第14話:サレイの過去
金貨二百枚!? 三人分じゃなくて? 一人あたり?
私は目を白黒させたと思う。持ち帰った
「まずはグラニカ商会で換金してこないと、全額支払うこともできないね」
イヴァンさんはため息混じりに言った。
「え、でも、グラニカ商会だったら利害関係があるんじゃ?」
「いや、多分他の商会だったらこんなモノ、すぐには換金できないと思うんだよ」
私の問いかけにイヴァンさんは「困ったなぁ」と表情に浮かべて答えた。
「なんか困り事ですか」
事務所の扉を開けて入ってきたのが、元グラニカ商会の跡取り、ラメルだ。ジルの顔がパッと輝いた。
「ちょーどいいところに!」
「え?」
「ええとね」
ジルがかいつまんで事情を説明すると、ラメルは二つ返事で「わかった」と頷いた。
「というか、いまグラニカ商会は、
「そうなのか? なぜ?」
サレイが首を
「ジルは知ってると思うけど、
「ほうほう」
私とサレイが同時に頷いた。
「グラニカ商会として、というか、キーズの施策として、魔法強化された武具の生産と流通ってのがあるんだ。ゼタ狩りの質を上げるためだね」
「武具の流通っつーと、戦争の準備って側面は
「もちろん需要のある所には供給するよ、そりゃキーズたちだって商人だからね」
ラメルは私の方を見る。
「個人的にはゼタ狩りにだけ使われるのが平和だろうけど、実際そうもいかないし」
「グラウ神殿にだけは流さないでほしいなぁ」
私の本音が漏れる。ラメルは肩を
「グラウ神殿は自前でそのへんを揃えられる。キーズの狙いは、グラウ神殿に事実上独占されているそういう魔法武具の市場をかき乱そうっていうことらしいんだ。……ってことを、さっき聞いてきた」
「それなら賛成」
グラウ神殿にぎゃふんと言わせられるなら何だって賛成だ。私の素直すぎる反応がおかしかったのか、イヴァンさんが笑っている。笑いながら、イヴァンさんはラメルの肩を叩く。
「というわけでラメル、お願いしていいかい?」
「了解。皆で行くかい。豪勢な夕食もついてくると思うけど」
「豪勢な夕食? 行く!」
私はまっさきに手を上げた。いろんな事情があるとはいえ、食欲には勝てない。
「スカーレットってば、最近ちゃんと食べてるのにがっつきすぎだよぉ」
「まだまだ成長途上だからな、スカーレットは」
サレイが何やら含むもののある物言いをする。私よりも先に、ジルが反応した。
「サレイ、胸の話してるでしょ」
「さぁ、何のことやら」
胸……。私は絶望的な程の断崖絶壁を思い浮かべてから、サレイをジト目で見た。が、サレイは私の方を見もしない。
「俺は酒が飲めるなら行くぜ?」
「キーズのことだからもう用意していると思うよ」
「もう用意してる?」
軽く混乱する私。しかしサレイもジルも「まぁ、そうだね」といった反応をしていて、私はますます混乱した。
「ま、行けばわかるよぉ」
ジルは席を立つと私の手を取って立ち上がらせる。ラメルの視線が少し怖かったが、当のラメルは少し困ったような表情をしているだけだった。さすがに罪悪感が湧く。
「俺の馬はここに置いておくから、イヴァン、ちょっと頼むわ」
「仕事が終わったら連れていくよ」
「よろしく」
私たちはそうして事務所を後にし、鉱夫たちと共に乗合馬車に乗り込んだ。
グラニカ商会の本店兼キーズの邸宅には、そこから馬車で三十分ほどだった。街のほぼ中心部に位置する一等地に、城と見間違えるほどの豪勢な建物が建っていた。
「ふぇー、遠目に見えてた建物がこれかぁ」
目を回す私。夕方に差し掛かった頃だったが、建物は明るく照らされていた。ジル曰く、光の魔法を宿した魔法道具が使われているのだそうだ。夜通し明るいだなんて、なんとも豪勢だ。
門の前に着くやいなや、誰もいないのに門扉が開く。この勝手に開く扉も魔法道具らしく、建物の中から操作できるのだとか。
「こういうのにも
「そうだよ、スカーレット」
律儀に応じてくれるラメル。ラメルからは育ちの良さが強烈に滲み出ている。革の鎧を身に着けている無骨な姿も、どことなく優雅だ。そもそも彼は私のような風来坊とは育ちの格が違うのだ。頭もいいし、腕も立つ。
建物の正面玄関と思しき所にぞろぞろとやってきたそのタイミングで、内側からドアが明けられた。そこにいたのはラメルそっくりの青年である。金髪に濃青色の瞳で、ラメルと違うのは肌の色だ。ラメルは日焼けしているのに対して、この青年――キーズはほとんど純白と言ってもいいくらいに色白だった。
「ようこそ。僕のカードは嘘をつかないね」
キーズはそう言って前に出てきて、私の手を握った。
「お待ちしてました、スカーレット。お噂はかねがね」
「私、そんなに有名人? っていうか、どうして色々わかってるの?」
私が訊くと、ジルが私の手を引っ張った。
「カード占いの達人なんだよ、キーズは」
「予言するっていうこと?」
「そういうこと。キーズはアタシの兄弟子でもあるのでした」
メルタナーザさんのところで占いを極めたっていうことだろうか?
「ま、入って入って。羊料理も揃えてあるから」
「おじゃまします!」
私はキーズに手を引かれるまま、先陣を切って建物に入る。サレイが私の頭を
「呪われた腹ペコめ」
「
わいわいと(食事を目指して)連れ立って歩くそのことに、私は不意に胸が苦しくなった。
「どうしたの?」
立ち止まった私の背中にジルが触れる。私は慌てて頭を振り「なんでもない」と告げる。
「
「うん。鑑定は済んでるけど、一応そっちと合わせておきたい」
「わかってる。こっちの鑑定士も呼んであるから、まぁゆっくり食事でもしてよ」
そっくりな二人が交わす会話が異次元過ぎてなんだかよくわからない。キーズは本当に未来が見えているというのだろうか。
長い廊下を歩ききる頃には、私の腹の虫はやかましく鳴き始めていた。
食堂はとても広く、座ろうと思えば百人近くが着席できるような、正直言って馬鹿げた大きさだった。今日はその一角に山ほど料理が用意されている。
「わぁ」
私の空腹が限界を迎える。そんな私の首根っこをひっつかんだのはジルである。
「どうどう、お行儀よくね」
「はい」
素直に頷く私。だけどテーブルマナーとかいうものの一つも知らない私にとって、このようなお上品な場面には緊張を余儀なくされる。
「まぁ、気楽にやってよ。サレイにはいつもの
「ありがてぇ」
神なのかな、この人。私はすでに餌付けされている。
ラメルもラメルだ。こんな生活を捨ててしまうだなんて、どうかしてる。
「色んな事情があるんだよ」
ラメルは苦笑する。ラメルも人の心を読めるのだろうか?
「顔に出過ぎ」
ラメルは私の肩を軽く叩いて向かい側の席に座った。私の隣にはジルがいる。良いのかな、このポジション。サレイは私の
「鑑定が終わるまでまだ暫くかかるからごゆっくり」
キーズは食堂に台車を押して入ってきた男性に合図する。男性はサレイのところへやってきて、
「あれ、今日はキーズはご一緒しないの?」
「鑑定が終わったらまた来るよ」
キーズはジルにそう答えると食堂から出ていった。
「そういうことなら、頂いちゃおう」
そう言ったジルは、羊肉のソテーとやらを器用に切り分けていた。私はといえばこのお上品なナイフを上手く使えず苦労している。フォークでぶっ刺してそのまま齧り付きたい欲求が湧いてくる。が、さすがにそれはマズいということはわかっていたので自重する。その結果、食事にありつけない時間が伸びていく。
「ほい、スカーレット。切っておいたよ」
「女神……」
もうジルのことは崇拝してもいいとさえ思った。
私は黙々と羊料理を胃袋に押し込む。サレイたちの会話に聞き耳を立ててはいたが、大半がゼタとの戦い方についてという実戦講座のような内容だった。こうしてこの三人は長年パーティ戦の技術を磨いていたのかもしれない。
「そりゃそうと、今日のスカーレットはすごかったぜ。ドラゴン相手になぁ」
だいぶ酒が回ってきたと思しきサレイの声が大きい。
「とどめはジルだからね」
「スカーレットが剣を刺してくれたからね」
「そこにどかーんだ」
サレイが大きな身振りを交えながら説明する。ラメルは「見たかったなぁ」ととても残念そうな顔をしていた。ジルが言う。
「あの熱線噴射の前段階で、鱗が展開することに気付いたんだ」
「そこにすかさず正確に剣をぶちこむんだからな」
サレイが酒を注ぎながら頷いている。そこで「あ」と手を打った。
「そうだ。朝の魚型のゼタの話、ラメルにもしといてくれよ」
「わかった」
私は頷いて、朝に遭遇した大量の魚型のゼタについてラメルに情報共有する。ラメルは難しい顔をして顎に手をやって考え込む。
「屋内で発生したというのは気になるね」
「だろ?」
「魚型はともかく、魚がゼタに変わったと思しき事象も気になる」
ラメルは高い天井を見上げてしばらく
「サレイ、さっきの話」
「ん?」
「人間がゼタ化したって」
「ああ……」
それまでの陽気なムードが一気に沈む。
「まぁ、まだ誰にも話しちゃいねぇんだが」
サレイは酒を一口飲むと、話し始める。
「俺は親兄弟殺しの極悪人なのさ」
「えっ」
私たちは絶句した。突然とんでもない話が出てきて、私は慌ててヤギのミルクを飲んだ。
「――ということになっている」
「というのは?」
ラメルが促すと、サレイは頷いた。
「もちろん、実際に親兄弟を殺したわけじゃねぇ。俺が殺したのはゼタだ。十四の時だったな。もう十年以上前か」
私たちは呼吸を止めてサレイを見つめている。料理が補充されてきたが、私たちは誰もそれを取ろうとしなかった。そういう空気ではない。
「と言っても、状況証拠的に、どう考えても俺が猟奇殺人犯だった。親兄弟を滅多斬りだからな」
「そんなこと、誰が」
「姉だ。正確にはゼタになった姉だ」
事件があった時、サレイは屋外にいたのだという。幾つもの悲鳴を聞きつけて家に入ってみれば――。
「姉の面影を残したゼタが、弟を食っていた」
「食って……」
ジルが口に手を当てている。
「そこからは死物狂いだった。姉をどうにかしたいという気持ちと、この状況をどうにかしたいという気持ちと……とにかく俺は混乱していた。
「ゼタは死んだら消える……」
私が呟くとサレイは頷いた。
「小指の先くらいの銅塊を遺してな。姉という存在は跡形もなく消えてしまった。とすると、現場に残ったものはなんだ?」
「死体と、サレイだ」
私が言うとサレイは
「その時ちょうど、幸か不幸かは知らねぇが、村外れにぽつんと建っている俺の家にも、グラウ神殿の奴らがやってきてな」
「グラウ神殿! 何のために」
「献金を
タイミングよく、か。
私は邪推しかけた自分の頭を軽く叩いた。今はそれを考えるタイミングじゃない。
「そこで見つけたのが玄関先でナタ持って呆然としている俺さ。奴らも察したんだろうな。俺を押しのけて家に入って、出てくるや否や俺を拘束した。そして神殿で裁判ごっこをされ、気付いたら着の身着のままで砂漠のど真ん中に放置されたさ」
そこでラメルが手を打った。
「砂漠っていうと南の国にあるっていう? サレイは南部出身だったんだ?」
「そういうことだ。砂漠は過酷だった。食料も水もなしで放り出されたってことは、すなわち奴らとしては死刑ということだったんだろうな。だが、俺は死ななかった」
サレイは酒をあおると、一息ついた。
「俺はゼタが憎いんだ。俺の姉はそりゃ美人で気立ても良い、自慢の姉だった。それをな、あんなふうにしちまいやがって」
その姉だったゼタをその手にかけたのだ、サレイは。その心情を
「だから俺はゼタを殲滅する。スカーレットがいてくれるおかげか、獲物は際限なく湧いてくる。これは俺にとっては願ったり叶ったりだ」
「なんか、複雑なんだけど」
「そう言うなって。ゼタを倒すのも俺たちの使命だ。一匹でも多くを葬る。俺たちはきっとそういう役割の
サレイが言うと、その酒瓶をラメルが奪って自分のグラスに注いだ。
「サレイの口から運命論的な話を聞く日が来るとは思わなかったよ」
「運命の野郎に責任なすりつけでもしないと、この世界やっていけねぇぜ」
「違いない」
ラメルは苦笑する。
「だけど、これで十年以上前にも何かがゼタ化する現象があったことがわかった。ということは、僕たちに安全地帯は無いってことだ。今ここだって」
「誰かがゼタ化するかもって?」
サレイが腕を組む。ラメルは頷いた。私はフォークを置いて立ち上がった。
「やっぱり私、この街を出る」
「ばーか」
サレイが私をやんわりと罵倒した。
「そんなことしたって何の解決にもなんねーよ。ゼタになるやつはなるべくしてなってんだ。そして俺たちに倒されるためにな」
「でも私のせいでゼタ化する人が出るとしたら、それが一人であっても私、耐えられない」
「因果関係なんてわかんねーじゃん。自分を責めてる場合じゃねぇぞ」
「そうだよ、スカーレット」
目を真っ赤にしながらジルが言う。
「ゼタはスカーレットに救済を求めて現れる。アタシは師匠との話でそう理解したよ」
ジルの言葉に「?」を飛ばす男性二人。
「呪われた子はね、ゼタというこの世界に生まれられなかった魂を、この世界に転生させる力を持ってるんだって。師匠が言ってた」
「メルタナーザ様が……」
ラメルはしばらく考えて頷いた。
「仕組みはわからないけど、メルタナーザ様がそう言うならそうなんだろう。ジルももうちょっと早く僕らに教えてくれればよかったのに」
「ごめんごめん。スカーレット抜きでこの話はしたくなかったんだよぉ」
ジルは手を合わせてそう言って、立ったままの私を座らせた。
そこにキーズが鼻歌交じりに戻ってきた。
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