第23話:転生の魔女

 暗黒の空間に私は浮かんでいた。


『よくやった、スカーレット』


 その声に顔をあげる。輝く人影が闇に浮かんでいた。


「サイレン……?」

『ああ』

「どうなったんだ、これは。私たちは勝ったのか?」

『いや』


 明確な否定に、私は肩を落とす。


勝ててはいない』

「まだ? まだなにかあるのか?」

『ああ』 


 サイレンは頷いた。その表情は輝きに飲まれていて見えない。


『ソピアたちはメビウスからこぼれ落ちた別の宇宙に散った。真なる神プロパテールを模した塑像そぞうの神を持って』

「あれは私が破壊した……」

『ああ。だから中途半端な神だということだ。お前のそのの記憶を得て、そしてそれを消滅せしめて、塑像の神はようやく本当の神となる』

「私の記憶を?」

『そう。だから私は、お前の記憶を散逸させる。記憶が集まらない限り、ソピアはお前を殺しはしない』


 サイレンの言葉に、私は色々と合点が行った。サイレン、すなわちメルタナーザさんが、私の記憶を奪い、宇宙の魂たちに散らしたのだ。


 そしてソピアと大佐はそれを知る。


 だから、私の記憶を取り戻させようとして数多くのゼタを私の周りに集めた。


 メルタナーザさんは私が戦えるようになるまでの時間稼ぎを、ソピアたちは私が一刻も早くの記憶を取り戻すことを、それぞれ目論もくろんだ。そして両者の目的は同時に果たされた。


「サイレン、聞きたい事がある」

『なんだ』

は、なぜ自ら死を選んだ」

『死、か』


 サイレンはふと一呼吸置いた。


『私は。しかし、それゆえに世界の永劫回帰のことわりは残り続けてしまう。この私に縛られて』

「まさか」 

この世界メビウスは地獄――大佐はそう言っていただろう。そう、地獄なのだ。そして私がいる限り、この地獄は永遠に巡り続ける』

「だからって!?」

『それに』

「……それに?」

『わたしが監視し続けなくちゃならない世界では、もうないと思ってね』


 口調が変わった。メルタナーザさんのものだとすぐに分かる。


 光の中から、あの魔女が姿を見せる。


『スカーレット。わたしはいつでもあんたといる。ジルのそばにも、だ。二人の幸せな結末を見届けるまでは、わたしはいつでもそばにいる』

「慰めには、ならないよ」


 私の姿が、十六歳で銀髪の私に変わっていた。


 私は私を外から見ているのだ。


「抱きつけないんじゃ、意味がないよ」

『あんたが抱きつく相手はわたしじゃぁないだろう?』

「そうじゃない! ジルだってかわいそうだ! どうして。他に手段は」

『そろそろ引退させちゃくれないものかねぇ? あんたたちの世界はあんたたちのものだよ。神や、私のような神に準ずるものは、世界に生きる人間たちの心の中にだけいればいいんだ。だから、私は不滅なんだよ。あんたたちがいてくれる限りは』

「でも、でも……」


 私は泣いていた。いつからこんなに泣き虫になったんだろうというくらい、私はしゃくり上げていた。四歳の子どものようだった。


『それにスカーレット。あんたの戦いはまだ終わっちゃいないよ』

「え……?」

『ピスティス=ソピア。奴がまだ残っている。父なる神を愛し、拒絶され、故に父を模した、自身を愛してくれる神を創り、真なる神プロパテールえんとした傲岸不遜ごうがんふそんな女神。奴を処断することはどの宇宙でもできなかった。だけどこの宇宙ここが最後だ。……最後にしよう』


 女神ソピア。大佐すら利用して、自らの望みを叶えようとする女神――グラウ。


「……わかったよ、メルタナーザさん。でも私は世界を救おうとかそういうのじゃない。動機は不純だ。それでもいいのかな」

『愛する人と添い遂げたいから、だろう?』

「う、うん」


 真正面から言われると少し気恥ずかしくもある。


 メルタナーザさんは私の両肩に手を置いて、ポンポンと叩いた。


『それ以上の動機が、この世界のどこにあるっていうんだい?』


 その言葉が私の胸に行き渡った瞬間に、世界が色を帯びた。

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