第17話 休息
紅玉狼の進んだ道をリュカ達は進む。決して後を追っているわけではない。ただ単純に目的地が同じなだけだ。
そうして歩くこと暫し、突如として森が開けてリュカ達の目の前に広大な湖が現れた。
その湖には、多くの動物達がいた。馬、羊、鹿、兎に始まり森獅子や狼、熊や猪、他にも様々な種類の動物達が湖で休んでいた。
リュカは思わず駆け出し、水面を覗き込む。
「ミケ、見ろよ! 綺麗な水だ!」
呼びかけられたミケはリュカの所に歩き出そうとして、服を引っ張られた。振り向けば、緊張した面持ちのルリが湖の畔で休んでいる獣を指差していた。
そこには先程の紅玉狼の姿があった。地面に寝そべって休んでいるように見える。
「大丈夫、ここは獣達の憩いの場なんだ」
「憩いの場?」
「うん。停戦地帯って言えば良いのかな。綺麗なところでも普通の水場なら奪い合いになるけれど、こういう大きな水場では争いが厳禁だって事が森の獣達の間での暗黙の了解なんだ。それもあってここで獲って良いのは、湖にいる魚と木の実や果物くらいだね」
だから大丈夫だとミケが告げると、不安そうにしながらもルリは手を離す。
「魚も泳いでる!」
「ちょっと待ちなって」
はしゃぐリュカにそう言いながら、ミケは革袋から小さな瓶を取り出す。
湖に近づいたミケは水を瓶に掬うと、更に革袋から赤い液体の入った小瓶を取り出す。
「ミケちゃん、それって何ですか?」
「瘴気に汚染されているか、簡単な調査が出来る奴だよ。獣達がいるから大丈夫だとは思うけど、念の為ね」
言いながらミケは、小瓶に入った赤い液体を一滴だけ湖の水が入った方の小瓶に入れる。
すると赤い液体は、水に触れた途端にたちまち無色透明に変化してしまった。
ミケは水の入った小瓶を何度か振って、様々な角度から眺めるが、小瓶の中身は特に何の変化も見られなかった。
「……ああ、これなら大丈夫だ。ここの水は安全だよ。それに瘴気で汚染されてないなら、この場所には瘴獣達が出てこないだろうね」
「よし!」
グッと拳を握るリュカ。すると、ふと思い立ったようにミケに尋ねる。
「なぁミケ、入っても大丈夫かな」
「問題ないよ。ついでに魚でも獲ってきてくれると助かる」
「任せろ!」
返事をしながら、リュカは服を脱ぎ捨てて湖に飛び込んだ。
「ルリも、水浴びをしたいならしてきていいよ。アタシは野営の準備をしておくからさ」
「ミケちゃんは、いいんですか?」
おいおい、とミケは笑う。
「三人とも湖に入ったら、誰が荷物番をするのさ。ここには人間はいないけど、野生の動物に荷物を漁られる可能性はあるんだよ。二人が上がったら、アタシも頃合いを見て水浴びをするさ」
「あ、はい。そうですね」
ルリは足早に湖へと向かい、そこでふと足を止めて、辺りを見回す。
「あの、誰も見てませんよね?」
「野生の獣達と、あとはそうだね」
ミケは空を見上げた。
「……魚くらいなもんだね」
「魚? ……あ!」
つられて空を見上げたルリの口から、驚きの声が漏れた。
空には、まるで水の中を泳ぐように魚が泳ぎ回っていた。
「空魚だよ。綺麗な空気や雲を主食にする魚さ」
「こんな生き物が、いるんですね」
「食べると結構旨いんだ。……あとで空魚釣りでもやるかい? こいつらは食ってもいいからね」
空魚釣り。全くの未知の誘いにルリが頷く。
「それじゃ、用意しておくよ。さぁ、さっさと水浴びをしな」
ミケに急かされて、ルリは自身の服に手をかける。
「……あとで、服も洗っておかなきゃ」
この森に踏み込んでから、水浴びなんて一度も出来ていない。当然服は汚れているし、体も汗や土で汚れている。年頃の女の子としては、あまり看過したくない状態だった。
そういえば、リュカ達の出す水は飲料に適した綺麗な水だ。瘴獣が出てこないなら、ここで色々と準備を整えるのはどうだろうか。後でミケちゃんに言ってみよう。そんな事を考えながら服を脱ぎ、湖に入ろうとしたその時だった。
「まず一匹!」
リュカが大人の背丈くらいの丸々と太った魚を抱えて、水面に浮上してきた。
ビチビチと活きのいい魚を抱えながら、湖から這い上がったリュカは、その大きさに呆然とするルリの横を素通りし、笑顔でミケに魚を差し出す。
「ミケ、料理よろしく!」
「あいよ、任せな」
湖の畔で休んでいた紅玉狼が、リュカ達の方をチラリと見たあと、大きなあくびを一つしていた。
その日の食事は、豪勢なものだった。
リュカが獲ってきた新鮮な大物の魚が六匹。加えて周囲の木々から採れた森林檎や森葡萄を始めとした果物もあった。ここ三日は乾燥肉しか食べてなかったリュカ達は、上機嫌でミケの料理を食べていた。
「あ、そうだミケちゃん」
食事の途中、近づいてきた子熊……といっても、リュカ達と同じ位の大きさがある子熊に魚をお裾分けしながら、ルリはここで色々と準備を整えておくのはどうかとミケに伝える。
「そうだね。二、三日はここで準備を整えよう。リュカも明日から色々働いてもらうよ」
「わかった。……アリスとキティがいれば、もうちょっと楽が出来るんだけどなぁ」
ミケの言葉に、リュカがそうぼやいた。
「アリスさんとキティさんって、わたしが来る前にあの家にいた人達ですよね?」
「そうさ。二人とも凄腕の霊素術士で、アリスにいたっては錬金術師だからね」
「錬金術師なんですか」
ルリも名前だけは聞いたことがあった。元の世界でも、そんな職を名乗っている者達が大勢いたのだ。具体的にはどんな事をしているのか、全く知らなかったが。
「そっちの錬金術師とは、多分色々と違うだろうけどね。こっちの錬金術師は、万物創造の開拓者って言ったらいいのかな」
「万物創造、ですか」
これまた壮大な話が出てきたものだと、ルリは半分呆れながらも話を聞いた。
「こっちの世界の錬金術師ってのは、簡単に言えば全ての物はそれぞれを司る精霊の力によって作られている。だから精霊の力を自在に操ることが出来れば、ありとあらゆるものを作り出せるんじゃないかって考えて色々研究していた連中なんだ」
「精霊の力ですか? でも、それは」
「間違ってはいたけれども同時に正解でもあったって所だね。霊素が発見されて、全てのものが霊素によって出来ている事が発覚してからは、錬金術師達は霊素を操って色んな物を作る職業になったんだ」
「そんなこと、可能なんですか?」
苦笑しながらミケは首を横に振った。
「古代人がいた神話の時代ならともかく、今の時代の霊素技術はそこまで至ってない。連中が錬金術と呼ぶ方法で物質を作る場合、その物質がどうやって出来ているのかを理解していなきゃいけないんだ。だから錬金術師といっても、実際には科学者みたいなもんだよ」
「科学者?」
「鉄の時代に現れた研究者の事だよ。そういえば、鉄の時代については結局ルリに教えてなかったか」
そこでふと思い出す。先程のミケの口振りからすれば、アリスは別のようにも聞こえる。
「そのアリスさん、どんなことが出来るんですか?」
「アリスもまぁ、科学者みたいなもんだね。ただ……」
ミケは周囲を見回す。
「アリスがいれば、今日中に家を建てて風呂も沸かしてただろうね。ああ、台所もちゃんと作ってくれるから、もっとしっかりした料理が出来る。夜は柔らかいベッドでグッスリ寝て、明日の目覚めは快適になってただろうさ」
「そんなにですか!?」
ルリは驚きに声を上げた。
家を建てるなんて一日で出来るわけがない。それはルリもよく知っている。カザリナでも大工の戦人はいたが、彼らでも一日という常識外れの速度で家を建てるなんて不可能だ。それだけでもとんでもないのに、設備までしっかり作れるとは驚きを通り越して異常だ。
「霊素術士協会の中でも最年少の天才錬金術師。それがアリスさ。業火のレリーナみたいに、凄腕の霊素術士には二つ名が与えられるんだけど、アリスにもそれを与えられてる」
「どんな二つ名なんですか?」
ミケはニヤリと笑みを浮かべて、告げる。
「『創世』……それがアリスに与えられた二つ名だよ」
その意味を即座に理解して、ルリは驚き目を見開いた。
「アリスはね、本当に小さいけれど、確かに世界を創り上げてしまったんだ。かつて古代人がやったようにね」
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