エリア2ボス前

その後勇者はステージ1をクリアし、その後のステージも快進撃とばかりにクリアしていく。

 その際にダメージを負う事は無く、むしろサファイアに突き落とされた時くらいだ。

 後はこのエリアのボスを倒すのみだが、例の如く勇者のギアからの警告で今日は休む事になった。


「……今日はこの味にしましょう!」


 そう言って出されたのはチョコ味のカロリーをメイトしているアレだった。

 ここ数日でサファイアは料理ができない事を十分に理解した勇者。

 初日は頑張って作ろうとしていたのだが、鍋を爆発させたり、フライパンを溶かしたりして、およそ人類が食べられる物を作れなかったのでこうなった。

 ルビーの手料理が恋しい。

 エリア1を抜けてここに来てから時間が経つが、勇者は精神的に疲れていた。


「……ん」

「……っ」


 食事を終えると何も言わずにサファイアがすり寄ってくる。そして蛇の様な滑らかさで勇者の手に触れてサラサラと撫でてくる。

 彼女との初めての夜で同じことをされた時はビックリして弾けてしまったが、何度もされれば慣れてしまうもので勇者は爆発しなくなった。それでも恥ずかしくて体が硬直してしまうのだが。


「……あなたが地球防衛軍に入ってくれて助かった。あなたほどに強いのならルビーが戦わなくて済む」


 パチパチと焚火の燃える音が聞こえるなか、ふとサファイアが呟く。

 どういう事? と勇者が聞くとサファイアは語ってくれた。


「元々私はあの子が地球防衛軍に入る事には反対だった。あの子は誰かと争う事にとことん不向きで、メタルクラッシュじゃない戦いだなんてあの子には無理だと思った。じっちゃんも同じ考えで、ルビーを遠ざけていた」


 しかし今現在ルビーは地球防衛軍に入っている。

 その為の試練を彼女たちの祖父は課したそうだが、ルビーは諦めずに挑み続けて……彼女たちの祖父が根負けしたらしい。


「だからエリア1とのワープゲートが閉じた時は生きた心地がしなかった。あの子は凄く可愛いから魔王軍の奴ら絶対に悪いことすると思って」


 でも、とサファイアは微笑みを浮かべて勇者を見る。


「あなたが来てくれた。あなたがあの子の伸ばした手を掴んでくれた。おかげで私たちは助かっている。だから、ありがとう」


 真っすぐと感謝の言葉を送られて勇者は顔を真っ赤にさせる。

 誰かに認められることも褒められることも、そしてありがとうと言われることも慣れていない。だから凄くくすぐったくて……嬉しかった。

 まだサファイアに対して恐怖と苦手意識があるも、この人良い人だと彼の中で好感度が上がった。


「……でも、ちょっとだけ困っている」


 そう言ってサファイアが寄りかかって来て、勇者はカチンッと体を硬直させた。


「……こんなに強くてこんなにカッコよかったら、他の女の子が放っておけないだろうし。

 ……やっぱり故郷でもモテた?」


 そんな事は無いとドモリながら答える勇者。

 故郷では引きこもりで、町の子どもたちに引っ張り出されて仕事をさせられていた。慣れない作業で失敗を何度もし、それが申し訳なくて、でも誰も怒ったりしなくて……優しい人たちだった。

 そんな彼に厳しい態度を取るのは一人だけだった。


「妹? 勇者さまにも妹が……?」


 居るよ、と勇者は頷き今世の妹の事を思い出す。

 こっちの妹は自分が引き篭もる事を良しとしなかった。自室の扉を勝手に開けるのは当たり前。ご飯時は引き摺ってでも食卓に連れ出してくる。

 その割には勇者が村の子どもたちと仲良くしているのを見ると不機嫌になるし、二人で遊びに行こうと誘われた時は絶対に断れと凄い剣幕で言ってきた。

 しかし勇者の妹は彼よりもしっかりとしていて大人たちからよく頼りにされていた。


「……勇者さま、その妹さまの事大切にしているんですね」


 サファイアの指摘にそうなのかな? と自覚がないのか首を傾げる勇者。


「はい。だって、妹さまの事を語っている時の勇者さま凄く優しい顔をしています」


 そう言われて勇者は、そうだったのかと驚きつつも納得していた。

 自分に対して厳しく苦手だと思っていたが、どうやらしっかりと家族として認識していたようだ。


 兄は、妹を守る存在だ。


 それだけは前世と変わらない。だからこんな情けない自分でも……妹の事を愛せていた事に気付けて嬉しかった。

 メタルタウンに来たのも妹の「結婚しないの?」という言葉から逃げて来た結果だからだ。

 ……落ち着いたら里帰りしようと心に決める勇者。


「……それにしても妬いてしまいます。勇者さまにそこまで想われているさまに」


 いつか紹介すると言うとサファイアは心底嬉しそうに「はい」と言った。

 今日もまた夜が更けていく。



 ◆



「むー……」


 エリア1にてサファイアから送られてきた写真を見て頬を膨らませるルビー。

 アレから毎日二人の仲が良い写真が送られ続けている。

 彼女は、サファイアにも勇者の事認めて欲しいと思っていたし、仲良くして欲しいと思っていた。実際彼女の思い通りになっている事が写真からも伺える。

 だったら万事解決──の、筈なのだが。


「何でアタシこんなにモヤモヤしているんだろ」


 ルビーは何故か嫌な気持ちになっていた。こんな気持ちになったのは大切にしていたケーキを祖父に勝手に食べられて以来だ。

 大好きなサファイアと大好きな勇者が仲良くしていれば、自分は凄く嬉しいと思う筈だ。

 嬉しくない訳がない。あの気難しい性格のサファイアが、家族以外には興味を示さない彼女が勇者にぞっこんなのは──嬉しいはずなのに嬉しくない。


「もー! なんなのー!」


 ルビーはこの感情が何なのか分からずに、草原に寝転んでジタバタとする。

 しかしそれで胸の中のモヤモヤが晴れることなく、ただ疲れただけだった。


「はぁ……」


 明日はエリア2のボスの攻略に赴くらしい。

 二人の無事を祈りながらも、今の彼女は自分の感情に気が向いていて応援のメッセージを送り忘れて。


 翌日、それに気づいて慌ててメールを送るも、その時には既にエリア2のボスを倒していた。

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