷め切ったものだった。

 ──なるほど、これがグリーンヨシダが感じた感情か。そして彼があえて何を言わなかったのかも理解した。


 これは──何が何でも自分を奴に刻み込みたくなる。


 グリーンヨシダはレッドヤマザキに忠告しながらもその瞳の奥にはリベンジを誓った戦意がギラギラと光っていた。もしかしたらレッドヤマザキには負けて欲しいと思っていたのかもしれない。自分が倒すその時まで……。


 だが──それを叶えさせる気はない。

 貰うぞ、お前の標的。


「はぁああああああ!!」


 レッドヤマザキは両腕をステージに突き立てて己の体を固定し、肩から生やした両腕を勇者に向ける。自分の中にあるエネルギーを両の掌に集めて圧縮し、爆発の力を載せながら放つその弾丸は先ほどばら撒いた弾とは訳が違う。

 一点集中の威力と速度重視。その弾丸はまるでスナイパーのソレ。

 普通なら回避は困難。防御すれば爆発の力でガードの上から削れる。それを二つも放てるのだ。


「喰らえ!」


 ボンボンッ! と狙撃弾が放たれるが……勇者は当然の様に回避をする。

 そして背後で爆発が起き、それを利用してレッドヤマザキに向かって肉薄する。先ほど上に飛んだのもこれを利用したのかもしれない。

 ならば、とレッドヤマザキは二つの両腕の狙う方向を変えて放つ。放たれた弾丸は一つは少し下に、もう一つは勇者を狙って。果たしてレッドヤマザキの狙いは……見事的中した。

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