魔王復活編

ただいま

 体に冷たいという感覚が伝わる。そう、肌が判断する。空気を直に感じ、それはこの場が冷えきっているという情報となる。そしてそれが次第に脳へと伝わる。だんだん意識が戻ってくる。


 意識が覚醒していく。まだ脳は完全に機能しない。ただひたすらに冷たいという感覚だけが脳に伝わる。


 息をする。冷たい空気を胸部が膨らむほどに取り込む。そこで意識が覚醒する。そして自分の今の現状を理解し始める。


 仰向けだ。今自分は仰向けになっている。


 ゆっくりと呼吸を繰り返す。脳へ、全身へ、酸素を沁み込ませるように。


 十分に呼吸をし、各器官が喜ぶように活動を再開するのを確認する。そしてゆっくりと閉ざされていた瞼を開ける。


 目を覚ます。そしてそこから得られた視覚情報。


 暗い。目の前が真っ暗で何も見えない。首をゆっくりと動かし、左右を見渡す。しかし、目に入ってくる全てが同じ景色であった。


 もう一度深く空気を取り込む。次は体を動かし寝返りを打とうとする。しかし、今いる場所が狭いのか、少し動いただけで体はせき止められる。


 そこで漸く脳が理解する。


 そう。復活したのだ。


 棺に入れられたのを最後に、この場所に居続けたのだ。


 現状を十分に把握し、再び顔と体を正面に向ける。目では見えていないが、棺の中であれば、この上が棺の扉になっているはずだ。これを開けるためには当たり前だが腕が必要だ。


 腕の存在を感じる。どうやら胸の上で抑える様に組まれているらしい。よくある棺の中の眠りのつき方だ。そして脳内で現状、棺の中にいる自分をイメージをする。体が少ししか動けないほどの場所に、腕をたたんで仰向けになる自分を。それは死人というものを見事に体現していた。


 状況を把握し、ゆっくりとその胸上にある腕を真上へと上げる。少しの腕を伸ばしたところで、手の甲が何かにあたった。おそらくこれが棺の扉だ。それを感じ取り手の甲を裏返し、手のひらを付ける。そしてゆっくりと息を吐きながら腕に力を入れ、当たっている物を押す。


 腕を少し伸ばすと、棺は簡単に開いた。開けられた棺の隙間から空気が入り込んでくる。その空気は今よりもずっと冷たいものであった。


 腕を完全に伸ばし切ると、扉は完全に開け、体中で空気を感じる。やはり先ほどより冷たい空気だ。


 全身で空気を堪能すると、手のひらにある扉をどかすため、自分から見て左側へと放り投げる。その際、割れるような音を響かせる。少し乱暴に扱ってしまったことに反省する。


 扉が無くなった棺から得られる視覚。それは先ほどとはあまり変わり映えの無い景色だった。ほとんど真っ暗。辛うじて自分の手が見える程度。ただその先は何も見えない暗闇であった。その場で上体だけ起こしてみるがやはり視覚に変わりはなかった。


 このまま行動をしては危険だと判断し、明かりを確保しようとする。復活した手前、魔力を消費するのは少し不安だが、今明かりを確保できる方法がそれしかないので仕方がない。


 そう心の中で決め、ゆっくり右腕を伸ばして人差し指を立てる。その立てられた指に全身の魔力を集中させる。全身の血管が浮き出て、その全てが右腕の方へと一直線に集約していく。そしてその終着点である指先に次第に魔力が溜まっていき 、輝き始める。そして十分に魔力が溜めると、今発動しようとしている魔術のイメージをする。


 光。明かりの確保。それらに最適な魔術をイメージする。そして無詠唱で発動させる。


 光属魔術ライト


 指先に溜められた魔力は、無詠唱により発動され、明かりを一層強いものにしていく。その場がだんだんと明るくなっていく。気づけば辺り四メートル四方を視認できる程の明るさを確保していた。


 ようやく視覚情報が役に立つところで、辺りをもう一度見渡す。左右に見渡した後、体と首をひねらせて背中を見る様に振り返る。


 そこは一面大理石でできた部屋だった。そしてこの情報を知れたことは大きい。何せ、確りとあの勇者が、この部屋に我を運んでくれた証拠だということだからだ。


 知っている景色と勇者が行ってくれたことを認識し、少し安堵する。これにより、我の復活が成功したということだ。本当に心から安堵する。


 となれば、この場に居座っても仕方がない。早く皆の元へと行こう。そう決心し、棺の中に納まっていた体を動かす。ゆっくりと下半身を棺から出し、その大理石でできた床に足を着ける。久しぶりに地に足を着けるので力を入れて、ゆっくりと体を起こす。無事に棺から出ると、その場に直立する。そして、もう一度その場で周囲を見渡す。


 しかし何度見てもここは大理石で覆われた一室だ。変わりはない。ただ、その情報に心から安堵する。目の前に差し出していた右腕と、左腕を大きく横に広げ、大きく息を吸う。我は今まさに復活し、再び生を実感する。


 ………そういや皆は、…どうしてるんかな…?気になるな…。


 ふとそう思う。


 一発大声を出したら、皆はびっくりするかな?一回やってみるか。記念すべき復活後第一声やしな。ちゃんと帰ってきたんやから、言うべきもんは言わなあかんやろ。


 そう決め、我はゆっくりと肺に空気を入れる。そして口を大きく開け、復活の報せを全力で発する。


「ただいま!われ!ふっっっかつ!!!!!」


………………。


 静寂。返答はない。


 ……しかし変や。気配が全くない。 返答はなくとも、気配くらいは感じられるものなんやが…。


 不思議に思いながらも、皆に再開するために入り口のドアが見えるほうへと足を運ぶ。ドアに近づくことにより、その大理石でできた部屋の壁が だんだんと視認できるようになってくる。そして完全に見えるようになったところで異変を感じる。


 「………おおきな……ヒビ…?」


 そこには壁一面中に大きなヒビが所々に入っていた。それはあり得ないほどに大きく、そしてありえないほどの数であった。その間から、草などが生えている。たった3年間で、室内の壁がこれほどの惨状になることがあんのやろか。いや、ない。


「………とりあえず外に出んことにはわからんな…」


 外に行けば、もしかしたら前と変わらぬ景色が待っているかもしれない。…そうや。みんなが待っている。爺やも待ちくたびれているはずや。そうと決まれば早く外に出よ。


 我は入り口の扉の前まで歩き、その扉に手をかける。そしてゆっくりとそのドアノブを回す。しかし…。


「…!?なんこれ…!?開へん!?」


 固く閉ざされた扉。まったくもって動くことのないドアノブ。何回も回してみるが、回る気配がない。


「……しゃーないな…」


 仕方がないので、強硬策で足で突き破った。ドアの破片が当たり散り、大きな音を叩て地面に落ちていく。


 大丈夫。後で直せば問題ない。もとはといえば、自分がどうにかすると言っていたんやし。 これはねん。


「…さて、出るか」


 ドアを破壊し、部屋から一歩出るため、再び右腕で前方を照らし、前に進もうとする。


 しかし、視界に広がっていたのは壁。…というよりかは、岩だった。所々ヒビが入っており、 そこから草が覆い茂っている。そんな、大きな岩が目の前に広がっていた。


「!?どないなってんねん…!?これじゃ外に出られへ……ッ!」


 その時気づいた。


 そう。


 閉じ込められてしまったのだ。頑丈に室内を囲うようにして、岩が張り巡らされている。そして身分が身分。魔王である我の立場で、この状況は…


「……監禁、されたか…」


 誰もいない部屋で一人呟く。


 あぁ…。こんなに落胆したのはいつぶりや…。初めて爺やの飯を食った時以来やわ。


 それよりどうしよか。このままじゃ、外に出ることすらできへん。ほんで多分、この城はもう駄目や…。さすがにこの惨状じゃ…爺やもここにはもう、居ないやろ……。 …おったら逆にやばい。


 魔王城のこの惨状。部屋の外を覆いつくす岩の壁。そして我の身分が魔王。おそらくは監禁されている。情報を整理すると、なかなか最悪な現状や…。


 …この現状で、外に出る方法。となれば、方法は…一つやな。


「あんまし気ぃは乗らんなぁ…」


 目の前の岩を睨みつける。この方法を取るのは、今後のことを考えるとあまり良くはないんやけど…。この他に方法が思いつかない。復活後ということもあり、魔力を消費もしたくないんやけどな…。


「…まぁ、復活祝いも兼ねてやな」


 ため息をこぼして、気分を切り替える。そして、目の前で阻む岩に向かってにやりと笑いかける。


「おい。どこのどいつか知らんけど……我を閉じ込めたからには、覚悟はできてんやろな…?」


 我は両手を広げ、手のひらに魔力をためていく。すると部屋全体が、次第に明るくなっていく。 その明るさは先ほどとは程遠いほどに明るい。全身の血管が浮き出て、両手に一直線に溜まっていく。膨大な魔力が両手にたまっていく。


 そして、現状出せる最大量の魔力を溜め込む。部屋全体の空気が我に集まり、大きな風を生んでいる。大きな音を立てながら、たちまち室内は災害のようになる。


 我は再び、口角を上げる。


「今から見つけに行くから、大人しぃ待っとけよ!!」


 十分に魔力を溜め込んだ手のひらを、勢いよく合わせる。


  その瞬間、凄まじい衝撃音とともに辺りが爆ぜる。そして、全てをのみ込んでいく。部屋全体を。そしてその外を。魔王城を。


 その部屋から放たれた魔術は、ある部屋から放たれた一つの魔術。そこから生み出された破滅の災害。辺り一帯すべてを破壊する、最上級の魔術。


 放った魔術により、魔王城は、一瞬で跡形も無くなってしまった。


 ほとんど平地になってしまったこの場で、我はただただ立ち尽くす。まだ少し、破壊された破片がパラパラと音を立てている。


 上を見ればお天道様が快く出迎えてくれている。空一面、綺麗な青だ。日の光を遮る様に、目の前で手の影を作る。久しぶりの外だ。眩しい…。


 そして、爆発の残響を耳の奥に残しながら、静まり返ったこの丘で一人立ち尽くす。風の音がよく聞こえる。久しぶりの日の光と、新鮮な空気を肌で犇々と感じる。そして生きていると実感する。空気を体に沁み込ませるように、呼吸する。…そして、ふと現実にもどる。


 ………これ、少しやりすぎたんじゃね?


 腰に手を当て、ゆっくりと辺りを見渡す。言葉通りの跡形も無い。まぁ、正直この城は建て替えようと思っていたから、ちょうどええわ。


 んなことより、これは目立ってしまうやろうな…。なんせこの城は、首都バルトリアの山の頂にあるからな。たぶん今頃町は、山が爆発したと大騒ぎに違いない。 あぁ、目立ちたがりな癖を悔やんでまう。反省反省っ。


 ってかここまで豪快やと、なんか清々しさも感じてしまうな。逆に満足や。もはや謎の優越感が出てきた。


「…ふぅ。さて、魔力も出してスッキリしたし、町へ降りるか。」


 楽しみやなぁ。3年ぶりや。バルトリアへ降りたらさぞ、民は驚くやろうな。そう考えると気分が高まってくる。覚えてくれてるだろうか?あの勇者が、今は町を治めているからな…。我の事なんか忘れてるかもしれん。


 というよりか、魔王城をこうにもしてしまった人物は誰なんや…。魔王城にいた人たちも全員いないようやし…。まぁ、追々判明してくるか。今はとりあえず、町へ降りて知人との再会すんのが最優先やな。


 体を町の方へと向け、足を踏み出そうとする。その時に自分の身体状況について、ようやく気付いた。


 …うわっ。そういや我全裸やったんや…。忘れてたぁ…。かぁ…危うくキモキモ処刑案件やわ…。あぶねぇ…気づいてよかたーー…。


 咄嗟に幻影魔術イルジョンを無詠唱し、かつて着ていた衣装を身に纏う。身に纏うというよりかは、幻影なので、実際には身に着けていない。正確には、光の屈折を利用した幻覚に近いものである。なので、裸は裸のままであって、魔術効果が切れてしまうと、全てがこんにちはである。


 その衣装は白く覆われたローブのようなもので、後ろにはカーネーションの花柄が中央に描かれている。


 我は仕切り直すように深呼吸をする。人前では口調も変えなければいけない。気を引き締めていかんとな。


「すぅー…はぁー―…。…よし!行こうか!」


 そして町の方へと足を踏み出す。

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