恐れることのない存在だった

 山の麓まで下り、目的地へと近づいていく。その道中、振り返って山を見てみると、魔王城があった場所だけ、あからさまに異様に平たくなった山ができていた。他の山と比べてもきれいさっぱりとしてしまっている。


 なかなか派手にやってしまった…。一目見ただけで丸わかり。…これ、騒ぎじゃ済まないのでは…?……今のうちに口実、作っとくか。


 現在、我がいる位置は魔王城がある山の麓。そして、そこから少し進めば、目的地であるトリニティア公国首都バルトリアだ。つまり、この場から山のあの異様な平たさが視認できているということは、首都内でも目視可能ということになる。そして、先程の派手な爆発音。つまり、都内は騒ぎになっている確率が高い。


 そして、そんな混乱の中、死んでた魔王が復活しました、というのはさらに民の混乱を招く。このタイミングではない。もっと、良い登場の仕方があるはずだ。


 つまり何が言いたいかと言うと……。…城の爆破は、…間違いであったということだ。


 でも、仕方ないやん…。閉じ込められてたんです。だって、ドア開けたら岩がこんにちはしてたんです。どないしろっちゅうねん。後先考える暇もないです。だから仕方ないんです。


 よし。これでいけるだろう。あいつ勇者も許してくれるやろ。ってかそんなことで怒るような奴ではないはずだ。いけるいける。


 魔王城爆破の口実を、半ば現実逃避により完成させると、再び足を運びだす。麓から、首都までは徒歩数分で着くくらい近い。実際、葬儀の時は、恐らくこの道を通って我の棺を運んだはずだ。だから、それほど距離がない。


 そして、歩くこと数分。


 我が国であるトリニティア公国に到着した。この世界では、分かりやすい国境などは無く、よくある囲まれた国というものではない。そのため、住人及び旅人の行き交いが盛んであり、首都ともなれば多種多様な人種で溢れかえっている。


 その首都であるここバルトリアは、まるでおとぎ話に出てくるかのような中世ゴシック建築であった。道や建物が石造りでできており、時折木造のものある。建物はみな、屋根が高くとがった形をしていて、一つ一つが美しくそびえたっている。


 そしてまた少し歩ませると、早速目の前に大きな道が広がってくる。これが首都大通りだ。


 大通りを行き交う人々は皆、種族、性別が多種多様であり、人族から魔族まで、人種を超えた関りをしている。商人や旅人、住人などが分け隔てなく盛んにかかわっている。まぁ、3年しか経っていないので、変わらずといったところである。


 それにしてもあいつ勇者…。しっかりとこの国を治めている!ちゃんと両種族を平等に扱ってる。いやー感心したっ!生前はどうなることかと心配してたけど、これやったら全然いける!やるやん!


 すっかり町の情勢が向上しているのを確認し、勇者を感心する。町の状態はかなり良好のようであった。……しかし、不可解な点がある。


 一つは、先の爆発による、町の混乱が全くないことだ。魔王城とこの町はさほど離れていないので、爆発音ともあればすぐに人々が気づくはずだった。しかし町はあまりにも異様な空気間である。そしてそれはもう一つの懸念点につながる。


 それが、予定では復活をして町へ降りたら、大歓声を受けるはずだったということだ。自画自賛をするつもりではないが、一応我は世界を救った身。そしてこの国を建国し、治めていた身でもある。3年が経過したとはいえ、さすがに住民がすべてを忘れていることはないだろう。であれば、容姿がまったく変わらず、復活した我を見て、歓喜する者もいてはおかしくないはずだ。


 それなのに…。すれ違う民衆には、軒並み怪訝そうな顔を向けられる。 それはこの国の住民らしき人物からも、旅人からも、すべてのすれ違う通行人から向けられている眼差しだ。


 …なんで?ちょっとは驚きがあると思ってたんやけど?そりゃ、死んだ奴がもっかい現れたらちょっと気持ち悪いけど…。でも、そんな目をするほどか!?結構、蔑んでるけどその瞳!?


 心臓の打つ脈が次第に変調してくる。額には少し冷や汗も出てきている。それでもなお、すれ違う人々からは物凄い眼差しを向けられる。


 …っ!まさかあれか!?魔王城爆破したのがそんなにあかんかったか!?でも町の人々は、何一つ爆発について話題にしていないのだが…。それともなんだ!?服に何かついているのか!?


 咄嗟に自分の身体を見る。だが特におかしなところはない。汚れ一つない真っ白だ。 しかし、変わらずすれ違う民衆は、ものすごく嫌な顔を向けてくる。謎でしかない。


 こうして首都内をトボトボと歩きながら、頭を悩ませていると、ふと、視線を感じる。見れば、ひとりの少年が我を真っすぐと見つめていた。その少年は、何一つ曇りなき眼差しを向けている。


 思わず足を止めてしまう。一瞬、周りがざわつくが、それもすぐに収まる。そして、少年が目の前まで近づいてくる。背丈からしてまだ十くらいだろうか。純粋な瞳が輝いている。少年は目の前までくると、そこで止まり、不思議そうに尋ねてきた。


「おじさん。なんでそんな変な恰好してるの?」


 …………。


 …まじかこいつ。


 ええか坊主。あんたが復活して最初の会話相手や。でもな。王の衣装をというのは少々無礼じゃないか?しかもと謳われたこの我にむっかって「おじさん」て、時代が違えばどつきまわしとったところやぞ!?…って、思いそうになったわ。


 ふぅ…。


 …いやしかし落ち着け、我。子どもにむきになっている魔王など誰が見たいのだ。いや、見たくない。そうだ…。落ち着け…。


 深呼吸ー。


 自分に言い聞かせる様に自我を保つ。そして我は少年に向かって、丁寧に、そして確りと、口調を変えて言い聞かせる。


「よいか坊や。これはと言ってな。これは我にしか着ることが許されていない服なのだ」


 そう説明していくと、少年の目はますます輝きを増していく。次第に我も気持ちよくなっていく。


「はっはっはっ。そう焦るな少年よ。そうである!我こそが人魔対戦を収め3年前にこの地を治めた英雄。ライカス・ブリエーミアである!!」


 完全にキマった!少年よ、まじ感謝!!我の復活後の最高の舞台を作ってくれた!こんなにすんなり決め台詞言えるとは思っていなかったけど。


 天に手を掲げて決めポーズをしながら、ゆっくりと少年の方を見る。少年の瞳は最高潮に輝いている。…が、しかし。


 …なんだ。あんまし周りは盛り上がってないな。


 少し嫌な予感がする。ゆっくりと周囲を見渡す。するとそこには、先ほど怪訝そうな顔を向けていた人々が、恐ろしいものを見たと言わんばかりの形相でこちらを睨んでいる。


「こら!やばい人に近づかない!話しかけない!」


 するとふと、そんな声が耳に入る。見ればいつの間にか先ほどの少年の隣に、恐らく親と思わしき女性がいた。そして、少年の手を引き、小声で叱りながら遠ざかっていく。


 我はそれをただ見つめる。いや、呆気にとられたというべきだろうか。周囲は親子が去って少し静寂が訪れ、少ししてから再びざわつき始きる。


 なんでやねん。我、そんなにやばい人じゃないで? ほんでなんでそんなにざわつくのだ?我やで?3年前、この国治めてたんですけど?今ここにおる人が奇跡的に我を知らん人やったてこと?いやでもあの少年の親らしき人物は、確実に言うてたしな。あぁもう訳分からわ!とりあえず話を聞いてもらおう!


 この現状に少し苛立ちながらも、状況を確認するために周囲の人々に問いかけてみる。


「あーすまぬ皆の者。落ち着け。我であるぞ。覚えておらぬか?この魔…」

「うるせぇ!」



 は?


 聞こえてきたのは、罵声であった。


「近づくんじゃねぇ!変質者!」

「とっとと失せろ!」

「消えろ!疫病神!」


 それは嘘偽りのない、罵詈雑言であった。そして我はそれに、ただ佇むことしかできなかった。

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