インショー

 どれほど走っただろうか。あの場から逃げる様に、ひたすら走り続けた。首都バルトリアから逃げ、隣町まで走り続けた。


 そして首都大通りから抜け、普通の道に出た。そこで体力の限界がきて、走るのをやめる。反射的に再び振り返る。追手はない。完全に逃げ切ったようだった。


「はぁ、はぁ。…一旦、休憩がしたい…」


 走ったせいで息切れがひどい。歩けはするが、できれば座りたい。どこか休める場所が欲しい。


 激しく打つ鼓動と呼吸を乱しながら、休める場所を探し歩く。辺りを見渡すと、大通りとは違ってここは行商人が多く行き交っている。ここも通行人が多いのか、道は大通りより舗装されていないが、綺麗だ。 しかし、ここでも我を見る目は変わらないらしい。変な物を見る目をされる。


 気分が悪いので、一刻も早くどこか隠れたい。そうして必死に一息つける場所を探していると、前方の通りの奥に路地裏へと続く道が見えた。


 ここだ…!


 そう思い、一直線に路地裏へと入っていく。路地裏へ入ると雪崩れる様にしゃがみ込み、息を整える。


「…はぁ、はぁ。…ようやく、落ち着けそうだ…」


 呼吸を落ち着かせていく。空気を体全体に沁み込ませていく。だんだんと酸素が頭に回り、正常な判断ができてくる。 そして脳が働き始め、今起こったことをゆっくりと振り返っていく。先ほどの光景が脳裏に焼き付いている。嫌でも思い出してしまうあの光景。


 ………。


 しかし、振り返ってもなぜ嫌われているのかがわからない… 。生前何か嫌われるようなことでもしたのだろうか?


 …いや、何もしてないな。というよりか、民から慕われてた…。たった3年で、敬意から嫌悪に変わっというのか…。


 明らかに異常な事態に、正常に機能する脳が拒否反応を起こす。壁にもたれ座りながら、頭を抱える。


 …っ!


 そこで急に、あることを思い出す。


 そうや…! あいつは…っ!?勇者は何をしてる!?我の評価がこうなってること、わかってんのか!?あの男…っ!今すぐ城に押しかけてぶん殴ってやる!


 抱えていた頭を一気に振り上げる。しかしそれも間もなく、再び下を向くことになる。


「……。はぁ…。…多分、無理…だろうな…」


 そうである。この状況下でまず、城内への侵入は不可能に近いのである。それに、民衆がこの状態だと、おそらく国の方針そのものが変化している可能性もある。


 …。


 その場で再び頭を抱え込む。あいつ勇者に嫌われているということだろうか?信じがたいがその可能性もある。だが、我が復活した以上、あいつ勇者が魔王城の客室に棺を運んだということは事実だ。それで我を嫌っていて、この仕打ちをするはずがない。もしそうなら、性格がこの世の終わりのクソ野郎だ。


「…でも、石を投げつけられたしな…」


 こんなに落胆したのはいつぶりだろうか!あぁくそ!ついさっき以来や! ぼけ!!


 もう訳が分かなかった。一旦状況を整理したい。頭の中では宇宙が広がり続けている。そして現状について、色々と聞きたいことが多すぎる。復活してから一度もまともに会話すらできていない。


 その場で深く考え込む。悩んでも現状は変化しないのだろうが、いまはこの現実から逃げ出したい。それほど、つらい。すべてを否定されたようだった。地位も、名誉も、存在すらも…。


 悔しい気持ちを抑える様に、服を握る。実際に服は着ていないので、肌を直接握っているのだが。


 …。…服。そうだ…。この服も……お気に入りだったのに…。それすらも……否定を…。


 その時、服について不可解な点を思い出す。


「…そういえば、あの少年は我の衣装を見て、不思議そうにしていたな」


 思い返せば民衆もそうだった。我を見るなり機嫌が悪くなっていった。皆、揃って機嫌が悪くなっていた。


「もしかして服装が、…駄目だったのか?」


 そんなわけないと俯きながら嘲笑したが、実際問題今はそれに賭けるしかなかった。もう、試すしか方法がない。取れる手段はとる。この現状を把握できるなら、どんな手でも試すしかない。我がままを言えるような状況ではない。


 「……やってみるか」


 渋々、幻影魔術イルジョンを解き、再びその肌をあらわにする。


「…確か…こんな感じの…衣装だったか?」


 一息つかず、すぐさま幻影魔術イルジョンを再び身に纏わせる。先の民衆の衣装を見て、なんとなくそれっぽいものを纏う。おそらくこれが今の流行らしい。まだ完全に姿を偽れていないので、お情け程度に髪の毛をくくってみる。


 これで先ほどよりかは随分と今風の姿になった。おそらく初対面で警戒されることはないだろう。これで会話ができるならお安い御用だ。


 着替え終わるとゆっくりとその場を立ち上がり、路地裏の出口まで歩む。目の前に先程の通りが見える。通りに出る際、少しためらう。もはやトラウマのような出来事であったので、仕方ないだろう。だが、ここでくじけている暇はない。


 覚悟を入れ直すように、自らの頬を両手で叩く。気合を入れ直す。元魔王たるこの我が、こんな出鼻をくじかれるようなことをやすやすと受け入れるはずがない。


 目の前では行商人が盛んに行きかう通り。それを数秒間、真っすぐと見つめる。そして、路地裏から通りへと足を運びだす。

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