第19話 次の方針

 大瘴獣の瘴霊石を完全に砕いたリュカ達は、大瘴霊石の前に集まった。


「ミケ、壊していいんだよな?」


 大瘴霊石を前にして、リュカが改めてミケに確認する。


「いいけど、どうしたんだい?」

「ん。いや、何か本当にいいのかなって思ってさ」


 世迷い言ともとれるその言葉を、しかしミケは深く受け止めた。


 リュカがそういう時は、直感的に何かがおかしいと感じている時だ。もしかしたら調査が必要かもしれない。


「ルリ、この辺を調査しても大丈夫かい?」

「大丈夫ですけど、どうしたんですか?」

「いや、この辺りは瘴気が濃いはずだからさ……」


 そこまで言って、ミケは言葉を止めた。


 そうだ。この辺りは瘴気が濃いはずだ。大瘴霊石の周囲は少なくとも、瘴気が濃霧のようになっていなければおかしいはずなのだ。地面に淀んでいるだけで済むはずがない。


 ミケは、慌てた様子で大瘴霊石を見る。


 大瘴霊石は、地脈が集まって霊素溜まりとなった場所に作られる。そして作られた後は地脈から霊素を吸い上げて、瘴気として放出し瘴獣を生み出す。その瘴気によって動植物が変異や巨大化したり、急成長することで、瘴気の森が出来上がる。


 大瘴霊石に近づき、そこで確信する。


「大瘴霊石が、殆ど瘴気を出してない」

「ミケ、どういうことだ?」


 沼に手を突っ込んで、掬い上げる。泥をマジマジと見つめて、眉間に皺を寄せる。


「やっぱり、泥の中にも瘴気があまり含まれてない。もしかしたら、地脈……霊脈がいじくり回されてるのかもしれない」 


 それを聞いて、リュカは納得した。やはりあの大瘴獣は弱体化していたのだ。瘴獣は肉体を維持するために膨大な霊素を必要とする。その霊素を確保するために瘴獣は霊脈や大気から瘴気を吸い上げて使っているのだが、瘴気が少ない場所では肉体を維持する事が出来ず、必然的に弱ってしまう。受肉していればその量をある程度は抑えられるのだが、あの大きさでは抑えたとしても膨大な量が必要となるだろう。


 だがそこで一つの疑問が発生する。


「一体誰がそんなことするんだ?」


 その問いにはミケも首を横に振った。


「わからない。キティなら詳しく調べられると思うんだけど……」

「あ、あの」


 そこでルリが手を上げる。


「その、霊脈って言うんですか? わたしなら、地面に流れている力の流れがわかると思います」

「……どこに流れてるんだい?」


 ルリは周囲に視線を彷徨わせて、ある方向を指差す。


「あっちの方角に、地面の中にある力が流れてます」

「この辺りには集まってないのかい?」


 ルリは地面を見て、首を振る。


「えっと、集まってはいるんですけど、どうにも集まった力がそのまま向こうの方に流れているみたいです」


 ミケはその方角を見て、地図を取り出す。


「……その方向に行くと、今はもう使われてない古城があるくらいかな」

「もしかして、師匠の仕業かな?」


 地図を戻しながら、ミケは首を横に振った。


「いや、有り得ない。先生はそんなことしないし、する理由がない」


 ミケは顎に手を当てて考える。


「……アタシ達が踏み込むよりもずっと前に、ここに来た奴がいる。そして、霊脈を弄ってどこかに霊素を集めている? 一体なんのために?」


 ブツブツと呟くミケに、リュカは改めて問いかける。


「ミケ、とりあえずコレ、壊しちゃっていいのかな?」


 問われて、ハッと顔を上げる。


「……ああ、大丈夫だよ。とりあえず壊しちゃってくれ」

「了解! いくぜ!」


 片手で大斧を振りかぶり、勢いよく大瘴霊石に叩きつける。


 凄まじい破砕音が響き渡った。大気が震え、周囲の森の中に隠れていた鳥達が一斉に飛び立ち、ただの獣達が泡を食って逃げ出す。ルリも思わず耳を押さえてしまったほどだ。


 リュカは大瘴霊石の大きな破片を幾つか回収すると、泥を拭いて革袋の中にしまい込む。


「ミケ、大丈夫か?」

「ん。ああ、大丈夫だよ。……ただ、すぐに移動した方がいいね。多分、大瘴霊石の欠片を食べに瘴獣達が沢山やって来るからさ。霊脈を弄られて瘴気が薄くなった今だと、相当飢えてるはずだよ」

「それじゃ、行こうか」


 忠告に従って、三人はすぐにその場から離れた。


 ミケの予想通り、沼地には一刻を待たずに森中から来たのではないかと思うほどの瘴獣達が大挙して押し寄せてきた。


 三人はそれを隠れてやり過ごし、ルリの示した方角、南へと進む。


 夜が来て、もう進むのは危険だと判断したミケの提案で野宿をする。食べるのは、湖の時に確保して作った魚の燻製だ。


 食事を終えて、獣避けの結界を張った三人は、これからの方針を決めることにした。


「本来、大瘴霊石を破壊すれば瘴気が止まるから、瘴獣が発生しなくなるはずなんだけど……」

「霊脈が弄られてるからなぁ。どこかに集めてるんだろ?」

「多分ね」


 ミケは溜息をついた。


 リュカ達が大瘴霊石を破壊したのは安全を確保するためだ。だが霊脈を弄ってどこかに霊素を集めているのなら、そこが新たな霊素溜まりになり、淀んだ霊素が瘴気となって大瘴霊石が発生している可能性は充分にある。つまり自分達のやったことは、全くの徒労なのだ。


「あの、これからどうするんですか?」


 辺りに瘴獣の気配がするのだろう。落ち着かない様子でルリがミケに尋ねる。


「そうだね。とりあえず古城には行っておきたい所だね。あそこなら、充分な休息が取れる」

「でも、霊脈の集まっている先の可能性があるんですよね?」

「それでもだよ。むしろあそこに霊脈を集めてるなら、そっちの方が都合がいい」


 意外な言葉に、ルリは首を傾げた。


「どうして都合がいいんですか?」

「あそこも霊素溜まりなんだよ。人間達は霊素溜まりに町や村、砦なんかを作るんだ」


 その言葉に、目を瞬かせる。言っている言葉は理解しているが、意味が理解できないとばかりに。


「あの、霊素溜まりって大瘴霊石が出来上がるんですよね?」

「何もしなければ、ね。霊素溜まりっていうのは、霊脈から霊素を汲み上げて霊素術を発動させる場所として色々と都合がいい場所なんだ。例えば霊脈の霊素を水に変換する術式を作っておけば、その場所はずっと水が湧き続ける場所になる。つまり、霊素溜まりが一つの水源になるのさ」


 なるほど、とルリも納得した。


「更に壁なんかに防護術式を組み込んでおけば、外敵から守る堅牢な城壁が出来上がる。今の時代では、霊素溜まりの質と量が全てを決めると言っても過言じゃないね」

「でも、放棄されたんですよね? 大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫さ。カザリナから見たときに森に埋もれずに古城が幾つも残ってただろう? となるとああいう古城には大瘴霊石がない、つまり霊素溜まりを使った術式もまだ生きてるってことなんだ」


 あっ、と声を上げる。


「じゃあ、都合がいいっていうのは」

「そう。そこに霊素を集めてるなら、大瘴霊石が発生せずにいるってことさ。術式を弄ってなければの話だけどね」

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