VSサファイア②

「──油断大敵」


 スコープ越しに吹き飛んでいく勇者を見ながらサファイアは冷静にリロードを行う。

 このバトルの主導権は彼女にある。仕掛けたのは彼女で、ステージを決めたのも彼女で、そしてバトル開始を告げたのも彼女である。

 卑怯だが実践ならこれでリタイアだし、スナイパーがアタッカーに一対一で勝つには初撃で仕留めるしかない。


 しかし、何故だろうか。サファイアは心に思っていない事を呟いていた。

 彼の力を試すために吹っ掛けたこの喧嘩──これで終わると思っていないからこそ、彼女は初めから仕留めに掛かった。


 戦うと決まった瞬間にこちらを射抜く甲冑越しの彼の瞳を見た、あの感触を信じて。


 そしてサファイアの警戒期待は果たして──見事的中した。


「──っ」


 スコープ越しにこちらを振り返った勇者と視線が合い、ぞくっと戦慄が走る。

 ルビーの目は曇っていなかった──コイツは強い。

 しかしどうやって弾丸を防いだのかと注視する。シールドを張った際のエネルギー光は見えなかった。


「──まさか」


 サファイアは勇者の持つ剣を見て、予想が当たって驚いた。

 しかし、そんな事が可能なのかと。


 死角からの狙撃を剣で弾くなんて。


 そんな芸当ができる人物をサファイアは一人しか知らなかったが、今日で二人となった。


『相変わらずマスターは規格外ですね』


 勇者の持つギアが達観した様に声を出した。


 彼は前世でメタルクラッシュで遊んでいた際、シールドを使う事がなかった。正しくは存在を知らなかったというべきか。

 禄に操作説明書を見ずに妹のアカウントにてフィーリングでプレイしていた彼は、敵の攻撃を全て回避して、近づいて斬る。これを繰り返して多くの勝ち星を上げてきた。

 他のプレイヤーからはシールド&ステルス縛りをしていると思われていたが真相はこんなもんである。

 しかし彼のそのプレイスキルは年月とともに磨き上げられていき、そしてこの世界で彼の力となった。

「ああしたい。こうしたい」というイメージが明確であればある程その通りに動く転生先の肉体。人間としての当たり前の生を犠牲に培われた唯一の技術。本来交じり合わない二つが重なった結果が──サファイアと相対している勇者という男だ。


「──当たらない」


 サファイアはまっすぐ近づいてくる勇者に向かって何度か弾丸を放つも、全て回避されていた。その事に対して驚きはなく「だろうな」と分かり切っていた。

 シールドを使うのを期待して縛尾スネークの弾丸を放つも意味がなかった。

 おそらく疾脚チーターを使っているのだろう。でなければ剣で弾丸を弾く説明が付かないし、実際ルビーからの報告でも聞いていた。

 このままだと斬られて終わりだ。このままなら。


「ゼロ距離で当てるしかない」


 運が良ければ彼女の生命力ライフポイントが尽きる前に倒せるかもしれない。この亜空間の情報はお互いのギアが把握している。コンマ一秒の決着の差もしっかりと記録できる。

 ならば、と戦略が決まったサファイアは記録ソウル疾脚チーターに切り替える。本来の一対一ではできないが──してはいけないと合意は取っていない。

 サファイアはスコープから目を離して顔を上げる。もう目の前に勇者が来ていた。

 狙撃銃を構えて、彼が斬りかかるであろうポイントを予測し、銃口が頭に行くように計算する。


 さぁ──勝負だ。


 勇者の射程範囲にサファイアが入り、彼の神速の剣が振るわれる。同時に疾脚チーターによって弾速が強化された狙撃弾が彼女の放たれ──予測通りに、彼女の弾丸が先に甲冑に当たり貫いていく。


「──勝った」


 勝利を確信した故に漏れ出たその言葉は──先に言った彼女の言葉がサファイア自身に帰ってくる。

 油断大敵。まだ戦いが終わっていないのに安堵してしまった彼女は信じられない光景を目の辺りにする。


 ──サファイアの声を聞いた勇者は疾脚チーターを使用した。

 ゆっくりとなった視界の中、甲冑に浸食している弾丸を見つけてサファイアに向けて振るっていた剣を無理やりに捻じ曲げて弾丸を斬り払った。

 それにより彼自身にはダメージが入ることなく、彼はそのまま掲げた剣を振り下ろし──サファイアの生命力ライフポイントを断ち切った。


 勝者は勇者。


 二人の視界にそう示され、勇者はホッと息を吐く。

 対してサファイアは動けないでいた。

 あり得なかった。本来の軌道を無理やり捻じ曲げるなんて物理法則を無視している。何より狙撃の弾丸を素で避けていたこと自体あり得ない。普通の人間じゃない。


 彼は、確かにルビーの言う通りに強かった。


 サファイアは己の妹の言葉に、彼のデタラメな強さに打ちのめされていた──訳ではなく。


(──反則)


 彼女が打ちのめされていたのは、甲冑の下にあった勇者の素顔だった。

 戦闘中の彼の顔は集中しており、普段の自信なさげなナヨナヨした表情は消え失せ、そこにはあるのはキリッと整った顔。

 もし街中で見かければ10人が10人振り返る──それほどまでに異性を惹きつける魅力があった。

 そしてそれを至近距離で見てしまったサファイアは。


「──勇者、さま」


 無事に脳を焼かれてしまった。


 サファイアは面食いであった。



 ◆



「……これからよろしくお願いします勇者さま」


 バトルが終わり亜空間帰って来たサファイアは勇者の存在を認め、それどころか彼に言い寄っていた。

 どうやら彼女の中で勇者はルビーと同じくらいの位置付けがされたようで、好感度がマックスとなっていた。

 なお勇者はいきなりグイグイと来るサファイアを警戒していた。ルビー以上に自分の領域に入ってくる存在は初めてだ。そもそも他人と関わること自体がサファイアで二人目である。田舎のひとたち? 家族認定なのでノーカン。


「……」

「敬語は辞めてほしい──勇者さまったら、距離を詰めるのが早くて素敵……♡」


 それはそっちじゃないの!? こっちがおかしいの!? 

 勇者は愕然とし、都会の女の子ってこんなに距離感近いのかとサファイアの言葉に戦慄していた。


 そんな二人にギアにメールが届いた。

 確認してみるとルビーが「仲良くしている?」と心配していたようで。


「はい」

「!?!?」


 メールを確認していた勇者の腕に抱き着き、パシャリと写真を撮るサファイア。

 勇者は女の子の柔らかい感触に石化し、サファイアはそのままルビーに写真を送った。「物凄く仲良くなった」という一文と共に。


「……それじゃあ勇者さま、ステージ1に案内する」

「……」

「……ふふふ。初めての共同作業♪ 共同作業♪」


 ズルズルと勇者の石像を引き摺りながら、幸せそうな表情を浮かべるサファイア。

 エリア1以上に苦戦しそうだが──それを自覚している者は居なかった。





「──なにこれ」


 エリア1にて、サファイアからメールを受け取ったルビーは写真を見て呟いた。

 普段の明るさを感じさせないくらいに、冷たさを持って。

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