第20話 真相

 翌日、三人は後始末をしてから更に南へと向かう。


 草木をかき分け、道なき道を歩く三人の前から、突如として木々が失われた。


 眼前に広がるのは、なだらかな丘とその上に建てられた荘厳な城。雨風に晒され管理する者がいなくなっても、なおその威厳は失われていない。


「ルリ、どうだい?」


 問われてルリは頷く。


「やっぱり、この辺りに霊脈が集まっているようです」


 予想通りだった。やはり何者かはここに霊脈を集めていた。しかも森に埋もれていないのならば、大瘴霊石が発生していない事でもある。


「さて、誰なのかねぇ。霊脈を弄くった犯人は」


 三人は、古城を目指して進む。


 大きな門を抜けて、城へと入る。管理者がいないのにもかかわらず、手入れの行き届いた中庭が三人を出迎えた。


 いや、本当にそこには誰もいなかったのだろうか。


「誰か、いる?」


 最初にその男に気付いたのは、リュカだった。


 その男は、中庭のど真ん中に椅子とテーブルを置いて、読書をしていた。


 目を惹いたのは、その人物の肌だ。


 青い。青白いのではなく、青い。まるで染め上げたかのように青い肌は、明らかに人間のソレではない。


「なぜ……こんな所に……」


 ルリがその男を見た瞬間、そんな言葉を漏らした。


「知り合いかい?」

「……魔王の配下で七魔将の一人、バーザク。魔族という種族で、元の世界では門を通る際にわたし達と戦った、敵です」

「よし、殺そう」


 リュカが爆砕斧を構えて突撃するのを、ミケが制する。


 男は三人の様子に気付いた様子もなく、椅子に座って読書に勤しんでいる。


 その間にルリは中庭を進み、魔族の男、バーザクの前に立った。


「なぜここに、あなたがいるんですか!」


 ルリの叫びに似た声に、バーザクはようやく本から顔を上げてリュカ達を見た。


 本当に気付いていなかったのか、ルリの姿を見て少し驚きの表情を浮かべた彼は、だが少しの間を置いてからクツクツと笑う。


「ああ、天使のガキか。……今の言葉、予想はしてたがやっぱり記憶が飛んでやがるな貴様」

「……大部分は取り戻しました。まだ、細部はぼやけていますけど」


 その言葉を聞いているのか聞いていないのか、バーザクは周囲に視線をさまよわせ、それからルリに尋ねる。


「大部分と言ったな。取り戻したのは具体的にどの程度だ?」

「……失踪した勇者様を連れ戻すために、この世界に来たことです」


 それを聞いて、バーザクはクツクツと笑った。


「失踪した勇者、か。なぁ、勇者が失踪した理由、教えて欲しいか?」

「知っているのですか?」


 食いついたルリに、彼は大きく頷いた。


「ああ、そんなに教えてほしいなら教えてやるよ。そこの二人も聞くか?」


 リュカとミケは互いに顔を見合わせてから、頷きバーザクのところまで歩く。


 二人がやって来るのを待ってから、彼は椅子から立ち上がり、芝居がかった仕草で髪をかき上げて語り出す。


「今から五年前、俺達は勇者をこの世界に飛ばした」

「あなた達の仕業だったんですか!」


 目を剥いて食ってかかるルリの反応を見て、バーザクは満足そうな笑みを浮かべた。


「そうだ。勇者の奴はあの世界じゃ、女神から不滅の加護を授かってたからな。何度殺してもすぐに復活しちまう」

「それで、この世界に追放したってわけかい?」


 ミケの言葉に、男はやれやれ、と言った風に首を横に振った。


「半分正解だが半分不正解って所だな。女神の加護が発揮されるのは、女神の力が及ぶ範囲だけだ。だがその範囲は元の世界じゃ世界の内側全土にまで及ぶ。しかしだな、逆にいえばその範囲は世界の外側にまでは及ばないってことだ」

「ああ、そういうことかい」


 ミケは納得した。


「つまり、別の世界に飛ばしちまえば、勇者の加護は失われるわけかい」

「その通り。そこで俺達は、勇者を別の世界に飛ばした後に、その世界に侵攻して勇者を抹殺することを計画した」

「それにしちゃあ、随分のんびりとした計画じゃないか。そっちじゃ勇者を飛ばしてから、五年も経ってるんだろう?」


 ミケが指摘すると、一転してバーザクは渋面を浮かべた。


「……まぁ、予想外の事態が起こったからな」

「予想外の事態?」


 ふぅ、とバーザクは溜息をついた。


「勇者が飛ばされた先の世界、要するにここの世界の連中が、俺達の想像以上に手強かったって事だ」

「ああ、そういうことかい。確かにルリから聞いた感じだと、そっちの世界と比べると、こっちの世界は色んな技術が一歩か二歩くらいは先を進んでるからね」

「……そういう事じゃないんだがな」

「じゃあ、どういうことだい?」


 魔族の男は口ごもり、しきりに周囲を見回し、舌打ちをした。


「まぁ、最後まで教えてやるか。……俺達は五年前、つまり勇者を飛ばしてすぐにこの世界に来たんだよ」


 それを聞いてミケは黙る。その沈黙を受けて、バーザクは先を続けた。


「当時の精鋭部隊はことごとく蹴散らされて、優秀な将軍達が何人もやられちまった。しかも肝心の勇者には会うどころか居場所さえ掴めなかった。勇者抹殺計画は、失敗に終わった」


 それで、だ。とバーザクは更に続ける。


「それから五年は、元の世界で地上侵攻と並行して軍の再建をやっててな。少し前に地上の大半の侵略が終わって軍も立て直したところで、天使どもが勇者を連れ戻しに異世界の門を開くって情報を掴んだんだ。それで、天使どもを阻止するついでに再び勇者抹殺の計画をやっちまおうぜって事になったんだ」


 リュカは黙って聞いており、ミケは何やら考えている。そんな中、いきり立って反応したのはルリだった。


「そんなことさせません! ここで、あなた達の計画は阻止します!」

「おいおい、まだ話は終わってないぜ」


 冗談めかしてバーザクは話す。


「最初は勇者の奪還に赴いたお前たち天使の門を奪って使うつもりだったんだが、念のために送り込んだ偵察の使い魔を通じて見てみりゃ森の中だ。戦闘の余波で座標がズレたのは確実だった。そこでまず少数の精鋭を送り込んで、この世界の調査をすると同時にお前と勇者の居場所も探し出すことにしたってわけだ」


 俺がいるのは、まぁ、そのための調査だな。そういってバーザクは笑った。


 その直後だった。門の向こう、つまりリュカ達の後ろに何体もの魔族がやってきた。


「やっと来やがったか。念話で送ったらさっさと来やがれ」


 その中で一段と大柄な魔族の男が頭を下げる。


「申し訳ありません。隊長」

「さて、ここまで聞いてもらった以上は、お前達を生かして帰すわけにはいかなくなった。そもそも俺達を知った時点で、生かして帰す気はなかったがな」

「時間稼ぎなのはわかってたよ。アタシは耳がいいからね」

「おいおい、性格悪いなぁ。わかってたなら、俺に語らせずに待っててくれりゃあ良かったのに」

「そういうわけにもいかなくなってね。ちょいとアンタに質問だ」

「オレも、聞きたいことがある」


 バーザクは肩を竦めて、二人に言う。


「質問は一人一つまでにしてくれよ」


 それには答えず、ミケが最初に質問を投げる。


「五年前にアンタ達が侵攻したとき、この世界のどこに出た?」


 男は、再び渋面を浮かべる。


「嫌な質問だな。……だが答えてやるよ。この場所だ」

「ああ、うん。わかった。そういうことかい」


 ミケが納得すると同時に、リュカが一歩前に出た。


「なぁ、そっちの世界に、この世界の竜人は来なかったか? 多分、五年前の侵攻の時だと思うんだけど」

「ああ、来たぜ。二人な。……知り合いか?」


 その言葉に、リュカは確信を得た。そして同時に納得した。どうりで今まで見つからなかったわけだ。


「多分、父ちゃんと、母ちゃんだ」


 その言葉に、バーザクは目を見開き、そして片手でガリガリと頭を掻いた。


「……ああ、そういうことか。お前、あのクソ竜人どもの子どもか」


 そして、リュカ達の後ろにいる魔族、先程の頭を下げた大柄の男に視線を向ける。


「ゲベル。竜人のガキは生け捕りにしろ。あいつらの人質に使える。他は殺して構わねぇ」


 リュカは、その言葉が意味する所を即座に理解した。


 父と母は生きている。そして、こいつらと敵対関係にある。


 そして、父と母が向こうで戦っている。父と母が、魔族と戦っている。こいつらと戦っている。


 その事実が、リュカの心に火を付けた。


 先程こいつらは、生かして帰さないといった。それは、こちらの台詞だ。


 爆砕斧を握る手に力が入る。


「リュカ、後から入ってきた奴の対処はアタシ達に任せな。アンタはそっちを頼む。こいつらは、絶対に生かして帰さない。ここでぶっ倒して、おじさんとおばさんに少しでも楽させてあげたいからね」

「わかってる」


 短い返答に、リュカの纏う空気が変わったのをミケは感じ取った。


 ああ、今のリュカは全力だ。戦いを愉しもうとかいう竜人の考えをも捨てちまってる。ルリの援護をこっちに回して正解だったな。多分、今のルリだと足手まといにしかならない。


「いくよ」


 殺意に満ちた声が、中庭に響く。


 次の瞬間、リュカとミケが魔族達に向かって突撃した。

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