第10話 ミケ2

「リュカの奴、本当に馬鹿だよ。確かに竜人に限らずアタシみたいな半獣人を含めて、戦人には戦いの中で成長する『戦闘適応』っていう異能があるよ。強い奴と戦えば戦うほど強くなれるっていう異能があるから、戦人は当時のアタシみたいな子どもでも人間の大人と戦える位には強いし、それもあって戦人と呼ばれてるんだ」


「じゃあ、リュカちゃんがぶっ飛ばされてるのって……」


「そう。確かに、リュカみたいに格上に挑んでボコボコにされれば、普通に鍛えるよりよっぽど早く強くなれる。でも、あんなやり方だといつ死んでもおかしくないんだよ。それをやるなんて、よっぽどの死にたがりか、そうじゃなければただの馬鹿のどっちかだよ」


 当時を思い出しているのか、ミケは少しだけ目を閉じてから、続けた。


「……でも、なんでだろうね。そんなアイツを放っておけなかった。というか、放っておいたら駄目な気がしたんだ。それでさ、何だかこんな馬鹿を疑ってた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきたんだ。それに気付いたら、少しだけ力を抜くことが出来たんだ」


 その表情を見て、ルリは確信した。


「こんな馬鹿がいるのなら、少しだけ人を信じてもいいのかなって、そう思えたんだ」


 その時、ミケは確かに救われたのだと。


「そういえば、リュカちゃんはミケちゃんの秘密を知ってるんですか?」

「ああ、眷属の事かい? 今のリュカは知ってるよ。あの時は眷属の事はバレるのが怖かったから秘密にしてたけどね」


 ただ、そう区切ってからミケは続ける。


「そういうのはいつまでも隠し通せるもんじゃない。結局、バレるときはバレるんだ」


 そしてミケは続ける。


「事の経緯は、もう日課となっていた森の獣達との戦いでの事だった。その時のアタシは、リュカが無茶をしすぎないようにっておばさんから監視を頼まれててね。それで、いつも通りリュカはぶっ飛ばされた。ただ、その日はちょいと日がマズかったんだ。南の森内部で縄張り争いが起こってて、森の獣達の気が立ってた」


 ルリも南の森には一度だけ足を運んだことがあった。大きな森に、見合うだけの体躯を持った獣達の姿も見た。そんな獣達の気が立っている事の危険性も、同時に理解出来る。


「そのせいもあって、森の獣は必要以上にリュカを攻撃したんだ。もしかしたら、リュカが死んでしまうかも知れない。そう思ったアタシは、咄嗟に眷属の力を使ってしまったんだ」

「じゃあ、その時に?」

「ああ。結果としては、生き残ることが出来たけどね。でもリュカは、アタシが眷属の力を使うところを見ちまった。……正直、怖かった。アタシの力を知ったとき、リュカに怖がられるのが怖かった」


 人々が眷属の力を恐れる理由はルリにはわかる。本能的に、まだ眷属を出してもいないミケを恐ろしいと感じてしまうほどに、アレは不吉なものなのだ。


「アタシの力は普通じゃない。放浪生活の中で、アタシに積極的に絡んでくる奴はリュカ以外にも確かにいた。何処の町や村にも大抵一人はいる人懐っこい奴。そういう奴からすれば、外からやって来たアタシは興味深かったんだと思う」


 当時を思い返しているのだろう。ミケは寂しそうな表情を誤魔化すように笑みを浮かべていた。


「だけど、そういった連中はアタシの力を見たときは決まって化け物を見るような目で恐れるようになったんだ。だからリュカも、アタシの力を見てしまったら、今までの奴らと同じようにアタシから離れていくんだと思ってた」


 それがどれだけ怖かったのか、ルリには想像しか出来ない。


 だが、今ここにミケがいるのならば、悪い結果にはならなかったのだろう。


「それで、どう、だったんですか?」


 だから、そう聞くことが出来た。


「リュカの奴、目を輝かせてすげぇすげぇって、興奮しながら言ったんだ」


 正直信じられなかった。そう言ってミケは笑った。


「それでアタシは、抱えていた秘密を全部ぶちまけたんだ。アタシの今までと、中に眠る怪物と、使った力について全部ね。どうだ、これでも怖くないのかって」


「全部話したんですか?」


「なんでだろうね。確かに予想していた結末は嫌だったし怖かったのに、いざ自分が思っていたことが違うと、そうであって欲しいって思っちまうんだ。不思議だよね。……いや、多分、自分の抱えていたものが、そいつにとっては大した問題じゃなかったって思いたくなかったんだ。だから、全部話せたんだと思う」


 大した問題じゃない。その言葉に、ルリは安心した。


「最初はリュカも衝撃を受けてたよ。ただそれは、その力をずっと隠していたことだけどね。言っちゃうと、力を使ったアタシはリュカよりも強かったからね。森の獣もあっさりと撃退出来たわけだし。……そしたらさ、リュカの奴、なんて言ったと思う?」


「なんて言ったんですか?」


「アタシを超える。そう宣言したんだ。その時のアタシは、他の竜人とあんまり関わりを持たなかったから、竜人の事を何も知らなかった。多分、他の連中もリュカと同じ様な反応をするだろうね。それで、家に帰った後、おじさんとおばさんにも事の経緯を話したんだ」


 そんな人達ならば、きっとミケの事を悪くしなかったのだろう。ミケの語りからそう確信できた。


「そしたらさ、二人とも大体の事情は知ってたんだって。先生から事情を聞いてて、それでもアタシを受け入れてくれたんだ」


 ミケの表情を見て、ルリは悟った。


「そんなこんなでアタシの秘密はリュカ達に知られちまったけど、アタシの生活は変わることがなかった。リュカも、おじさんも、おばさんも、それまでと同じようにアタシに普通に接してくれた」


 ああ、この時に。


「その普通がさ、何よりも嬉しかったんだ」


 この時に、本当の意味でミケは救われたのだと。


「……いい人達だったんですね」

「ああ、本当にいい人達だよ。だからアタシは、あんないい人達がリュカを残していなくなっちまった事が悔しくて仕方ないんだ」


 その時、ルリはミケが他の戦人からなんて言われているのかを思い出した。


 確か、ミケは両親がいなくなったリュカを支えているのだと。だが、ミケの語りを聞いた今ならば分かる。


「もしかして、ミケちゃんも」

「そうだよ。他の連中は、アタシがリュカに付き合っているように見えるんだろうけど、実際は違うよ。アタシも、おじさんとおばさんを探したいんだ。アタシにもう一度家族の温かさをくれたあの人達を、見つけたいんだ」


 そう言って、ミケはルリを見る。


「だからルリ、リュカの旅に付き合うというなら、アンタにも二人を探すのを付き合ってもらうよ」


 望むところだと言わんばかりに、ルリは頷く。


「はい! わたしもお二人に会ってみたいです!」


 元気のいい返答に、ミケは笑う。


「ほんと、ルリはいい子だね」


 そうして日が大分傾いて来た頃、そろそろ帰ろうかと思い、ふとミケはルリに尋ねた。


「そういえば、ルリは明日は森に行くんだよね?」

「はい。ザナウさんから森の採取のお手伝いをお願いされまして」

「多分大丈夫だと思うけど、森の獣には気をつけなよ」


 言われるまでもないと、ルリは頷く。


「熊とか猪とか、ですよね?」

「そうそう。表層なら知恵持つ獣と遭遇しても襲われる事はないとは思うけど、一応用心しておくにこしたことはないからさ」

「知恵持つ獣?」


 聞き慣れない単語に、ルリは首を傾げた。


「なんだ、ザナウのおっちゃんから聞いてないのかい?」

「はい。そういうことは特に……ただ、森の採取の手伝いをお願いされただけなので」


 ミケは溜息をついた。


「じゃあ、アタシが教えておくよ。森の中には瘴獣達が彷徨いているのは知ってるよね?」

「はい。瘴霊石を核とした、瘴気の集合体、ですよね?」

「そう。瘴獣は生き物全てに襲いかかるんだけど、獣達の中には瘴獣を逆に襲う奴もいるんだ」

「それが、知恵持つ獣、ですか?」


 ミケは首を横に振る。


「いいや、瘴獣を襲うのは普通の獣でもやるからね。一部の獣達が瘴獣を襲う理由はわかるかい?」


 今度は、ルリが首を横に振る番だ。


「だろうね。一部の獣達は、瘴霊石に惹かれて瘴獣を襲うんだ。そして瘴獣を狩ったら、瘴霊石を食べる」

「瘴霊石を食べるって……大丈夫なんですか?」

「森の獣達は大丈夫。元々瘴気の漂う場所で暮らしているからか、森の獣達は瘴霊石を食っても問題ないんだ。それどころか、体内で瘴霊石から瘴気を抜き取って浄化することさえ出来ちまう」


 問題はここから、とミケは続ける。


「瘴霊石を浄化して純霊石を体内に取り込んだ獣達は、ものすごく強くなるんだ。先生が言うには、純霊石を取り込むことで生物から精霊に近づいているらしい。そうして精霊に近づくごとに、その獣達の寿命は大幅に伸びる。そして長く生きて純霊石を取り込み続けた獣はやがて知性を身につけるんだ。それが、知恵持つ獣と呼ばれる連中さ」


「そんな事、わたし聞いてないです……」


 もっと早く教えて欲しかったと、ルリはがっくりと肩を落とした。


「知恵持つ獣は、森の支配者とも呼ばれている。けれど、支配者は一匹じゃない。何匹もの支配者がいるし、当然それだけいれば支配者が種族を率いて他の支配者に喧嘩を売って争いも起こる」


「じゃあ、その支配者と呼ばれる獣が表層に出てくるんですか?」


「偶に、だけどね。ただ、アタシ達がルリと出会った日は獣達の縄張り争いがあってね。獣達の縄張りが変動してるし、縄張りを追われた獣もいる。当然、縄張りを取り戻そうとする連中もね。そういった連中が表層に出てくることもあるんだ。それを警戒して、知恵持つ獣が表層に出てくる可能性は充分にある」


「……気をつけます」


「ま、ザナウのおっちゃん……獣人達が一緒にいれば大丈夫だと思うけどね。もしヤバイと判断したら、すぐに逃げるんだよ」




 それから更に数日が過ぎた。


 家や町の仕事からこの世界の事について、ルリはミケから色々なことを教わった。リュカも教えてくれることがあったが、どうにも教えるのが苦手のようで、ミケから教わることの方が多かった。


 そうして教わったことを実践するために農業区画に行って農業を手伝ったり、森に入って木の実を集めたり、牧場で牧畜の世話の手伝いもした。カザリナには鉱山があり、何度か鉱山に足を運んでみたのだが、鉱山での仕事はルリには重労働であり、あまり役に立つことは出来なかった。


 カザリナは広大な森で外界と隔絶された土地にありながら、その食事は実に豊かだった。湖では様々な魚が釣れるし、農業では数種類の野菜や穀物を育て、森に入れば多種多様な食用植物が手に入る。中でも主食であるパンは、奇跡の麦を原材料にしたものと、木の実を原材料にしたものの二種類を基本として、様々な種類のパンが作られていた。しかも家庭によってパンの味は変わってくるので、来たばかりのルリは色んな家からパンを食べさせられることになった。


 中でも向かいの家、レグノスの家のパンが一番美味しかった。それもそのはずで、彼の家はカザリナでは珍しいパン屋を営んでいる。奇跡の麦と木の実を秘密の割合で合わせて作った生地がおいしさの秘訣だという。


 ルリは町のあちこちに出向いては、町の構造を身体と頭に叩き込んだ。他にも森の表層に入っては地形を覚えて木の実や果物、他にも食用に適した植物が採れる場所を覚えた。


 カザリナでは様々な仕事の手伝いをしていたが、ルリに一番適した仕事は、牧畜の世話だった。カザリナの牧場にいる牧畜達とはすっかり仲良しになり、気難しい苔桃豚の背に乗ることさえ出来るようになった。


 それ以外にも家の仕事も覚えた。洗濯や掃除、ミケの料理の手伝い。霊素術を使った時の手際の良さにミケに感心された時は嬉しかった。三人で暮らすにはやや大きな家なので大変だったが、それでもルリは楽しかった。


 こんな日々が、ずっと続けばいいと、ルリは思っていた。


 だけど外への憧れもまた、ルリの中には疼いていた。


 あの景色。カザリナの礼拝堂前の広場から見た中央大陸南部を一望できる絶景と、夜空を映した幻想的な湖の景色が、心の宝石箱の中で輝いているのだから。


 そして、あの時のリュカの約束。旅に一緒に出ようという、あの約束。


 この日々はそう遠くない内に終わりを告げるのだろう。だが、それは決して悪いことではない。


 何故ならその先にあるのは、きっと輝かしい冒険の日々なのだから。

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