炎上
久本の葬式は、訃報を受けて数日後に執り行われた、参加者は彼の両親と、地元に住む数名の友人だけ。
友人曰く、棺桶の扉は閉められていて、喪主である彼の父親は言葉少なく挨拶をしただけで、後は母親と一緒に目を伏せて震えていたそうだ。
よっぽどショックだったんだな、俺も信じられねーもんと友人は語る。
家族の行動に悲しみ以外の意味が込められていたのを知るのは、きっと俺だけだ。
本当は、俺も葬式に参加したかった。
でも、どうしても、彼の事を思う度に、あの日の惨状が、蘇ってくる。
肉を割く音、彼の嗚咽と、叫びが。
俺は端的に友人に感謝のメッセを返すと、ゲーミングチェアに背を預けて、天井を仰いだ。
息を吐いて、ただ天井を仰いだ。
彼に、何が起こったのだろうか。
久本は、何に巻き込まれたのだろうか。
はっきりとした答えは分からないが、きっと常識の範囲内で問える問題でもないのだろう。
そう思えるほどに、あの日の彼の様子は異常だった。
そういえば、と、友人から最後に送られてきたメッセを開く。
“久本の住んでる団地、ここ最近、こういう事が多くてさ、この前も一人暮らしのOLが飛び降りして、その前は三人家族の父親が団地の公園の木で首吊り、確かその前にも誰か死んでて……何か勘ぐっちゃうよな……”
この飛び降りたOLは、恐らく久本が現場を見てしまった女性だろう、彼の言葉を信じるならば、現場を見た久本の元に現れ、彼を死へと誘った女性。
しかし、その前にも誰かが亡くなっていたのは初耳だ、まぁ、地方のそういったニュースなんて上京したら耳に入ってこないよな……と思いつつ、気になったので団地名と首吊りで検索を掛けてみる。
こういうネガティブなワードを調べると必ず出現する相談ホットラインの案内を流しつつページをスクロールしていく。
意外にも団地の噂は広がっているらしく、団地を話題の心霊スポットと騒ぎ立てているページが多くヒットするも、それらの殆どはやれ原因は団地を建てる時に取り壊した祠の祟りだとか、何処かの部屋で行われた儀式の弊害だとか、面白可笑しく眉唾物の考察を垂れ流す、今の自分にとっては不必要な、何なら不愉快に思えるようなものばかり。
流石にそろそろアプローチを変えるか、そう思案していた矢先、とあるオカルト系のスレッドが目に入った。
“首吊り死体をUPして炎上したOLwww”
赤文字でそう書かれたタイトルから始まるページにはとあるSNSアカウントの炎上を発端とする一連の事件のあらましが書かれているが、ほぼスレタイ通りなので、別段取り立てて書き起こす程でもない。
貼られていた動画、及び該当のアカウントへのリンクも削除されていたが、スレ内には動画やアカウントのスクショ、所謂魚拓と呼ばれるものが散見され、彼女の顔写真も目線付きだが残されている。
勿論、彼女の事は知らないが、何枚か貼られた動画のスクショには見覚えがあった。
スクショに写っていたのは、幼い頃久本と何度か遊んだ、団地内の公園であった。
彼女の行動を非難する者、真偽不明な彼女の経歴を書き貶める者、とりあえず荒らしたい者、よくあるインターネットバトルが繰り広げられたスレッドを、ただただスクロールして、やっと、俺は真実に近づいた。
“おい、この飛び降りした奴って炎上してた奴じゃね?”
そのコメントと共に貼られていたのは、わずかに街灯が灯る団地の上から、誰かが身を投げた光景を収めた動画、鈍い音と共に落下した人間は奇しくも撮影主の方向に顔を向けて、絶命している。
見覚えのある女性だった。
紛う事なく、スレッド内に顔写真が貼られていた女性だった。
撮影主は、息を荒げつつ徐ろに遺体に近付くと、ただ一言、こう言った。
「すげぇ……」
その声は、間違いなく。
久本の声だった。
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