第11話:なんかゼタの性質が変わったかもしれない

 それからは来る日も来る日も、炭鉱を中心として町中でもゼタ狩りをして過ごした。ゼタのドロップがしょっぱかったので初日ほどの報酬は得られず、なかなかにピリピリする毎日だったが、それでも私は充実していた。


 の偏見はやはりある程度つきまとったが、それでも町中で積極的にゼタ狩りを行ったり人助けを行ったりしたのが幸いして、次第次第に受け入れられてきたのを感じたりもする。


 一ヶ月が経過する頃には貯金が金貨百二十枚ほどになっていた。予定より少ないが、まぁ仕方ない。必要経費もあることだし。


 夢は昼と言わず夜と言わず三日に一度くらいのペースで見た。だけど、見たことは確かに覚えているのに肝心なことはあまり記憶に残っていない。でも、メルタナーザさんがサイレンという人物と一緒で、と呼ばれていることだけは何故か強く印象に残っていた。なんとも歯がゆい話だが、それ以上の話は思い出そうとすると消えて行ってしまう。


「さぁ、今日も頑張るぞ」


 窓を開けると晩夏の風が吹き込んでくる。空には雲ひとつなく、その青は高く明るい。


「ジル、起きて」


 今日はジルとペアを組む日だ。朝だけは炭鉱内にゼタが溜まっていることがあるので、サレイやラメル、あるいは他の狩人も加わることがあるが、基本的には二人で一単位である。厄介なゼタが出たり、数が多かったりする場合は他のユニットの増派を要請したりもする。


「おはよー」


 ジルは面積の小さなぴっちりしたシャツを着ていた。最近の夜着はもっぱらこれと際どい切れ上がりのパンツである。胸がこぼれ落ちそうになっているのを見ると、なぜだかハラハラしてしまう。


 だけど、こうして二日ないし三日に一度のジルとの添い寝は、私の中ではいつの間にか大きな癒やしとなっていた。とはいえ、その前に必ずお風呂屋さんに連れて行かれるので、それだけはストレスだったんだけど。


「ずーっとジルとペアだったらいいのになぁ」

「最近のスカーレットちゃんの頭の中にはラメルへの心配などないのであった」

「い、いや、あるよ? 昨日はラメルちょっと寂しそうだったよ?」


 昨夜は私とジル、ラメルとサレイが揃って非番だった。だから珍しくも四人で食事をしたりしたんだけど、なぜかジルはラメルとは帰らず、自宅に私を連れ込んでいた。ラメルは「お気になさらず」と言ってくれたけど、あの目はちょっと寂しそうだった。間違いない。


「大丈夫大丈夫。この前うーんとサービスしておいたから」

「サービス?」

「お子様には刺激が強い話なのでぇ」


 耳元でそう囁かれて、私は顔が熱くなる。それと同時に胃のあたりが重たくなる。嫉妬だ。これは、嫉妬だ。


「べ、別に関心なんてないし?」

「またまたぁ。本当は嫉妬したりしてくれてるんでしょぉ?」


 すっかり見抜かれている。ジルはメルタナーザさんほどではないけど、ものすごい洞察力の持ち主だ。隠し事なんかしても一発でバレる自信がある。


「アタシをスカーレットのものにしてくれてもいいんだよ?」

「あと二ヶ月」

「うぅん、律儀だねぇ、頑固だねぇ」


 おかしそうにジルは笑う。その笑い声を聞くだけでも、私の人生が報われたと思える。そして同時に例えようもない不安感にもさいなまれる。ジルが消えてしまうのではないかという恐怖に、だ。


「ジルはラメルを捨てられるの?」

「そうだなぁ」


 ジルは左右のこめかみのあたりを人差し指で突きながら険しい顔を見せる。


「捨てるってのは違うと思うけど、ラメルとはきちんとお話しするもん。ていうか、してるもん」

「えっ」

「まだわかんないけど、そうなるかもしれないよ、程度の話だけどね」

「それってラメルには結構きつい話なのでは」

「うん」


 ジルは戦闘装束に着替えながら頷く。ジルが着ているのは法衣と呼ばれるゆったりした服をベースに、旅人仕様にアレンジされたものだ。さらにその布地には金属繊維が織り込まれていて、また胸や腹部には薄い金属も仕込まれている狩人御用達の逸品となっているとのことだ。魔法による防御力もついている。そのため、見た目からは信じられないくらいの防御力を有していて、人間より小さなサイズのゼタの攻撃くらいなら、当たりどころによってはほとんど無効化できてしまうこともあるとのことだ。


「ラメルには悪いとは思っているよ。だけど、仕方ないじゃない。キミのことを好きになっちゃったんだもん」

「なんか罪悪感がやばいよ」

「とかなんとか言って、アタシのこと夜通し抱きしめてくれるじゃない」

「そ、それは、その」

「なんてね。これはアタシの問題だから、ちゃんと解決するから。スカーレットは心配しないで」


 少し尖った口調でそう言われ、私は黙るしかなくなる。

 

「さ、朝ごはん食べたらさっさと出発しよう」


 ジルはそう言って私にも着替えを促した。


 ジルの家の三件隣に、宿屋があって、そこの宿屋では朝食のみの提供も行っていた。ジルは料理が嫌いだし、私の作る料理はとても料理とは言えないので、必然的にそこが私たちの朝食供給源となった。


「あれ?」


 前を歩いていたジルが変な声を上げる。


「今日はやってないのかな?」

「閉まってる……ね」


 どうしよう、お腹がいてきた。とりあえずいつもは開いている扉の前に移動して、ノックしてみることにする。


『入ってくるな! 危ないぞ!』


 店主の大きな声が聞こえた。何やらバタバタとした音が鳴っている。何かが暴れているかのようだ。


「だいじょうぶですか? 手を貸しましょうか?」


 ジルがドアノブに手をかけながら尋ねる。するとひときわ高い、何かが割れるような音が響いた。私たちは顔を見合わせ、頷きあう。


 ジルがドアを開けると同時に、私が中に飛び込んだ。


「ゼタぁ!?」


 それにしては微妙だ。何が暴れているかと言うと、魚だ。近くの川でよく釣れるなんとかという魚だ。それがざっと十匹、包丁を振り回す店主の周りを威嚇するかのように飛んでいて、時々攻撃を加えている。


 魚と言う割には口が獣のようだったし、大きさもいつも見るようなやつの二周りは大きい。私の腕くらいの長さがある。床を見ると幾つか金属塊が落ちていたから、数体は店主が倒したのだろう。店主も今のところ怪我はなさそうだ。元狩人だったという自称はあながち嘘ではなかったようだ。


「おじちゃん、私の後ろに!」

「ああ、お嬢さんたちか、助かった」


 店主は大きな包丁を手にしたまま私たちのところへ走ってくる。魚ゼタはその背中に攻撃を仕掛けようとした――いや違う、私を狙って突っ込んできたが、ジルの電撃魔法ではばまれる。


「朝イチで現役狩人が来てくれて助かったよ」

「ちょっち数が多いなぁ」


 私は向かってくる魚のゼタにげんなりする。生臭そうだった。


「おじちゃん、こいつら倒したら朝食タダでいい?」

「もちろんだ」

「よし、やる気出てきた」


 私は短剣を抜く。室内ではこのくらいの武器の方が扱いやすいのだ。


 魚ゼタは三次元的な高機動を駆使してきたが、それだけだった。一撃食らったところで大したダメージにもならない。まして今はジルの防御魔法もかかっている。いくらかかすり傷は負ったが騒ぐほどのものではなかった。


 くしてぐるぐると飛んでいた魚のゼタたちはあっという間にになって床に転がり、やがて小さな銀や銅の金属塊を残して消えた。だが、室内も私たちの身体もとても生臭くなってしまった。


「テンション下がるぅ」


 ジルは自分の服の胸元の臭いを確かめて、げんなりとした声を出した。私は奴らの体液をまともにかぶってしまったから、全身が腐りかけの魚の臭いである。今日はこれから仕事だというのに、酷い仕打ちだと思う。実に酷い。


「朝風呂行こうか?」

「それはやだ!」


 私はあっさりと断ってから、台所の片付けを手伝った。


「悪いね、朝からこんな」

「臭いがホントダメ」

「羊肉が入荷しているから、それを焼くよ」

「やった。ヤギのミルクもある?」

「おう、いつも通りだ」


 そういうわけで私たちは朝から羊肉をどっさりといただき、ヤギのミルクも堪能たんのうしてから食堂を後にした。


「ねぇ、ジル。あんなゼタ見たことある?」

「話になら何回か聞いたことがあるよ。飼ってた鶏をシメようとしたらゼタになったーとか、魚を釣ったと思ったらゼタだったとか」

「被害は出なかったの?」

「鶏の件は、そのままシメたらしいよ。魚は慌てて糸を切って逃げたとか」

「そのままシメるって……」


 ゼタを包丁一本で倒すというのはなかなか豪気だ。だが、さっきの店主よろしく、それ以外に道はなかったのかもしれない。何にせよ片付けられてよかったね案件だ。


「そういや、さっきのゼタ、一瞬でキミに狙いを変えたよね」

「確かにそう見えた」

「やつらの本能なんだねぇ」


 ゼタを倒すほど記憶が戻る――らしいから、私にとってはむしろ都合がいいんだけど。


「でも、さっきのくらいでも例えば子どもが遭遇してしまったら大変なことになるよ」

「だねぇ。なんかゼタの感じが変わってきてるのかも」

「私のせいかな……」

「まぁたそんな顔する」


 私たちは乗合馬車に乗り込み、炭鉱までの道を行く。朝一番の便なので、いつも通り同乗者はいない。乗ってきても入れ替わりで一人か二人である。


「あのさぁ、スカーレット」

「う、うん?」

「アタシ、外の世界を知らないんだよ」

「ベルド市から出たことがないってこと?」

「うん」


 幌の布地を貫通して、強い陽光が差し込んできている。もうじき夏も終わるというのに元気なことだ。


「アタシ、旅に出たいなーってずーっと思ってた」

「グラウ神殿が強すぎて、魔法使いにはあんまりオススメできないよ」

「うん。基本的に無神論、良くても神の存在を認めても従わない人たちだからね、アタシたち魔法使いは」


 グラウ神殿が魔法使いを露骨には排除しようとしないのは、魔法使いの頂点に立つという存在ゆえだ。世界には何人かの魔女がいるという話で、その一人がメルタナーザさんだ。魔女の魔力による戦闘能力は――嘘かまことか――大国の軍隊にも匹敵すると言われていて、それ故に『魔女を怒らせてはならぬ』というのが一般常識として染み込んだ結果である。グラウ神殿がいくらきつけようとも、そもそも論として魔女を敵に回そうとする者などいないのである。


「でも、アタシ世間知らずだから。キミみたいに色んな経験を積みたいんだ」

「私の経験なんてロクなもんじゃないし。私はジルにあんな経験してほしくないよ」

「ありがと」


 ジルは一段高い場所にいる御者の背中を見る。


「それにアタシがいたらさ、スカーレットだって露骨に嫌がらせされることもなくない?」

「それはそうかも知れないけど、逆にジルが巻き込まれることもある」

「いいんだ、それでも」

「あ、でもでも、私、この街を出ようとは思ってないんだよ!」


 旅をして四年になるが、今までこんな居心地の良い場所に巡り会えたことはなかった。ベルド市では誰もが、少なくとも過半の人たちは今や私を認めている。というのがではなく、一つの称号のようになって定着している。


「この街で、私は初めて人の役に立てるようになった。それに毎日ちゃんと雨風もしのげるし、ご飯も好きなだけ食べてて良い。ジルも、その、いてくれるし」

「うん、そうだね」


 ジルはヒザを抱えて頷いた。


「でも、もしこの街を出ることがあったら、そのときは連れて行って欲しい」

「……後悔しない?」

「キミが一緒なら」


 その言葉に私の胸が熱くなる。私は「わかった」と頷いた。

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