第5話 町案内

「さて、それじゃあまずは何処から案内をしようか?」


 家を出て先頭を歩いていたリュカが、振り返ってミケに尋ねる。


「とりあえず、ここからでいいんじゃないかい? あとは、そうだね……今後の事を考えると色々と利用する下の方を案内して、後で時間があるなら上の方も案内すればいいと思うよ」

「それじゃ、それでいこう」


 そう言ってリュカはまず家の近くを案内することにした。


 最初に案内したのは、リュカの家だ。ここに住む以上は最初に教えるべきだ。


 家の中に入り、まずは洗面所などの場所を説明する。使い方を尋ねてみては、実戦させて本当に覚えているのかどうか確かめる。幸いな事に、ルリは問題なく使う事が出来た。


「ここがルリの寝室だよ」


 そう言って案内したのは、先程ルリが寝ていた場所だ。竜人の家の例に漏れず、寝具だけで調度品がないガランとした部屋だった。


「必要な調度品とか内装を弄りたいなら、言ってくれれば色々と都合を付けるよ。頼むから、本当にお願いだから勝手に家の中を弄らないでね」


 そう言われて、ルリは心外だとばかりに大きく首を横に振った。


「そ、そんなことしませんよ!」


 そういうと、二人は信じられないものを見るような目でルリを見た。その視線に、ルリは自分が何か問題発言をしたのかと縮こまってしまう。


「あ、あの……どうしたんですか?」


 やっとの思いで絞り出した言葉を受けて、二人はハッと正気に戻った。


「ああ、いや。そうだよな。それが普通だよな」

「実は、前にも二人ほどこの家に住んでた時があってさ、その時の二人が勝手に家の中を色々と弄くり回すもんだからさ……」


 重苦しい溜息をつくミケの姿に、この話題はやめようとルリは固く決意した。


 次に案内したのは、向かいにある友達の家だ。


「おーい、レグノス、いるかー?」


 玄関横の鈴を鳴らしながら呼びかけると、少しの間を置いて扉が開かれる。


 出てきたのは、燃えるような赤い髪に黒い瞳の竜人の少年だった。年の頃はリュカと同じ十二歳くらいだろうか。


「リュカにミケ、どうした……ん……だ?」


 男の子のレグノスは、リュカ達と一緒にいるルリを見て目を白黒させた。


「こっちの子、ルリって言うんだけど、オレの家に住むことになったんだ。多分、レグノスにも色々頼む事があると思うからさ、挨拶回り」

「お、おう。おれはレグノス、よろしくな」

「よ、よろしくお願いします」


 レグノスが髪と同じ赤い竜鱗に覆われた手をぎこちなく差し出すと、ルリも手を出して握手をする。途端、レグノスは顔を赤くしてあちらこちらに視線を逸らした。


 その様子を見て、ミケが意地の悪い笑みを浮かべる。


「ほーう。心に決めた子がいるのに、可愛い子が現れたらもう心が揺れるのかい。二股かい? そういえば、アリスの時も似たような反応だったねぇ。こりゃ三股だね」

「ば、バッカ! そんなんじゃねーよ!」


 ニヤニヤしながらミケが小突くと、レグノスは顔を真っ赤にして声を荒げた。


 ルリの紹介と挨拶が済んでレグノスの家を後にしたリュカ達は、そのまま大通りを南に歩いて職人区画へと向かう。


 職人区画は、大小様々な工房が建ち並んでいる区画だ。そして、その名が示すとおり、カザリナ中の職人達が集まる区画である。


 ミケの案内で足を運んだのは、彼女が日頃からお世話になっているという工房だった。そこは家と工房が併設された小さな建物であり、ミケはその建物までやって来ると玄関横に付いている呼び鈴を鳴らす。


「じいさん、いるかい?」


 呼び鈴を鳴らしてから暫くすると、玄関の扉が開いた。そこから現れた姿に、ルリは驚きの声を上げた。


 玄関の扉を開けたのは、一匹の竜だった。


 いや、よく見ればその竜の姿は人の形をしていた。だが人に近い姿をしているリュカやレグノスとは違い、全身が甲殻のような分厚い竜鱗に覆われている。人の形をしている以外では、人間の部分が全くと言っていいほど残されていない竜人であった。


「ミケか。今日はどうしたんだ? 短剣の調子でも悪くなったか?」


 低い声で問いかけた竜人は、ミケに視線を向ける。


「ウチの家に新入りが来たから、顔を見せにね」


 老竜人は、ミケから視線を逸らしてまずリュカを見て、その次にルリを見た。


「は、初めまして。ルリといいます」


 頭を下げるルリを暫く見つめた老竜人は、思い出した、と言って手を打ち鳴らした。


「そういえば昨日、お前達が何やら持ち帰ったらしいな。その子が、例の化け物か?」

「いや、違うよ。化け物の方はヘーベモスのおっちゃんに預けた。こっちの子は別件」

「ふむ……」


 老竜人は目を細めてルリを観察するように見つめる。


「なるほど、珍しいな」

「何がだい?」

「いや、気付いておらんなら構わん。いずれ分かることだ」


 意味深な言葉に訝しんでいたミケだったが、この老竜人がそう言ってはぐらかすのは今に始まった事ではない。どうせ問い詰めても教えてもらえないと諦めたミケは、そうだと言って小さな革袋を取り出した。


「じいさん、最近の狩りの成果。浄化よろしく」

「瘴霊石か」


 老竜人は革袋を受け取ると、中を検める。


「この量ならすぐに終わる。少し待っていろ」


 そういって老竜人は家の中に引っ込んでしまった。そして待つこと数分の後、渡した革袋を持って老竜人が姿を現した。


「ほれ、終わったぞ」


 そう言って渡してきた革袋の中身を見て、ミケは眉間に皺を寄せた。


「じいさん、ちょっと取りすぎじゃないかい?」

「いつも通り一割だ。元々の数が少ないからそう見えるだけだ」


 老竜人はそう言いながら手に持っていた瘴霊石を見せる。ミケは溜息をついて、仕方ないかと革袋を腰に提げた。


 ミケが引き下がったのを見て、老竜人は瘴霊石の欠片を一つ口の中に放り込む。


「んむ。うまい」


 ゴリゴリと音を鳴らして石を咀嚼する老竜人の姿を、ルリは信じられないものを見る目で見つめた。


「それ、食べられるんですか……?」

「うまいぞ、食ってみるか?」


 戦慄した様子で尋ねるルリに、老竜人は孫に飴を渡すかの如くの仕草で瘴霊石の欠片を差し出す。


 逡巡した後に手を伸ばしたルリを見て、ミケが待ったをかけた。


「やめときなよ。鋼鉄より硬い歯と骨を持つ竜人だから食べられるんだ。ルリが食べたら歯がボロボロになる。……あと、普通に毒だからね、それ」


 差し伸ばした手を慌てて引っ込めるルリに、老竜人は愉快そうに笑った。


「全く。瘴霊石を食って瘴気酔いなんてやってたら、早死にするよ」

「バカを言え。竜化が終わった竜人がそんな事で死ぬか。それに儂の様な竜人はもう酒では酔えんのだ。爺の楽しみを奪うでない」


 呆れた様子のミケを見ながら、老竜人はまた一つ、瘴霊石の欠片を口に運んだ。


 老竜人に別れを告げて、リュカ達は職人区画を更に南へと進む。


「あの、ミケちゃん」

「ん?」

「あの人……竜人、なんですよね?」

「ああ、そうだよ。この町で数少ない、竜化が終わった竜人さ」

「竜化ってなんですか?」


 足を止めることなくミケは顎に手を当てて考える。


「んーそうだね。どこから説明したもんか……」

「最初からでいいんじゃないか?」


 口を挟んできたリュカに、それもそうだね。とミケは答えた。


「まず最初にアタシ達は戦人と言って、人間に獣や竜の血が混ざった種族なんだけど、どちらの血が濃いのかで姿が変わるんだ。獣の血が濃ければヘーベモスのおっちゃんみたいな獣人になって、人間の血が濃ければアタシみたいな半獣人になる」


「じゃあ、あのおじいさんは竜の血が濃いんですか?」


「そうだね。ただ、竜人はちょっと特殊でね。生まれたときは人間の血が濃く出てくるんだけど、歳を取るごとに段々竜の血が濃くなっていくんだ。それで人の姿を捨てて竜に近づくことから、竜化って呼ばれてる」


 それを聞いて、ルリはリュカを見た。


「じゃあ、リュカちゃんもあのおじいさんみたいになるんですか?」

「うん。といっても、ずっとずっと先の話だけどね」


 その後、リュカ達はもう一つの竜人の工房を訪ねてから、更に南下して職人区画を抜ける。


 職人区画を抜けた先は、いつも騒がしい商業区画だ。ルリが雑踏と騒音を聞きながら辺りを見回す。


「賑やかな場所ですね」

「ちょっと賑やかすぎるけどね」

「オレは好きだけどな」


 ルリの言葉にミケは苦笑を、リュカはにこやかな笑みを浮かべて答えた。


 リュカは静かな場所よりもこういう賑やかな場所の方が好きだが、ミケは耳の良さからこういう場所はあまり好きではないのだという。音を遮断することも出来るそうだが、そうすると万が一何か起こったときに対処が遅れるからやりたくないのだそうだ。


「リュカ、ここの説明はアンタに任せるよ。アタシはちょっとしんどい」

「わかった」


 リュカはルリに向き直る。


「ここはカザリナの商業区画って場所で、必要な物ならここか職人区画に行けば大体揃う。多分、おつかいを頼む時があると思うけど、その時はここに来れば大丈夫だ。わからないものがあったらそこら辺を歩いてる大人に聞けば大体何とかなる」

「そこら辺の大人の人に、ですか……」


 不安そうにルリは周囲を見る。商業区画には子どもも大人もいるのだが、カザリナの住人は戦人というのもあり、屈強な男達がそこいら中にいる。だけでなく、女性も逞しい体をしている者が多いのだ。


「あ、そうだ。ミケ」


 リュカの言葉を受けて、ミケはさきほど老竜人から受け取った小さな革袋をリュカに渡す。するとリュカは中に入っていたモノを取り出した。


「これ、渡しておくよ」


 そう言って渡したのは、白く半透明な何かの結晶だった。全部で五個ある。


「これ、何ですか?」

「純霊石の欠片。さっきミケが浄化を頼んでただろ? 瘴霊石を浄化すると、純霊石っていう宝石みたいなのになるんだ」

「瘴霊石……さっきのおじいさんが食べてた宝石ですよね。アレって何なんですか?」


 ふと、リュカは足を止めてミケを見る。が、彼女は自分で説明しなとばかりに首を振った。


「えっと、瘴霊石ってのは、瘴気が集まって出来た結晶……でいいんだよな?」


 自信なさげにミケを見るリュカに、仕方がないとミケは溜息をついた。


「瘴霊石ってのは、地脈……この場合は霊脈だね。そこから溢れた瘴気が集まって結晶化したものだよ。それで、その瘴霊石は放っておくと周囲の瘴気を吸収して、瘴獣っていう怪物になるんだ」

「瘴獣?」

「わからないかい? となると、そっちの世界には瘴獣はいないって事なのかねぇ」


 羨ましいとぼやいて、ミケは続ける。


「まぁ、いいや。瘴獣がどんな姿をしているのかは見れば分かるから今回は割愛するよ。それで瘴獣は致命傷を負うと、核である瘴霊石を残して霧散するんだ」


「つまり、ミケちゃん達は瘴獣というのを狩って瘴霊石を集めてるんですか?」


「積極的に狩ってるわけじゃないけどね。瘴霊石は放っておくとまた瘴気を取り込んで、また瘴獣として復活して町や森を荒らすから、見かけたら倒して瘴霊石を回収するか砕く必要があるんだよ。今は瘴霊石を浄化する方法が確立されているから、余程の事がない限りは砕くことはないけどね」


「なるほど」


 ルリは納得した様子で頷いた。


「それで瘴霊石を浄化すると純霊石っていうのになるんだけど、これがカザリナでの基本通貨になってるんだ」

「通貨……ということは、これがお金なんですか?」


 珍しそうにルリは純霊石の欠片を見る。


「カザリナでは人間達の通貨を使わずに、基本物々交換で成り立っているからね。んで、一番需要があるのがこの純霊石の欠片とか結晶なんだ。だからこれがここの基本通貨になってる」


 そこまで聞いたルリは、率直な疑問を口にした。


「どうして、人間達のお金を使わないんですか?」


 その質問に答えたのは、やはりミケだ。


「アタシもその辺は詳しくわからないんだけど、先生が言うには、ここではお金の価値を決める人も保証する人も誰もいないからだって話だね。……ああ、先生っていうのは、ヘーベモスのおっちゃんが言ってた、来月この町に来る人の事だよ」

「じゃあ、ここではお金はないんですね」

「一応、巡礼の旅を前にした竜人の人達が集めてるけどね。巡礼の旅については、また今度説明するよ」


 そういってミケは、足を止める。


 そこは何かの肉の串焼きを販売している屋台の前だった。


「おっちゃん、苔桃豚の串焼き一つちょーだい」

「はいよ、欠片一個ね。いつもあんがとな」


 ミケが欠片を渡すと、屋台の店主は大きな串焼きに塩を振ってミケに渡す。


「ミケ、苔桃豚の串焼き好きだよな」

「ここのは格別さ。ルリも食ってみたらどうだい?」


 ミケに促されてルリが屋台の前に立つと、店主の半獣人の男は感嘆の声を上げた。


「おお、こりゃまた可愛い子が出てきたな。オススメは今ミケが食ってる苔桃豚の塩だぜ」

「おっちゃん、アタシは可愛くないのかい?」

「そのひねくれた性格を直してから出直してきな。外面はいいんだから、リュカと話す時みたいに他の連中とも話せれば、結構モテるだろ」

「ひねくれてて悪かったね」


 ミケと同じ物を買うと、屋台の店主はおまけだと言って串焼きを一本追加してくれた。ルリはリュカに串焼きを渡すと、それを見た店主は少し考える素振りを見せたあと、三人にここで食ってきなと三人分の椅子を出してきた。


 少し早めの昼食として串焼きを頬張る。溢れる肉汁と塩の風味が、三人の口の中いっぱいに広がる。


「ん。旨い」

「ほんと、美味しいです」

「ウマい!」


 串焼きを食べる三人の姿を、道行く人々がチラリと横目で見る。すると中には食欲を刺激されたのか、串焼きを買う人が徐々に増えていき、いつの間にか屋台の前には行列が出来るようになった。


 その後、一通り商業区画を見て回った三人は商業区画を抜けて、カザリナ西部にある農業区画へと移動した。

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