第20話:十二年前の真相

 ベルド市には大佐の襲撃以後、強力なゼタが何度も出現した。そのたびに大きな被害が出ていたし、私たちも散々に苦戦させられた。街の対処で手一杯で、炭鉱の掃除をするいとまもない。結果として炭鉱にはゼタが群れ、炭鉱の業務は滞っていた。昨日、事務所を一時閉鎖すると言っていたから、今の炭鉱は無人だ。


 そこで私はジルを伴って、魔窟と化した炭鉱に向かった。時刻は正午をだいぶ回った頃。秋風が吹いているとはいえ、まだまだ温かい。


 炭鉱の入り口付近にゼタが彷徨うろついていた。この前現れたトカゲ級のが五体だ。ジルはさすがに様子を見よう、サレイたちを呼ぼうと提案したが、私は前に出ることを選んだ。

 

 すぐにトカゲたちは私に気付いて突進してくる。人間を何人も丸呑みにできるサイズだ。移動速度も速い。


「アスタ!」

『ほーい』


 気の抜けた返事を返してくるアスタ。よかった、以前のアスタだ。


「気合を見せろ!」

『ベッ、別にあんたのために――』

「うっさい!」


 先頭のトカゲに向けて大剣アスタルテを一閃する。物理的な距離はまだ二十メートルはあった。だが、トカゲは上部と下部にきれいに分断されて崩壊した。


「すご……」


 あまりの威力に私自身が呆然とする。


 その間に迫ってきたトカゲその二とその三が口から、何やら熱線を吐き出す。


「アスタ!」

『べっ、別に――』

「そのネタは飽きた!」


 私に命中する直前に、バシィンという音が鳴り響き、二つの熱線が消える。


「やるじゃん」


 私はその二の方に向けて一挙跳躍する。その瞬間にその四とその五が熱線を飛ばしてきたが、どちらもアスタの障壁によって中和されていた。私には温かい風が届いたくらいだ。


「はっ!」


 打ち下ろした大剣アスタルテはその二を文字通り細切れに粉砕した。強烈な酸性の体液が雨のように降り注ぐが、私には当たらない。着地と同時に牙を向いてきたその三の顔面を縦一閃に斬り開く。


『とっておきいっちゃう?』

「なんだよそれ」

『見てのお楽しみ!』


 その四とその五が同時に飛び掛かってきた。大きな顎だな、と思った。


「アスタ、って!」

了解アイ・コピー


 私は大剣アスタルテを地面に突き刺した。その瞬間、それぞれのトカゲの真下から切っ先が飛び出して、トカゲの胴体を串刺しにした。何だこの攻撃。


『エクスターミネイター!』


 アスタルテの声とともに、切っ先が白熱した。トカゲが青白い炎に包まれる。熱風が私にも届く。


『バーストォォォッ!』


 ばつん。


 何かが切れるような音がしたその直後、トカゲが破裂した。その破片は私に届く前に燃え上がって消えてしまった。


「すっご……」


 ジルが呟きながら私のところへやってきた。


『へへん、これがあたしの真の実力。思い知ったか』

「減らず口叩いてるとイシュタルに代わってもらうぞ」

『うっ……それは……』


 本気で嫌そうな声を出すアスタ。お前たち、同一のシステムじゃないのか。


「すごいよ、スカーレット」


 ジルが私の背中に抱きついてくる。私は息を吐きながら「すごいね、これ」と応じる。


「まさに覚醒って感じだ」

「うんうん」


 ジルは炭鉱の方を見ながら頷いた。


「で、本当に行くの?」

「行く。どのみちちゃんと掃除しておかないとイヴァンさんも困るだろうし鉱夫の人だって生活があるし」

「わかった。アタシも行くからね」

「守るから」

「頼りにしてる」


 くして私たちは二人で炭鉱の中に踏み入った。


 炭鉱に湧いているゼタも、サレイたちならいざしらず、他の狩人では歯が立たないようなものがうじゃうじゃと湧いていた。私が見たことのないタイプのゼタもたくさんいた。


「なんていう危険地帯だ」

「だね」 


 相槌を打ちながら、ジルは電撃魔法を放つ。人間サイズのネズミ型ゼタが黒焦げになって消える。鉱物のドロップは放置だ。重たい金属塊をそんなに持っては歩けないし、邪魔になる。帰りの道でめぼしいものを拾えばいい。


「ドラゴンの部屋まで行ったら帰ろう」

「それって最奥部じゃん」

「うん」


 蔓延はびこるゼタたちは拍子抜けするほど簡単に撃破できた。アスタ――イシュタルの力のおかげである。


「でもさすがにちょっと疲れてきたな」

「休憩する?」

「そこの簡易昇降装置エレベータの前でちょっと休もう」

「ういうい」


 私たちはゼタがいないことを十分に確認してから、久しぶりに腰をおろした。


「ゼタは突然湧くからね、油断しちゃいけないよ、スカーレット」

「わかってる。でもなんか妙だと思わない?」

「何が?」

「なんで炭鉱はなの?」

「屋内でゼタが湧く例外?」

「うん」

「なんでそれをメルタナーザさんは知っているの?」

「うーん……」


 ジルは眉間にしわを寄せて考えこんだ。


「あ、だって、師匠は何でも知ってるじゃない。宇宙のことすら」

「でもだったらなんで、そんな危険な場所を開発して、人々の生活基盤なんかにしたの? もっと別の場所で、もっと安全な炭鉱を作ることだってできたじゃない」

「う、うーん」


 ジルは腕を組む。私は携帯していた干し肉をかじる。ジルは水を口に含んで、険しい顔をしている。


「キミがここに居着く理由のため?」

「それはあるかも」


 ゼタ狩りという大義名分がなければ、確かに私はこの街にいられなかった。


 だけどそれだけだろうか?


 ドラゴンのゼタみたいな、桁違いの強さを持つゼタが現れたのも気になる。ましてもしかしたら誰にも気付かれないままだった可能性もある、炭鉱の一番奥なんかに。


 私は立ち上がって全身をほぐす。ドラゴンの部屋が空っぽだとは思えない。私はあそこには更に強大なゼタがいると予感している。呼ばれている気さえするのだ。


「行く?」

「うん」


 私たちは一路、ドラゴンの部屋へと向かった。入り口から様子を見ると、やはりいた。だが――。


「あれは」


 夢の中で見た男だ。遠目にもその銀髪はよく見える。夢で見たのと同じように、黒い服を身に着けていた。ジルが私の鎧の肩当てを突っつく。


「……だれ?」

「多分あっちの世界メビウスの関係者」

「キミと同じ髪と目だ」

「うん」


 ジルは私よりも目がいいのか、決して明るくはない空間であるにも関わらず彼の瞳の色も見えているようだ。


「やぁ、スカーレット。いや、ジーナと呼んだほうがいい?」

「スカーレットでいい」


 ジーナは私の本当の名前らしいが、しっくりこない。


「それはそうと、あんたは誰なの?」

「まだ僕を思い出せない?」

「……うん」


 私は素直に頷いた。男は肩を大袈裟にすくめた。


「十二年――」

「私の村が全滅したことと関係が?」


 食い気味に私は尋ねた。男は頷く。


あっちの世界メビウスでは、僕はサイファー・オブリヴィオンと呼ばれていた。忘れられたゼロとでも言う?」

「よくわからない」

「だろうね」


 私はジルを背中にかばいながら、ドラゴンの部屋の中央――男のいる場所――に近付いていく。ゼタの気配は今のところない。


「それはそうと、ええと、サイファー? こんなところでずっと待っていたのか」

「まさか」


 男――サイファーは愉快そうに笑う。


「僕もいま来た所さ。君がここに来ることは確定事項だったからね」

「どうしてわかる?」

「どうしても、さ。サイレン――君たちの言うメルタナーザに頼まれてね」

「師匠が?」


 いぶかしげな声を出すジル。サイファーは「ああ」と首肯しゅこうした。


「スカーレットの記憶のピースが完全に揃った時、女神ソピアは君を滅ぼしに来るだろう」

「……ずっと不思議だったんだけど」


 私はサイファーまで五歩の距離に近付いた。やろうと思えば一瞬で一刀両断にできる距離だ。


「どうして私が神に狙われるようなことに? いや、なんかに?」


 この際、、とすら言い換えられる。


 サイファーは「どうしたものかな?」と腕を組んで宙をにらむ。


「君はなんだよ、スカーレット」


 やがて告げられたその言葉に、私はジルと顔を見合わせた。


「神殺し?」

「そう。君はあの世界メビウスで神を殺した。その結果、メビウスは壊れ、ここを始めとする無数の宇宙が成立した。もっと上のレイヤーも、おそらく影響を受けただろう」

「ちょ、ちょっと待って?」


 私は思わずその言葉を中断させる。


「それって、私が世界を壊したってことになる? ならない?」

「なる」


 無慈悲な肯定に私は衝撃を受ける。


「ただ、君が神をらなければ、世界はソピアと大佐の思うがままになっていたはず。真なる神プロパテールを模した、塑像そぞうの神を父とした世界に。その楽園からこぼれ出た魂に救済はない」


 それにね、と、サイファーは続ける。


「その世界では、君とセブンスは永遠に交わらない。君は世界を救う救わない以前の問題として、セブンスとの再会だけを願った」

「その結果、私は塑像そぞうの神を……」

「そう、殺した」

「でも、真なる神プロパテールとやらは残ったんだろう? だったら世界は……」

「いや」


 サイファーは首を振る。


はメビウスよりも上位のレイヤーに本質を置いている、概念なんだ。そこには善悪も何もない。そして執着もない」

「メビウスは見放された?」

「そう、神から切り離された。ソピアの夢は一度は完遂したんだ。大母たる自らが生み出した塑像の神を、自らの愛する父として、真なる神プロパテールになり変わらせるという夢はね」

「その新たな神を、私が? 殺した?」

「肯定だよ、スカーレット」


 信じられない。なんてことが。


「その結果、絶対的観測者たる神が不在となったメビウスは崩壊した。そこからこぼれ落ちた魂、いわば記憶から作られたのが、この世界」

「そしてアタシとスカーレットは再会した……」

「そうだよ、セブンス」


 サイファーは頷く。


「この宇宙で、僕はようやく終わりを見つけた。女神ソピアと大佐の終わりをね」

「私は再びことになる?」

「ああ。そうしてくれると嬉しいね」

「あんたは助けてくれないのか」

「僕は観測者にすぎない。僕は事象に直接関与することができないんだ」


 そうと言われたらなるほどと言わざるを得ない。


「さぁ、一つ答え合わせをしようか」

「?」


 サイファーは右手をゆっくりと上げた。私は背中の大剣アスタルテの柄に手を伸ばす。


「十二年前。君が何故一人生き延びたのか。あの街でいったい何が起きたのか」

「……!?」


 サイファーの背後に映像が映し出される。のどかと言ってもいい街の映像だ。幾つもの視点があり、上空からのものもあった。


 その中に赤毛に大きな青い瞳の少女が映っていた。まだ幼い。映像はだんだんとその少女にフォーカスを合わせ始める。


「私、か?」


 どことなく私に似ていた。髪と瞳の色は全然違っているが。


 少女は他の少年たちと共に転げ回るようにして遊んでいる。だが、突然世界に影が落ちる。


 不安そうに上を見上げる少女。その視線の先には背の高い男がいた。見覚えはないが知っている顔だった。


 男は不意に抜剣する。そこに現れるもう一つの影。


「サイファー?」

「そう、僕だ」


 男とサイファーは切り結ぶ。その度に街が壊れていく。


「この男は、まさか、大佐?」

「そう。十二年前、君の街に現れた。君の記憶の扉を開けるためにね」

「どういうこと?」

「見ていてよ」


 映像が早回しになる。サイファーと大佐は激しく切り結んでいるが、やがて街に異変が起きた。周囲に集まっていた野次馬たちが、次々とゼタ化していったのだ。どろどろに溶けたような姿になった村人は、一斉に赤毛の少女に群がってくる。そこにサイファーが飛び込み、ゼタを消し飛ばす。その間に、大佐が私に何らかの力を行使する。


「髪が……」


 ジルの呟き通り、大佐の右手から放たれた光を受けた少女の髪が、銀色に変わっていった。


「ここで君はゼタを狩る力を得た」

「ゼタを狩れば記憶が蘇る。記憶が蘇った私を殺せば、世界は……」

の記憶を完全に滅ぼすことで、この宇宙をこそ新たなメビウスとすることができる」

「だから大佐はそんなことを」

「そう。君を完全なもの、いわば真のとして蘇らせることで、その記憶情報を完全に消し去れると考えたわけだ」


 サイファーの言葉に、ジルがおずおずと口を挟む。


「殺された神はいない、ということにしたいっていうわけ?」

「そういうわけ」


 肯定するサイファー。


 映像の中は阿鼻叫喚だった。人々のことごとくがゼタに変異し、私とサイファーを襲った。サイファーは私を守りつつ大佐と切り結んでいたために、終始劣勢だった。当然ながら四歳の私は戦力にならない。


『これも運命――』


 映像の中のサイファーが何らかの力を行使した。それは一瞬にしてゼタを全滅させた。崩壊した街の中心で私は泣いていた。


「大佐は?」

「この時の僕の自爆で相当な深手を負ったんだ。存在が揺らぐほどのダメージを受けた大佐が力を取り戻したのはつい最近さ」

「だけどサイファーは」

「あの時から僕はになってしまった」

「それって、あの」


 ジルが私の影に隠れながら尋ねた。


「ぼ、亡霊ってこと?」

「亡霊、そうだね、亡霊みたいなものだ」


 映像はそこで終わった。


 おそらくこの後グラウ神殿の関係者に保護されて、街一つを滅ぼした認定を受けるのだろう、私は。


「これが真相か……」


 サイファーの捏造ねつぞうの可能性も考えたが、それを言っては際限きりがない。


 サイファーは私の前までやってきた。


「そろそろ、時間だ」

「時間?」


 私の問いかけに、サイファーは少しだけ表情をゆるめた。どこか悲しそうな顔だった。

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