「花ごよみ」より 桜の音

刃口呑龍(はぐちどんりゅう)

桜の音

 俺の名は蔭山ミツル、52歳、職業は、脚本家。


 世間では、ヒットメーカーと呼ばれている。視聴率の帝王等とも持ち上げられているが。テレビ業界内での俺の評判はすこぶる悪い。その理由は、いろいろな女優を食いまくっている、変態。



 演技指導を理由に家に連れ込んでは、役が欲しい女優達を食いまくる鬼畜。だが、書いた脚本はほぼ必ず高視聴率を獲得して、テレビ局に多大な恩恵をもたらす。なので、誰も逆らえない男、アンタッチャブル何ても呼ばれているようだ。



 実際には、本当に演技指導に呼んで熱く演技を語っているだけなのだが、本当だよ。だって、女優だけでなく、俳優も呼んで演技指導しているし、だいたいは、主演とヒロイン役の両方呼んで演技指導しているからね。



 ただ、まあ、呼ばれた方は、そういう覚悟をして呼び出されたり、あるいは新たに役が欲しくて訪れたりしているから、演技指導だけされて帰されましたとは言わないから、どんどん悪評だけが浸透していったようだ。



 まあ、全員手を出したことないと言えば嘘なんんだけど、あれは10年前。僕は、雨宮桜と出会った。






 それは、あるドラマの主演のオーディション。オーディションなのだがすでに勝者は決まっていた。大手事務所の押す若手女優。なので、俺は、興味なく、目の前で演技をする。若い女優達や、女優を目指す女の子達の演技を見ていた。



 そして、勝者である若手女優の、無難な演技が終わり、後残り僅かだなと、時計を見ていた時、事件は起こった。



「雨宮桜18歳です。よろしくお願いいたします」



 正直、演技は上手くなかった。たどたどしい台詞回し、人形のような表情、学芸会のような動き、しかし、俺は彼女から目が話せなかった。それは、俺の理想通りの美少女、俺が妄想して脚本に書いていた通りの美少女が、目の前にいたからだ。



 それからの俺の記憶は定かでない。大手事務所の社長にしたこともない土下座して、今回主演予定だった若手女優の為に、他に2本脚本を書くことを約束して、主演を降りてもらい。他の関係者にも頭を下げまくった。



 そして、その作品の主演は、雨宮桜に決まった。雨宮桜の所属する、そこそこ中堅の事務所社長は、大慌てで挨拶に来た。そして、




 俺は演技指導の名目で、雨宮桜を自宅に呼び出した。



「あ、あの雨宮桜です。よろしくお願いいたします」


「ああ、緊張することはない」


「ええと、事務所の先輩女優さんから、いろいろ聞きました。覚悟は出来ています。ですけど、その、したことないので、優しくして、ください」


「はあ?」





 それから、俺は雨宮桜に演技指導を開始した、ドラマの撮影開始まで、ワンクール程しか時間がない。俺の理想の美少女を、学芸会演技で、汚すわけにいかない。俺の指導は、いつにもまして、熱が入った。そして、桜の演技力はみるみる上達していき、ほとんどのシーンは俺にとっての完璧に近づいた。よし。



 そんな、ある夜、桜が


「この最終話のベッドシーンですけど、わたし本当に経験なくてどうしたら、良いか」


「共演の俳優さんはベテランだ。任せておけば大丈夫だ」


「えっ?。でも……」



 俺は、はじめて桜に、欲情した。



「わかった。裸になれ」


「はい」



 俺は、桜を演技室のベッドに押し倒す。その部屋は鏡張りになっていて、自分の演技が確認できるようになっている。



「自分の表情を良く見ておくんだ。」


「はい。」



 俺は、桜にむしゃぶりついた。どうかしてしまったのか俺は。




 雨宮桜の初主演作は、空前の大ヒットを記録した。そして、雨宮桜は、CMに、バラエティー等にも抜擢され、売れっ子女優になった。



 大手事務所のゴリ押し女優の作品もヒットし、翌年、再び雨宮桜主演作の脚本を書いた。そして、雨宮桜を演技指導に、自宅に呼び出した。



 雨宮桜には、もう演技指導は、ほぼ必要なかった。俺の意図する所を理解した、完璧な演技を見せた。そう、俺の目的は桜自身であった。俺と桜は絡み合い、そして乱れた。



 こうして、さらに翌年、次の年、さらに翌年と、雨宮桜主演作は大ヒットした。俺はその度に桜を呼び出した。



 だが、その次の年作品は、大コケした。俺の脚本が悪いわけでも、雨宮桜の演技が悪いわけでもなかった。理由はマンネリなのか、とにかく、世の中の人々に飽きられたようだ。



 さらに翌年、俺は脚本の雰囲気を変え、雨宮桜主演のドラマを書いた。


 そして、また大コケした。蔭山ミツルは、終わったと言われる程の酷評であった。


 しかし、意地で間を開けず書いた脚本は、新たな大手若手女優の主演で、大ヒットした。俺の名誉は保たれたが、今度は雨宮桜は終わったと、世間から叩かれた。



 俺は、さらに翌年脚本を書いた。回りから説得され、雨宮桜を脇役にした。そして、今まで通り桜を呼び出した。桜は、悩んでいた。自分の演技の何かが悪いのだろうかと、だが、雨宮桜の演技は完璧だった。俺は桜を抱いて慰めることしかできなかった。ドラマは、そこそこのヒットで、脇役の雨宮桜は注目されることすらなかった。



 翌年からの俺の脚本に、雨宮桜は出演することもなく、そのために、俺が桜に会うこともなく、2年の月日がたった。



 そんなある日俺は、脚本を書き始めた。かつての売れっ子女優が、年を重ね徐々にテレビの世界から消えていき、忘れさられて、足掻き苦しみ、だが、ただ傷つき、そして、最後普通の幸せに気づくという。平凡なストーリーであった。




 書き終えて、読み直す。うん、この作品の主演は、雨宮桜だ。俺は、脚本を持って家を出た。そして、とある高級マンションの入り口のインターフォンを鳴らす。



「はい」



 出たのは、雨宮桜だった。



「話があるんだ。開けてくれないか」


「先生…。はい、今開けます」



 俺は、エレベーターに乗り、そして、廊下に出た。すると、目の前に桜がいた。




「先生、お久しぶりです。どうされたんですか?」


「ああ、話があるんだ」


「はい、わかりました。部屋汚いですけど、上がってください」



 俺は桜についていき、マンションの一室に入った。部屋は綺麗に整頓されていて、女性の独り暮らしには、ちょっと大きな2LDKだった。部屋からは、桜の香りがした。



「売れっ子だった時に一括で買っちゃったんですよね」


「一人か?」


「はい、残念ながら、独り暮らしです」


「良い家だ」


「ありがとうございます。あっ、いけない。ソファーに座ってください。何飲まれますか?。お茶、紅茶、コーヒー、それとも昼間ですけど、お酒飲まれますか?」


「ありがとう、お酒。貰っても良いか?」


「はい、わかりました。」



 しばらくすると、ソファーに座る俺の前に赤ワインのボトルが置かれ、グラスが2つ置かれる。そして、


「乾杯」


「で、先生、何のお話があるんですか?」


「ああ、脚本を書いた。読んでほしい」


「はい? 脚本ですか? 私が読んじゃって良いんですか?」


「ああ、読んでほしいんだ」


「わかりました。では、読ませて頂きます」



 俺は、桜にタブレットを渡す。桜は、受け取ると静かに読み始める。



 俺は、ワインを飲みつつ静かに待つ、日がくれて、辺りが暗くなり、俺は電気をつける。桜は、まだ集中して読んでいた。俺は、再びソファーに座り、ワイングラスを傾ける。一本は、空になり、勝手に二本目を開けさせてもらった。



 そして、突然桜が顔をあげる。



「これって、私と先生の話ですよね?」


「ああ、そうだ。で、結末は、それで良いか?」


「結末?」


「ああ、結末だ。駄目だったら、書き直す」


 桜は、再びタブレットに顔を戻し、読み直す。そして、再び顔をあげる。


「えっと、結末。私で良いんですか?」


「ああ。で、書き直す必要あるか?」


「いえ、ありません。よろしくお願いいたします」



 俺はポケットから、ケースを取り出すと、机の上に置く。桜は、ケースを受け取ると、蓋を開ける。そして、静かに自分の左手薬指にはめる。



「サイズぴったりです。嬉しい」


「ああ、良かった」



 桜の顔が近づいてくる。そして、唇が触れる。そして、俺と桜は、静かにソファーに身を沈めた。




 ドラマは、空前の大ヒットを記録した。そして、雨宮桜の復活が報道された。


 しかし、すぐに、雨宮桜芸能界引退、そして、脚本家蔭山ミツルとの授かり婚が発表されたのだ。

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