自暴自棄の行進
こうなるはずではなかった…。
継承祭でひときわ賑わう商店街。周囲の誰もが笑顔を浮かべる中、一人俯き歩き続ける。周囲の明るい声色が無慈悲にも耳に入ってくる。だが今はその和気あいあいとした空間を、遮断したかった。もう、なにも情報を入れたくなかった。一刻も早く、その場から消えたかった。
時折、前から歩いてくる人にぶつかっていた、…気がする。それでも、俯き歩き続ける。この行為に意味はない。だが、今はこうするしかなかった。こんなことをしているのは、たぶん、情報量に頭が耐え切れなかったのだろう。
「ははっ…」
乾いた笑みがこぼれる。悲しみの潤いすらない、絶望の笑み。すべてを失ったその笑みは、本当に渇き切っていた。
知ってしまったのだ。今、目の前で起きている現実を。何度も思考を続けてみた。復活後も、投石された時も、あの老店主との会話中も。使える思考は全て行った。その結果がこれだ。この世界に、我の居場所はなかった。地位すらなく、もはや拒絶され、時代すらも異なっていた。そんな世界に、あいつらはいるはずもない。確認はしていない。するまでもない。
………いや、実際はしたくないのだろう。
だから早く消え去りたかった。次々に突きつけられる現実から逃避したかった。だが、行く当てもない。あいつらに会いに行くことすらできない。今の我は到底、民を治めていた魔王とは程遠い存在へとなっていた。そんな己に、落胆する余地もなく、ただただ俯き歩き続ける。
先程から視界の情報は、舗装された道。そして、通行人の足と手に持っている紙袋。支えることすら放棄された曲がり切った首は、恐怖という重力によって、もはや上げることすらできなかった。
こうしてヘルメルヴァを歩き続けていると、視界に、自分の影が映っていることが分かった。日が暮れ始めているのだ。それすら気付かなかった。背中に少し、日の温かみを感じる。しかし閉ざされてしまった心までは、その斜陽は届かない。今はその光でさえ、現実を突きつける聖なる剣のように感じる。
もう………ええわ……。
必然的に諦めていた。それは生きることだけではない。これから先に予定していたすべての事象も。復活が成功して浮足立っていたのだろう。出鼻を折られるとはまさにこのことだ。しかし、今回のものは折るというより、粉砕に近いものだった。修復不可能。這い上がる余地すら与えぬ絶望を振りかざされた。
また、肩にぶつかる感触が伝わってくる。それは右からも左からも。次々と当たる人々の肩は、我を逆らい歩くことすら否定するように、押しのけようとする。歩幅もみるみる落ちていく。なにもかも、うまくいかなかった。全て、うまくいかなかった。
「………すまん」
無責任な謝罪の言葉がこぼれる。誰に対しての物なのか。はたまた自分に対してなのか。おそらくこれは自分に対してだ。とりあえず楽になりたっかった。この言葉を放てば、楽になれる。そう、思ったのだろう。面と向かって皆に謝罪できず、自らの楽を求め、謝罪をする。今この状況では、最悪の言葉だ。それでも、言った。それほど楽になりたかった。目先の事で精一杯。後先のことを考えず発せられた言葉だ。
…まぁ、もっとも…、我に後先すら、ないのだがな…。
復活や転生などすれば、たやすく世界を生きられると思っていた。もっと、幸せに、そして順風満帆にいくものだと思っていた。
……本の読みすぎ、…か。
嘲笑してしまう。あんなに「飽きた」などと酷評していて、いざ自分になるとご都合よさを求め、叶わず絶望している。きっと罰が当たったのだろうな。あの小説と、彼自身を否定したから。彼には酷いことをした。
謝りたい。謝罪したい。情けないことは重々承知だ。だが、もう今のこの姿を見せることすら怖い。それは、勇者や爺やに対してもだ。そして、見せようとしても、恐らくできない。老人の話からは、この世界に存在していないことになっているから。
現実すら叶わぬ状況で、夢を追い求める気力は無い。約束も果たせぬものに、結果は訪れない。すべてを間違ったのだ。理由は不明。事実のみが明確。解明の余地すら与えぬ絶望が、我を包み込む。
いまも尚、人々の流れを逆らうように歩き続ける。そして、それを否定するように、人々もまた、我と反して歩み続ける。諦めろと言わんばかりに、すれ違いざまに肩がぶつかっていく。
………なぜだ…。
しかしこの状況でも、こんな気持ちであるのにもかかわらず、足は止まらない。なぜだろうか。希望の灯はとっくに狼煙を上げているのに。それでも足は止まらない。とっくに歩くことする止めれる。なのに止まらない。止まれない。
何なんだよ………。
うすうす気づいていた。こんな自分でも、まだ、歩けることを。歩みを止めていないことを。そしてそれは、まだ進むことを諦めていないということを。とっくにすべてを放棄していたと思っていた。思っていただけだ。だけど、心の底では、まだ納得がいっていないことを。
かつての栄光を縋り付くプライドが。絶対的な魔王であった過去が。こんなみじめな姿を心の奥底から否定している。こんなはずではなかったと。こんな姿であってはならないと。
そうだ。なぜ今まで気づかなかった。自分の目で確認しないことには、この世界のことなど、分からない。事実はまだ、未確認だ。明確であっても、未確認だ。認識して初めて、事実となる。しかしその行動をとるということは、つまり答え合わせすることに等しい。
それはあまりにも今の我にとって恐怖である。しかし、これ以上恐怖を感じることはもうない。絶望の積み重ねにより、感情が麻痺しているのだろう。もう、どうにでもなれ精神だ。
「はっはっはっ」
再び乾いた笑みが、大通りにこぼれる。すれ違う人からは、奇妙な目で見られている。だが、それがどうした。
気持ちに無理な整理がつく。整理というより削除。現実という重みから解放された、空っぽの器のような気持ち。それにより、足取りも軽くなっていく。自暴自棄の行進が、ますます強まっていく。大通りを踏みしめるその一歩一歩が、否定の音として奏でられていく。
「どうにでもなれ……」
真実を確かめに行く。行き先が決まった。ようやく行き先が決まった。彼の家に行く。そこからの行動は考えない。真実を確認したい。この世界にいて欲しい。そして楽になりたい。どちらにせよ、諦めの念はついている。たらればなど知ったこっちゃない。今は事実を確認するだけでも、楽になれる。そしてその気持ちが足取りとして顕著に現れる。
来た道を戻るだけだ。知っている。出来る。前に進め。それは、知らないで溢れたこの世界で、唯一知っていること。唯一、今の我にできること。だから、終わりに向かて、進め。
こうして今まで歩いてきた道のりを、真っすぐと進んでいく。
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