第4話 気になる女性
写真のことを褒められると、北村は少年のように破顔する。これもいつものことだ。そんな彼の表情を見るのが私は好きだった。もちろん、彼の撮る写真が素敵だというのは事実だ。
「きみに写真を褒められるとつい気分が上がってしまうよ。だけどね、最近ちょっと考えてることがあって」
北村はティースプーンでコーヒーをぐるぐるかき混ぜながら、しばらく口を閉じていた。私は何だろう、とちょっとだけ緊張した。
「このまま、風景を撮り続けるだけでいいのかってね」
「どうしてですか?」
「いや、なんとなくだけど。一つしか武器がないよりも、たくさん武器があった方がいいかなと」
「それは確かに、そうかもしれません」
北村の話を聞いて、私はふと元恋人のことを思い出した。彼も、「一つの道を極めるよりも何でも平均的にできた方が安定してていいだろう」という思想の持ち主だったから。
「そう。それでさ、最近気になっている女性がいるんだ」
「え?」
「その人にどうアプローチしたらいいか分からなくてね」
「はあ……」
いま自分の顔を鏡で見たら、相当間抜けな表情をしているのだろう。写真の話をしていたのに、突然気になっている女の子の話をしだす北村が、急に理解のできない生き物に思えたのだ。
私も、彼と同じようにコーヒーをかき混ぜる。それを一口飲むと、ミルクと砂糖を入れているのに、いつもよりも苦く感じた。追加で砂糖を入れようかとも思ったけれど、あんまり入れすぎるともはや私が飲みたいコーヒーではなくなる気がして、やめた。
「つまり、北村さんはその気になる女性と一緒に写真を撮りに行きたいということですか?」
「まあそうとも言うね」
「なるほど」
彼の言動から導き出した自分なりの答えを告げると、彼はゆっくり微笑んでから頷いてみせた。まったく納得はできていないが、「恋が仕事への原動力になる」という経験は自分もしたことがあるため、分からないこともない。
「ちなみに、どういう方なんです? 繋がりとか」
「写真家の知り合いからの紹介だよ。いい人がいるって聞いて、この間会ってみたんだ」
「へえ。それで、いい感じなんですか?」
「いい感じか、と聞かれると難しいけど。連絡はこまめに取り合ってるよ」
「それなら、何も心配することないんじゃないですか? このままアプローチしていけば」
「そうかもしれないね。ただ彼女、こういうのに慣れていないらしくて」
慣れていない、というのは男の人に、ということだろうか? それとも恋愛に? どちらにせよ、結構若い人なのかと余計な邪推をしてしまう。
「慣れてなくたって、いいじゃないですか。北村さんがいろいろ教えてあげれば」
「そうだね。ちょっと頑張ってみるよ」
最後の方はほとんど投げやりだった。私は、カップに残ったコーヒーを一気に飲み干した。苦くて甘い味が口の中に広がる。やっぱり砂糖とミルクなんか入れなきゃ良かった。
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