紅一点の予感

 幻影魔術イルジョンによる変装を完了し、再び道に出た。ここはバルトリアとは違い、商いが盛んにおこなわれている町であった。 トリニティア公国最大の商業都市ヘルメルヴァ。


 道の至る所に店があり、旅人や行商人であふれかえっている。そしてここもまた、人種間を超えた関りをしていた。


 我はその道を、恐る恐るも歩いている。一見、先ほどと同じように思えるこの状況。だが、今回は違う。というのも、まず、見た目で嫌な顔をされることはなくなったからだ。


 それはここ数分間で証明されたのだ。


~~~


 それは、腹をくくってもう一度通りに出たときのこと。


 魔人の衣装を着て逃げていた時は、全ての人に石を投げられまくった。しかし姿を変えて路地裏から出てくると、先ほどは夢だったのではないかと思えるほどに、周囲の見る目が変わった。


 まず怪訝な顔をされることはなくなった。この収穫は非常に大きいものである。先ほどの騒ぎなどは一切怒らず、むしろ我の周囲は静かで、商店街のにぎやかな声が鮮明に聞こえるほどだ。


 ただ一つ問題がある。それは路地裏を出てからは、若い女からやたらと声をかけられるようになった。ちょっと、ほんの少し嬉しいが、今はそれどころではない。


「ってか露骨すぎねぇか?」


 ただ衣装を変え、髪の毛を結んだだけで、他は何も変えてないで!?そんなにあれ魔人の衣装があかんかったんか!?


 思わぬ現実を知り、少しショックに陥る。


 いや結構ショックや…。めっちゃ気に入ってたのに…。てゆうか、見た目すぎないかこの世界は! ?


「……まぁでも、あの狂気な嫌悪の要因は、これ以外にもあるんやろうな…」


~~~


 そして現在に至り、こうして通りを歩いてきた間に導いた答えが……そう。


 見た目第一。


 そして見た目を一新した今なら、少しは事情を聴くことができるであろう。人と話をできることは証明されたのだ。これだけの情報でもどれだけ心が救われるだろうか。いや、今までがひどすぎた。


 もちろん道中、声をかけてきた女たちにも事情を聴こうとしたが…。違う意味で話が通じなかった。


 それにまだ安心して会話をすることはできない。なぜなら正体を絶対に明かしてはならないからだ。あの集団リンチが始まったのも、我の正体を明かした途端であった。つまり、姿と身分を全て偽ることが今後の肝となる。


 着実に今後の作戦を立てながら商店街を歩いていく。すると少し前に、一人の男性老人が営んでいる店が見えてきた。


 せっかく通りかかるのだ。試しがてらに話しかけてみるか。


 そうして店の前まで足を運ぶ。しかしそれは恐怖なのか、その足取りはどこか慎重になる。そして店の目の前までくると、すこし身構えながら声をかける。


「……し、失礼。」

「おや、いらっしゃい。」


 その老人からは、温かい返事が返ってきた。警戒するあまり、少し変なしゃべり方になってしまったが、老人は快く返答してくれた。やはり怪訝な表情は一切ない。復活後初めてのまともな会話に、少し感動する。


 見た目ってすげぇな!こんなに態度が変わるもんなんか!?


「今日はどうされましたか?」


 そんな我を見つめ、老人は不思議そうにしながら問いかけてくる。


 …あかんあかん。さっきから見た目のことを考えすぎてる。一旦見た目は忘れよ。あの衣装も脳裏にちらついて仕方がない…っ。


 何か込み上げるものを噛み殺しながら老人の方へと顔を向ける。彼は穏やかに笑みを向けてくれている。こんなに良心的な対応をしてくれているのだ。なにか話さなければ、失礼というものだ。


 即座に頭をフル回転させ、話題を考える。しかし聞きたいことが先行しすぎて、まとまるものも、まとまらない。そして、苦し紛れに口を開く。


「…失敬。ここへ来てまだ日が浅くてな。いろいろ話を聞きたいのだ」


 結局、直球に言ってしまった。今まで考えた時間がまるで無駄だったかのような、質問。


 我は恐る恐る、老人の顔を見る。


「そうでしたか。どちらから?」


 彼は何一つ曇りなき眼差しを向けている。初対面で、それに買い物をしに来たわけでもない輩に、これ程の対応をしてくれている。本当に心優しい方のようだ。


 これは深く考え込む方が、裏目に出るな。素直に問いかけた方がよさそうであった。


 少し気が楽になったのを感じ、再び会話を続ける。


「…いや。各地を転々としていてな。決まったところはない。」

「なるほど。それは大変ですね…。私にお答えできることなら、ぜひお力になります」


 優しすぎるやろ!なんか、泣きそうや。


 いままでの災難から紅一点。今はこの老人の優しさに包み込まれている。ともあれ、話し方や身分の偽造については少々危ういところもあるのだが。


 まぁ、ばれてないし、ほぼ完璧やな。そうとなれば次の質問は―。


「すまない。…では。ここは、トリニティア公国で合っているのか」

「はい。そうです。」


 その言葉を耳にし、少し安堵する。


 よかった…。今まで違う世界におったと思ってたわ。


 これは確実に大きな情報であった。だが、まだ確証は得ていない。


「ありがとう。では、もう一つ聞きたい」


 そう。本命はこっちである。


「…今は、…6124年であるか」

「はい。そうです。」


 …確定だ。間違いない。只今の言葉をもって、予感が確信へと変わった。


 ここは我が復活した地であり、我が眠ってから3年後の世界だ。正真正銘の現実である。


 しかしこれが現実であるということは…。あの男勇者、一体何してんねん。


「感謝する。非常に役に立った。」

「そうですか。それならよかったです。」


 これで確証を得た。我は深く老人に礼をする。


 そうとなれば、あとはあのアホ勇者のところに行くだけだが…、どうする?王城にはバルトリアを通らなければ行けない。


 服をごまかせているとはいえ、一度足を運んだ町に服と髪型だけ変えても無駄なような気がする。顔を覚えられている可能性もある。


 顔全体にも幻影魔術イルジョンをかける手もある。そうすれば王城まで疑われずに済むだろう。さすがに王城まで来たら勇者もいることだろうし、身元を隠す必要はないだろうな。


 ただ残りの魔力量の関係上、そう長くは維持できそうにない。復活してろくに食事すらとっていないのだ。そのうえ体全体に魔術を付与している状態が続いている。消耗が激しい。だが、迷う暇もないのも事実。


 少し賭けに出るが、次の行動を決定する。我は再び老人に深く礼をし、王城へ向かうため、今歩いてきた方向へと体を向ける。


 一歩足を踏み出し、いざ戻らんとするその時。老人が去り際に声をかけてきた。


「しかしお客さん運がいいですね。の日に、この町に来られるなんて。存分にこの町を楽しんでいってください」


 ………ん?


 咄嗟に振り返る。


「今、何と言った?」

「あぁ、今日は継承祭といって、トリニティア中で新たに即位される君主様を皆で祝すのです」


 ……なんやそれ。ってかそれってつまり—。


「その祭りは、つまり…現君主が退位したということなのか…!?」 


 我の焦る気持ちは、追い越すように咄嗟に言葉となって発せられた。目の前の老人も少し困惑している。


「あぁ…いえいえ。まだ正式に王位継承は行われていませんよ?正式には継承祭の後日に行われます」

「そうか…まだなのだな」


 老人が言うにはまだ継承は行われていないらしい。だがそれは言い換えれば継承が数日後には行われるということだ。


 つまりあいつ勇者は我の評価を下げるだけ下げて、自分は静かにご隠居ですってか!?…どれだけ我を弄べば気が済むのだ!!


…。


「…しかし変だな」


 その場で小さく呟きながら考える。なぜかこの継承祭について引っかかることがある。


 まずあいつは我に対してここまで無礼をする男ではないはず。我の王位継承日も、我の願いを受け入れて覚悟を決めていた。


 それに別にいつ王位を継承しようが、あいつの勝手なのだ。もとはといえば我のわがままに付き合ってもらっていたのだ。


 生前頼んでいたことも、町を見る限り達成している。無詠唱魔術の普及は未確認だが、それでもやれるだけのことはやっていると感じられる。申し分ない成果だ。


 …だがなぜだ。何か引っかかる…。


 我が長考していると、老人が楽しそうに話の続きをする。


「しかも今回即位されるお方が女性の人族の方でし…」

「待て!」


 そこで咄嗟に言葉を止めてしまった。急に言葉を止められて老人は目を丸くしている。無礼を働き、我は反射的に頭を下げるが、俯くその顔には冷や汗が止まらない。


 は?人族の!?しかも女性の君主!?


「…っ!」


 ここで一つ、あることに気づく。それはこの現状に確信を持つのには早すぎたことを。いつからあいつがこの国の現君主だと決めつけていたのだ。まだ現君主については一言も聞いていない。


 ………。


「…ど、どうされましたか?」


 老人は恐る恐る我の顔色を窺っている。だが今の我にはそんなことに構っている心の余裕がない。


「……。…名は?」

「…はい?」

「名は!現君主の名前はなんだ!!」


 商店街中に大声が響く。目の前の老人も、突然の罵声に恐怖のあまり肩を震わせている。


 だが、もう我には心の余裕がない。もうこれ以上、イレギュラーを増やさないでほしい。しかし勘付いてしまったのだ。だから、怒り交じりにでも事実を確認しなければならい。


 それを感じ取ったのか、老人は震えながらも口をゆっくりと開く。


「…げ、現君主は―――」


 それは、聞き覚えの無い人物であり、しかし予想していた事態であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る