第15話:大佐

 総計金貨七百五十枚――鑑定額は炭鉱の取り分である手数料を考えてイヴァンさんの鑑定結果とほとんど同じだった。


「兄さん、換金していく?」

「炭鉱に運んでくれるかな。さすがにその金額を僕らが手で運ぶのは現実的じゃない」

「わかった」 


 同じ顔の二人が頷き合う。


「一人頭の取り分は二百枚ずつってところだね。兄さん、タイミング悪いなぁ、もう」

「お前が呼び出さなかったら僕の取り分だってあったと思うんだけどな」


 恨めしげなラメルの肩をキーズが叩く。ラメルは「知ってたんだろ」と言い、キーズは「さぁ?」とはぐらかす。そしてふと真面目な顔になって、「スカーレットさん」と私に呼びかけてくる。


「少し聞こえちゃったんだけど、あなたの特別な力、それを僕は信じている」

「ゼタを転生させる?」

「僕もメルタナーザ師匠の弟子だからね。実はの話はもう何年も前に聞いていたんだ」

「アタシは初耳だったよぉ?」

「僕は例によって占いという名の未来予知を学んでいたんだけどね」


 キーズはジルを見る。


「その修行の中での出来事だから、ジルは聞いてないと思う」

「そっか」

「それで、僕はその修行の中でスカーレット、あなたの姿を見た」

「ええ!?」

「確かに見た。まだ幼いあなたの姿を、僕は確かに見た」


 聞けば四年前の話だという。四年前といえば、屋敷を脱走して旅という名の逃避行を始めた頃だ。キーズはラメルをちらりと伺った――ように見えた。


「その時、師匠は言ったんだ。この子は必ずベルド市ここに辿り着くって。そこはここから恐ろしく遠い場所だったから、そんな馬鹿なって僕は思ったんだけど」

「現実として私はここにいる……」

「うん」


 キーズは頷く。


「あなたはほとんど一直線にこの街にやってきたんだ」

「それは……グラウ神殿から逃げ回っていたら自然と」

「それだよ」


 キーズはポケットからカードを何枚か取り出して、しばらく難しい顔で眺めていた。


「グラウ神殿が

「どういう、意味? ここってグラウ神殿の力は――」

「うん、及ばない。そういう意味で、この世界でほとんど唯一と言っていい場所なんだ、ここは」


 私の心臓が早鐘のように鼓動を早める。


「仮にこの街が消えてなくなっても、グラウ神殿は全く困らない。どころか、喜ぶだろうね」

「そんな!」


 私はまた立ち上がりかけたが、ジルによって椅子に戻された。


「私、罠にかかったの?」

「表向きはそうだろうね」

「キーズ、変なこと言わないでよ」


 ジルが訴えるが、キーズは首を振る。


「だけどこれは師匠の予言とも一致する。つまり、避けられない、あるべき未来だったっていうこと」

「でも、それじゃ」

「何が起きるかまでは僕には見通せない。だけど、そう遠くない未来に何かが起きる。ゼタかもしれない、グラウ神殿かもしれない、あるいはもっとくらい何かかもしれない」


 キーズの言葉に私は唇を噛む。そこでラメルが両手を上げる。


「まぁまぁ、脅かしても仕方ないだろ、キーズ。僕らには未来の話は難しい」

「そうだね、兄さん。僕らは僕らにできることをやるだけだし」

「ごめん」


 私は謝る。はどこまでいってもだったんだと、この一ヶ月少々の夢のような日を振り返り、唇を噛み締めた。そんな私の頬に、ジルが触れる。


「謝らなくていい」


 ジルらしからぬ強い口調だった。


「この件では、絶対に謝るな、スカーレット」

「ジル……」

「スカーレットは何も悪くない。悪くないんだから、謝るな」

「だって、私がいるとこの街が危ない目に――」

「何が起きるかもわかってないのに、何を心配してるの。何かが起きるなら起きた時。アタシたちがいる。師匠もいる。グラニカ商会はこのあたり一帯に強い影響力を持ってるし、炭鉱の利益も莫大だし。だからグラウ神殿が何してこようと、この街は揺らがないよ」


 とはいえ、何かが起きた時に、この街の人々が掌を返さない保証はない。他の街の人々と同じように。


「やっぱり私、街を――」

「ばか」


 ジルは私の頬をつねる。すごく痛かった。ジルはラメルの方を見てから、小さく頭を下げた。


「ラメル、ごめんね」

「ん?」

「アタシ、やっぱりスカーレットを愛しちゃったんだと思う」

「うん」


 意外なことにラメルはとても落ち着いていた。柔和な表情が崩れない。


「だから、アタシ、スカーレットと離れたくないんだ」

「だったら私には選択肢なんてないじゃないか」


 選択肢は一応ある。一つはこの街で二人で生きること。もう一つは二人でこの街を出ること。しかし後者はダメだ。ジルを無駄に危険に晒すことになる。あるいは、私がジルと別離の道を歩むか、だ。


「私は……ジルを今以上に危険な目にはあわせたくない」

「キミのは、アタシをとっても悲しませるよ」

「……うん」


 わかっている。だけど。


 ええい、私らしくない。何をうじうじやってるんだ!


 私は更に残っていた羊肉のブロック焼きをフォークで刺して口に放り込んだ。

 

「私はどこにも行かない。ゼタが湧くなら私が倒す。悩まない」


 これでいい? と、私はジルを見る。ジルは何度も頷いた。


 ちょうどそのタイミングで――。


「なんだ?」


 ラメルがまっさきにそれに気が付いた。私とサレイも一拍遅れて立ち上がる。


「キーズ、何が起きてるかわかるか?」

「ゼタ……かな。噂をすれば、だ。うちの騎士たちでは少し荷が重いかもしれない」

「そんなに?」


 私が尋ねると、キーズはカードを何回か切って、一番上のを取った。


「数は一。でも恐ろしく強い」

「ドラゴンよりも?」

「おそらく」


 マジかよ、とサレイが言う。


「スカーレットはまともな武器もねぇしよ」


 短剣は半ば焦げていたし、刃こぼれが酷い。アスタがいるとは言えど、使い物になるとは思えなかった。


「武器なら貸すよ。すぐ用意させるけど、長剣でいい?」

「屋外だし、できるだけ長くて重たいやつ」

「わかった」


 キーズはすぐに食堂を出ていった。


「昼はドラゴン、夜はなんだぁ?」


 サレイはそう言いつつ、もう身体をほぐし始めている。ラメルも同様だ。


 屋敷の外は喧騒に包まれている。怒号や悲鳴も聞こえ始めた。


 キーズより先に、若い男が二名食堂に姿を見せる。どちらも完全武装だ。グラニカ商会の騎士だろう。


「スカーレット様、武器を」

「ありがと。これは波刃剣フランベルジュ……」


 波打つ刀身を持つ珍しい武器だ。遠い西の国で作られていると聞いたことがある。長さは大剣クレイモアに迫る。つまり刀身だけで私の背丈よりも長い。重量も十分だった。


「アスタ、乗り移って」

『ほいきた! まともな住環境、サイコーッ!』

「あんた、いつでも元気だな」

『で、ゼタ?』


 アスタにしては乗り気だった。私は頷いてこの波刃剣フランベルジュを一振りする。とても手に馴染む――というのは半ば以上アスタの功績なのだが、めてはやらない。


「グラニカ商会に貸し一つだぞ」

「わかってるよ、兄さん」


 遅れてやってきたキーズが神妙な顔で頷いた。


「恐ろしく強大な……それも今までのとは違うタイプのゼタ。僕の予知ではそう出ている」

「今までのとは違うタイプ……」


 私は唾を飲み込む。遠くから伝わってくる気配を、。この魂に深く刻み込まれた傷がうずく。


「スカーレット、気をつけて」


 キーズはそう言うと玄関の扉を開ける。武器を届けてくれた騎士たちが先頭を行く。


 街に火の手が上がっていた。かなり激しい。晩夏の夜空が焼け、人々が悲鳴を上げて逃げ惑っている。


 火の手をさかのぼり、大通りをしばらく行った先、乗合馬車のターミナルの一つの辺りには、数多くの騎士がと住民が血と臓物をぶちまけて倒れていた。見知った狩人の顔もあった。そして広場の真ん中に、完全武装の巨大な騎士が立っていた。巨漢と言ってもよいサレイよりもずっと大きい。手には信じられないほどの長さの片刃の剣があった。倒れている人々はほとんどが一刀両断にされている。この騎士の仕業しわざと見て間違いないだろう。


 そしてこの騎士は、ゼタ……なのか?


 ゼタの気配はする。だが、人間の気配もする。だが人間であればここまで巨大になるとは考えにくい。やはりゼタか?


 そう言えばさっき、キーズも「ゼタ」と断言はしなかった。できなかったのだろう。


 私は抜き身のまま持ってきた波刃剣フランベルジュを両手で構える。


『あいつッ!』


 アスタが敵意むき出しの声を発した。


「知ってるの?」

『知ってるけど、わからない。だけど、絶対知ってる。……敵!』

「私もそう思ってた」


 この騎士のことはよく知っている。決して相容あいいれぬ相手である。ジルがラメルにかばわれながら呻く。


「師匠がいてくれたら……!」

「メルタナーザ様がいないのも、全てあの方の計算通りだよ、ジル」

「ラメル、でも、こいつは」


 ジルにもわかるのだろう。この騎士の恐ろしさが。歯の根があってない。


「サレイ、ラメル。ジルを守って」


 私は波刃剣フランベルジュを構えたまま二人に命じた。サレイが重片手剣を振り上げながら抗議する。


「一騎打ちするつもりか!?」

「うん。あの男は私でなければ倒せない。そんな予感がする」

「予感ったって、お前よ」

「そうだよ、みんなでかかった方がいいよ」


 ジルが言い募る。だが私は断固拒否だ。


「被害が拡大するだけだ。ジル、君も手を出すな」

「そんなぁ」

「奴は何をしてくるかわからない。魔法を跳ね返すかもしれない」


 いや、絶対にそうしてくる。私には確信があった。まるで今まで何度も戦ってきているかのような、そんな確信だ。


「三人は生きてる人を一人でも助けて」

「わかったよ」


 ラメルが武器を収めて言った。私は視線を騎士から外さぬようにして頷く。


「助かる」

「サレイもジルも、言われたとおりにしよう。スカーレットは強いだろ」

「……ったく、しょうがねぇ」


 サレイが油断なく盾を構えて、ジルを私から引き離す。


「スカーレット、絶対負けたらダメだからね!」

「わかってる」


 私は右足を引き、腰を落とす。


 騎士が動いた。速い。恐ろしく速い。


 二十歩分はあったであろう間合いが、一瞬にして詰まった。同時に、長大な剣が打ち下ろされてくる。


 私は波刃剣フランベルジュを頭上に掲げてその一撃を弾き返す。凄まじいパワーに打ち負けそうになる。


「アスタ! 気合を入れろ!」

『わかってる……!』


 刀身が金色に輝き、輝きが炸裂する。それと同時に騎士の剣が大きく弾き上げられる。私はその反動を利用して身体を捻り、騎士の左脇腹めがけて剣をスイングした。が、それは騎士の左の手甲で弾き返される。私はその反動を利用して今度は逆回転で騎士の右足に斬りかかる。騎士は剣を立ててそれを防ぐ。


「押し切れ、アスタ!」

『どぅおおおおおおおりゃぁぁ!』


 刀身が幾重いくえにも爆発する。騎士の剣が半ばから折れる。だがそれで威力は相殺されてしまう。


「ちっ」


 武器を奪えたわけではない。騎士の両手にはいつの間にか二本の刀があった。どこからともなく出現したように見えた。


「罪もない人々を襲うなんて!」


 何人死んだんだろう。百? 二百? ほんの数分でこれだけの人の命が奪われた。この騎士が奪った。そう考えるだけで意識が赤く染まっていく。


「いい加減にしろ、ァッ!」


 そうだ。だ。夢で幾度も戦っている、敵。


『覚醒は進んでいるようだな、スカーレット』

「!?」


 騎士が喋ったことに私は少なからず動揺する。なにしろそのが、私が夢で見るの声に相違なかったからだ。


『メビウスからこの円環の世界を完全に切り離すためには、貴様の存在があってはならないのだ、スカーレット』

「だからって罪もない人を殺すのか!」

瑣末さまつなこと。この世界を完全なものとするためならば、そのようなこと取るに足りぬではないか』

「取るに足りない!? 人の命を何だと思っている!」


 私は石畳をえぐるほど強く踏み込み、叩きつけるように波刃剣フランベルジュを振るう。騎士――大佐はいとも簡単に左の刀でそれをなす。即座に右の刀が襲いかかってくる。頭を下げて寸でのところで回避するも、風圧で髪の毛が何本か切れた。たわめた身体を解放し、そのまま宙返りで距離を取る。着地と同時に地面を蹴る。石畳がめくれ上がる。低い体勢のまま波刃剣フランベルジュを右後ろから左前へと思い切り振り抜いた。


「威力不足ッ!」


 アスタの力が十分に乗っていたにも関わらず、その強固な甲冑に弾かれてしまう。


 どう攻めればいい?


 自問する。


 頑丈な甲冑にはおそらく強力な魔法もかかっている。障壁を中和できないことにはどうにもならない。そしてそれができる人物は、今ここには一人しかいない。


 いやしかし、それはジルを危険にさらすことになる。大佐の注意を向けさせてはならない。


『さぁ、どうした、スカーレット。被害は拡大するぞ』


 大佐が浮かび上がる。比喩ではない。ふわりと身長の五倍以上もの高さに浮かび上がったのだ。


「何をする!」

『地獄を見せよう。のようにな!』


 言ったその刹那。


 空から幾つもの赤い岩が降ってきた。それはベルドの街に突き刺さる。あちこちで激しい爆発と火災が起こる。


 メルタナーザさん……!


 今、この状況を好転させられるのは、あの魔女しかいない。


「やめろ!」

『貴様が滅ぶというのなら考えんでもない。いたちごっこにはもう飽き飽きしているのでね』

「私は……死なない!」

『ならば犠牲者は増え続ける』

「なぜ今頃出てきた! 私を殺す機会なんていくらでもあったはず!」


 ははははは! ――大佐は笑う。


「貴様がスカーレットの記憶を取り戻さぬうちは、滅したところで意味がないからよ」


 スカーレット……。夢の中で見る背の高い私か。


 でも私はまだ……。


 なるほど?


 地面に戻ってきた大佐に向かって、私は突進した。刃同士がぶつかり合い、激しい火花を散らす。アスタの力によって空間が幾度にも渡って爆発する。


 アスタ、あんた本気じゃん。


『こいつだけは……ッ!』


 同感ッ!


 だが、わずかにパワーが足りない。私のスタミナもそうは持たない。


 未だに有効打の一撃も出ていない。


 しかしッ!


 猛烈な勢いで彼我ひがの位置を変えながら、私と大佐が切り結ぶ。圧倒的な装甲とそのパワー、無尽蔵のスタミナ――どう考えても私の不利は覆らない。とにかく魔法障壁を相殺しないことには――。


「スカーレット!」

「ジルッ!? だめだ、手を出すな!」


 大佐の姿が私の前から消える。ジルを振り返れば、ジルの目の前に大佐は移動していた。


「ジル――ッ!」


 大佐の右手の刀が大きく振り上げられ、そのままジルに向かって落ちていく。走り出すも間に合う間合いではなかった。


「おっとぉ」


 鈍い音が響く。サレイの盾が大佐の刀を止めていた。


「あぶねぇなぁ」


 サレイの右手の重片手剣は、大佐の左手の刀を受け止めていた。


 その一瞬の隙に、ジルが何らかの魔法を大佐に叩き込んでいた。


「魔法障壁を中和したよ! 長くは持たない!」

「十分だ!」


 私は大佐の背中に斬りかかる。大佐は私を振り返る。その直後、大佐の胸甲に傷がはしる。左手が肘から切断される。ラメルだ。


 ラメルは双剣をくるくると回しながら、大佐と距離を取る。大佐の注意が一瞬そちらに向いた瞬間をサレイは逃さない。その右腕を重片手剣で叩き潰した。


 私は両腕を失った大佐の胴をぐ。


 が、それは両腕で止められた。


「ちっ、なんだこいつ!」


 サレイが悪態をつく。私も同じ気分だ。飛ぶように接近してきたラメルが、再び閃光のような一撃を放った。生えてきた腕が消滅する。私は再びその胴を狙う。


 だが再び弾かれる。腕の切断面から放出された黒い霧のようなものが、私と大佐の前に立ちはだかったのだ。それによって波刃剣フランベルジュが弾かれてしまう。


「くっそ!」


 攻めきれない。まもなく体力も限界を迎える。


 どうしたらいい!?


 さすがに焦りが先に立ってくる。


 その時――。


『!?』


 異変が起きた。


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